第16話 悪意の罠

 身体に纏わりつくような風が、異臭とともに吹き抜ける中、アズール騎士団の第五大隊と従士達が対峙していた。今まで相手にしてきたレヴェナントとは比較にならない程素早く、重い攻撃を仕掛けてくる。それに加え、自分達の数倍はあろうかという巨体の怪物が襲いかかってくる。

 皇都エルドランへと続く街道を守るべく、最新の魔力砲を搭載した砦を背に、騎士達は激しい戦闘を繰り広げていた。



 その激戦の最中、上空から飛来した黄金の龍の口から、金色の炎が放たれる。両軍に分け隔てなく吹き付けられたその炎は、騎士達の傷を癒やし、レヴェナントと変異種だけを燃やしていく。浄化の炎────その美しい炎に魅入られ、騎士達の手は止まり、怒号は鳴りを潜めていた。



「ボル!!」


 静寂の中──龍から飛び降りた青年シンが、見知った顔の青年に大声で呼び掛ける。そして龍が淡い光を放ち、金髪の少年へと変貌する。



「この炎、まるで地脈の力の様な……って、えッ! シン!?」


 呆然としていた従士ボルフェルは、突然現れた友人に驚愕する。なぜなら、シンは邪龍討伐に出向いており、三ヶ月は帰ってこないと聞いていたからだ。



「ボル! 何が起きてるんだ!?」

「この感じ……マジでシンかよ! おいおい、なんでここにいるんだ!?」


 シンと同じく【地天流】を学ぶボルフェルにとって、慣れ親しんだ魔力を持つ目の前の青年がシンであると断定するのに時間はかからなかった。だが、遠くにいるはずのシンがこの場にいる事が分からず、困惑の表情を浮かべている。



「すまん、俺もよく分かってないんだ……。それより、この騒ぎは一体?」

「俺たちもよく分からねぇんだ。いきなりレヴェナントの大群が出現しやがって、しかも今までとは強さが全然違うときてやがる。変な化け物まで混じってやがるし、国中大騒ぎよ」



 肩をすくめ説明するボルフェル。この騒動はアズール騎士団にとっても予想外の出来事だったようだ。

 そしてシンは気付く。周りが自分達に向ける視線は刺すように攻撃的で、武器を構えていることに。



「うッ……」

「シン、その子は一体……。さっき龍の姿をしてたよな? もしかして────」


「ち、違うッ! 違うんだみんな!! 邪龍なんてものは存在しなかった!! レヴェナントとは何の関係も無かったんだ!!」



 シンが涙を浮かべ必死に弁明するが、その言葉を聞いたほとんどの者が眉をひそませる。だがそんな中、シンが本物であることを確信しているボルフェルだけが、ニカリと笑いを浮かべる。



「くっはっは、まぁ落ち着けよシン! さっき龍が吐き出した炎……ありゃあ俺達がいつも感じてる地脈の力とそっくりだったぜ。その子が邪龍だってんなら、わざわざ俺たちを助けたりしねぇよ。なぁ、みんな!?」


 ボルフェルの呼びかけに、その場にいた者たちの表情が和らぐ。武器を下ろし、警戒を解き始めた。騒ぎを聞きつけ、ゾロゾロと人が集まり、人だかりができる。そこには、プラームやヴェルオンなどの級友もおり、シンがホッと胸を撫で下ろす。


 

「────道を開けろ!」


 どよめきを掻き消すような凛々しき声が響き渡る。集結した騎士たちが二つに割れ、その中からダークブラウンの髪色をした女性が姿を現す。

 ストレートヘアをコンパクトにまとめ上げ、鋭い目つきにオリーブ色の瞳。シンと同じく、動きやすさを重視した軽量鎧を身に付けたその女騎士の手には、魔導具である鞭が握られている。


 

「……イザベラ大隊長」

「貴様……シン・ブレイブハートか」



 【イザベラ・ナイトレイ】────アズール騎士団を構成する五つの大隊、その第五大隊を指揮する大隊長。冷静沈着であり、私情を捨て任務を忠実にこなす女騎士である。



「はいッ。イザベラ大隊長、邪龍なんてものは存在しなかったんです! この事を、早く皇帝陛下に────」

「黙れ、質問は私がする。貴様は私の質問にだけ答えよ」


 イザベラの威圧的な言葉と目付きに、シンが口ごもる。そんなシンの様子を見たイザベラは、まるで憐れむかのような目でシンを見下す。



「サンディス団長殿の言った通りだったな。邪龍は必ず偽物を送り込み、撹乱を狙ってくると」

「に、偽物?」

 

「ま、待ってくださいイザベラ大隊長! こいつは間違いなくシンですよ! 俺が保証します!!」

「準騎士でもない従士風情の保証など何の役にも立たん。……ではシン・ブレイブハート、貴様はアニマライズにて邪龍討伐の任に就いているはず。何故ここにいる?」


 このイザベラの質問に、シンは動揺した。何故なら、シンにとっては空間跳躍エーテルダイブなど未知の体験であり、それはイザベラ達にとっても同様だったからだ。自分でもよく分からないのに、ここにいる全員を納得させる答えを持ち合わせているはずがなかった。



「そ……それは…………」

「どうした? 何故答えられん?」


「お、俺もよく分からないんです。気付いたらここにいて……」

「なるほどな、神隠しという言葉もある。邪龍の住まうアニマライズにて、不可解な現象に巻き込まれたという可能性は大いにある」


 シンがゴクリと喉を鳴らし、静かにため息をつく。チリチリとうなじを焼くような緊張感の中、イザベラの次の言葉を待つ。



「では、重要な任務に就いているはずの貴様がここにいる原因はとりあえず保留しておこう。答えの分からないものを問い詰めることに意味はないからな。だからシン・ブレイブハートよ、確実に答えの分かる質問をすることにしよう」

「答えの分かる質問?」

「“双頭の鷹”────」


 シンの質問に間髪を入れず、イザベラが言葉を発する。シンに投げかけるように発したその言葉の意味が分からず、シンは首を傾げた。そんなシンを見て、ボルフェルが慌てた様子で声をあげる。



「し、シン。合言葉だよ! 偽物が混じっても大丈夫なように、サンディス団長が決めた合言葉だよ! お前も聞いてるだろ!?」


 ボルフェルの言葉に、シンは頭が真っ白になった。



 ────合言葉? サンディス団長が決めた? ……聞いてない。そんなもの聞いてない!!



 【双頭の鷹────天空そらを裂く雷】

 【蒼き翼────我らに力を】

 【鷹の眼は────全てを見通す】


 この言葉を交互に言い合うだけの合言葉。だが、合言葉の存在を初めて知ったシンは、パニックとなりガクガクと震え始めた。



「お……おい、シン!! どうしたんだよ!?」

「どうした? 続きの言葉を言え」


「し、知らない……聞いてない……聞いてないんだッ!! 本当だ! 合言葉があるなんて初めて聞いたんだッ!!」



 慌てふためき、必死に弁明するシンの姿を、ボルフェルを始めとした級友は呆然と見つめ、武器を下ろしていた騎士達は再び武器を構える。そしてイザベラの冷徹な声が、その異様な空気を切り裂いた。



「────馬脚を露わしたな」

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