第18話 奥の手
突撃するボルフェルに対し、イザベラがその鞭を振り上げる。だが、驚異的なスピードで懐に飛び込んで来たボルフェルには間に合わず、その隙を晒してしまう。
「はあッッ!!」
地面を踏み込んだボルフェルの両足から、虹色の魔力が駆け上る。地脈の力を吸い上げ、己の力とするのが【地天流】の極意。その吸い上げられた地脈の力が、ボルフェルの右拳に集まっていく。
「ぐッッ────」
光り輝く正拳がイザベラの腹部に直撃する。鎧を砕かれ、後方へと吹き飛ぶイザベラ。両足を地に擦りながら、何とか停止したイザベラが、その場で膝をつき吐血した。
「だ、大隊長ッ!!」
血を吐くイザベラに、第五大隊の騎士達が駆け寄る。だが、それを手で制止したイザベラは、変わらぬ冷静な声で命令を出す。
「あの小僧は私が粛清する。さすがはダイン副団長の弟子と言ったところか。殺すには惜しいが、これ以上仲間を魅入られるわけにはいかん。捕縛は諦め、奴らを殲滅対象とする。貴様らは残りの三人を始末しろ」
「ははッ」
イザベラの命令を受けた副隊長が、騎士達に命令を下す。魔導銃を持った騎士が五人、その銃口をシン達へと向ける。発射される魔力弾────だが、その弾丸は全てヴェルオンの持つ魔導盾によって弾かれた。
「あ、ありがとうッ」
「シンを治してくれてるんだろう? あとどれくらいかかる?」
「傷は治ったけど、痛みのあまり気絶しちゃってるんだッ」
「そうか。なら早く起こして、二人で逃げるんだ」
「で、でもッ! 君たちは!?」
「私たちで足止めするよ。なぁに、後で謝るから大丈夫だよ。私たちのことは心配せず、さぁ早く」
心配するタツに、ニコリと笑いかけるヴェルオン。その気持ちを汲んだタツは、シンの頬に手をやり意識を取り戻そうと試みる。
銃弾を悉く跳ね除けるヴェルオンに、騎士達は攻めあぐねていた。そして何より、大隊長であるイザベラとボルフェルの戦いに巻き込まれないように、気を取られているのも一つの要因だった。
イザベラの誤算────それは、ボルフェルが想像以上の実力者だったことだ。怒り任せに突撃してくるかと思えば、冷静に鞭の軌道を読み切り躱す。次に懐に飛び込まれたら確実に殺られる……そう考えたイザベラは、距離を取りながら鞭を振るうしかなかった。
だが、プラズマを放出する鞭の先端を躱したボルフェルが鞭身を踏みつけ、吸い上げられた地脈の力がボルフェルの身体を通して鞭へと流れ込んでいく。すると鞭の輝きは瞬く間に失せ、その力を失った。
「なにッ」
「くっはっは! 俺たちが操るのはルミタイトと同じ万能の力。こうやって魔力を相殺することだってできるんだぜ! これが地天流の “奥の手“ だッ!!」
ただの鞭と化したイザベラの魔導具。しかも鞭の要となる先端も、今やボルフェルの手中にある。イザベラは不愉快そうに、愛用の魔導具を手放す。それは大隊長であるイザベラの敗北を意味していた。従士に正騎士である大隊長が負けた……そのことに騎士達は動揺を始めていた。
「い、イザベラ大隊長……」
「狼狽えるな。遠距離が駄目なら、複数人で近距離戦に持ち込め。傷が治り動き出すと厄介だ、さっさと仕留めろ」
「しかしッ、このままでは大隊長がッ……我らが加勢を────」
「何度も言わせるな。あの小僧は……私が粛清する」
動揺する騎士達に静かに檄を飛ばす。ボルフェルへと向き直ったイザベラに、ぼきぼきと指を鳴らしボルフェルが歩み寄る。
「オーランの仇だぜ。その冷え切った顔面あっためてやるよッ」
「貴様……ん?」
騎士達が武器を構え、シン達へ攻撃を仕掛けようとしていた時だった。イザベラが視界に捉えたのは、黒く染まり始めた地面だった。それはタツとシン、そしてヴェルオンを取り囲むように広がっていき、やがてその表面が泡立ち始めた。
「れッ、レヴェナントだ!!」
騎士の一人が叫んだ。その言葉を皮切りに、堰を切ったかのようにレヴェナントが溢れ出す。そしてその中には、巨大な変異種も含まれていた。突如として現れたレヴェナントの軍勢が、狼狽える騎士達に襲いかかる。
────それは異様な光景だった。レヴェナントと変異種は、タツとシン、そしてヴェルオンには見向きもせず、騎士達にだけその矛先を向けている。それはまるで、タツ達を守っているかのようだった。
「な……何が起きて…………」
「邪龍がレヴェナントを呼び寄せる。もはや確定的だな」
動揺するボルフェルに、イザベラの冷たい声が降りかかる。
「これを見ても、まだ貴様はそいつらを庇う気か?」
「うッ……ぐ……何が起きてんのかは分からねぇが、あいつがシンだって事は間違いねぇんだ!!」
「どうやら洗脳を解くのは無理なようだな」
────見開かれたイザベラのオリーブ色の瞳が、金色へと変貌していく。
「なッ────」
「相手の魔力を相殺する力……なるほど強力だな。もしその力を隠したまま組み伏せられれば、私もこの力を使うことは出来なかったかもしれん」
驚愕するボルフェルに、初めてイザベラが微笑を見せる。だがその冷たい笑みは、すぐに光で覆われ見えなくなった。光に覆われたイザベラの全身────やがて弾けるように光が四散し、その全容が明らかになる。
頭部に至る全身を紫色の鎧で覆い、その鎧は細部に至るまで青い紋様が刻まれており妖艶な光を纏っている。そして最も特筆すべき点は、鎧の背後からうねり出る複数の触手だった。その触手もまた光を帯びており、先端からはバチバチと魔力が漏れ出ている。
「こ、これはッ……魔導具? いや違う……ま、まさかッッ」
「そうだ。これこそが私のレガリア────【極光のレガリア
「そんな……
人では決して敵わぬ存在──玉璽保持者。
そして、自身の肉体を再錬成し全身をレガリアと化すのは、神の領域に達したもの──
仲間にすら秘匿され続けてきた真実。イザベラ・ナイトレイを含む五人の大隊長は、その全員が神域者であり玉璽保持者。この五人の大隊長こそが、ライザール皇国を守護する最高戦力であった。
そして……その人ならざる力を放つイザベラの12本の触手が全て、ボルフェルへと向けられた。
「勉強になったな、小僧。“奥の手” とは……やすやすと披露するものではないということだ」
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