第17話 邪龍の使徒

 イザベラの持つ鞭が激しく発光し始める。プラズマを纏ったイザベラの鞭が、弁明し続けるシンに振り下ろされる。その先端からプラズマが激しく噴き出し、空気を切り裂く音がその場にこだまする。


 その直後、バツンッという破裂音が鳴り響き、シンがその場に倒れ込む。鞭が直撃した脚────蒼鎧は蒸発し、肉は弾け、血は煙となって骨が剥き出しになっている。熱を吸収するシンの共鳴魔力レゾンを無視する俊速の攻撃。激痛に喘ぐシンに、イザベラは冷徹な眼を向ける。



「ぐあぁッ……あぐッッ────」

「ほう、一応血は赤いらしいな。よくできた偽物だ」

「シンッ!!!」


 タツが駆け出し、倒れ込むシンに覆い被さる。だが、イザベラはそんな事など意に介さない。



「くさい芝居を……邪龍の使徒は生け捕りにしろとのご命令だ。二匹まとめて四肢を蒸発させてくれる」


 振り上げられた鞭に、眼を閉じるタツ。だが────



「貴様、何の真似だ?」

「こいつは本物のシンだって言ってるでしょうが大隊長殿ぉ!!」


 振り上げたイザベラの手を、ボルフェルがギリギリと捻り上げている。怒りを露わにするボルフェルに対して、イザベラは依然として冷静なままだ。



「大隊長である私に刃向かう気か?」

「シンは合言葉を聞いてないって言ってるでしょうがッ」


「馬鹿なことを。サンディス団長が伝え忘れたとでも言うのか?」

「団長だって人間だ! うっかり伝え忘れたかもしれねぇだろうが!!」


 激昂しがなり立てるボルフェルに、イザベラは呆れたように首を振る。


 

「話にならんな」


 直後、イザベラの鞭がひとりでに動き出し、ボルフェルの五体を絡め取っていく。まるで蛇のように動く鞭が、鈍い音を響かせながらボルフェルの身体を締め上げる。



「なぁッ!?」


 フワリと宙に浮いたボルフェルが、次の瞬間地面に激しく叩きつけられる。シュルシュルと解けた鞭が、イザベラの手元へと丸まって戻ってくる。


 

「邪龍は人心を操ると言う。これ以上邪魔立てするなら、貴様も異端者とみなし粛清する」

「ぐッ……やれるもんならやってみて下さいよ、頭でっかちの大隊長殿ッ」


 倒れながらも、中指を立てて挑発するボルフェルに、初めてイザベラの目元がピクリと動く。



 ボルフェルとイザベラが対峙している間に、タツはシンの傷を癒していた。だが、大きく抉られた肉体の再生には時間がかかり、この時点での傷の治り具合は5割程度であった。



「お待ちください!!」



 ボルフェル達の前に割り込んで入ったのは、同じく級友であるヴェルオンであった。



「ヴェルオン・ウィンスロー。ウィンスロー家の嫡男である貴様なら、私に楯突くことの意味が分かっていると思うが。邪龍に魅入られし異端者は粛清する、例外は無い」

「重々承知しております。邪龍討伐が我らライザールの悲願、故に邪龍の使徒に対する慈悲など無用。……ですが、ここにいるボルフェルはシンと共にダイン様を師と仰ぐ同門。そして旧知の友でもあります。そのボルフェルが、シンと偽物を間違えるとは思えませんッ」


「くだらん。共に遠征に出たサンディス団長とダイン副団長の姿も見えぬ。そして何より、その者は合言葉を知らなかった」

「そ、それは何か手違いがあったとしか……。それに、私は “友情“ を共鳴魔力として持っています。その私の魂が告げているのです、この者が──友であるシン・ブレイブハートだと!」



 跪き、嘆願するヴェルオンを冷めた目で見るイザベラ。そして、その視線を後ろに控える第五大隊と従士達の面々に向ける。



「誰か、このヴェルオンと同じ考えの者はいるか?」


 イザベラの問いに、第五大隊からの反応はない。シンの級友である従士達も、イザベラの圧に恐怖し目を逸らす。だがその中で、震えながらも手を挙げる青年が一人いた。



「い、イザベラ大隊長……オイラも、シンが偽物とは思えないっす。ボルフェルとヴェルオンが間違えるとは思えないんすよ……」

「お、おいオーランッ」


 手を挙げたのは、蒼空亭で幸福のひと時を共にした級友の一人、オーランだった。その隣にいたコランドが、慌てたようにオーランの肩を掴む。



「隣の貴様もそうなのか?」

「えッ!? い、いや……オレはその…………」


 前に出たオーランから手を離し、後ろへおずおずと下がるコランド。



「ではヴェルオンに賛同したのは貴様一人だな。よく分かった」





 ────────ズバンッ



 大きな破裂音がこだました。肉の焼ける異臭が漂い、赤い煙を立ち上らせながら、オーランが訳が分からないといった表情で自分の胸に目をやる。

 自身を守っていた鎧・筋肉・骨────それら全てが蒸発、あるいは吹き飛ばされ、中身が丸見えとなっていた。初めて見る自分の心臓を視認したオーランは白目を剥き、その場に力無く崩れ落ちた。



「異端者は粛清すると言ったはずだ」

「やッ────」



 従士達から悲鳴が上がる。もうもうと煙を上げ痙攣する凄惨なオーランの姿に、従士達は恐怖し、後ずさった。そして、それを顔色一つ変えずに実行したイザベラに────彼らの心は屈服した。



「────やりやがったなこのあまぁぁああ!!!!」

「ボルフェルッ!!」



 激昂したボルフェルが、制止するヴェルオンを振り切りイザベラに飛び掛かる。



 ────本来、仲間である者達が殺し合う。そして……その原因はシンがこの場に現れたこと。シンにとって、新たな地獄の始まりであった。

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