第12話 血だらけの未来
成長する器だった子供は、感情を持った人間として生まれ変わった。タツと名付けられた子供は、シンと共に兄弟として、親友として育っていった。何をするのにも一緒で、特にシンのタツへの溺愛ぶりには驚かされるものがあった。
後ろを付いてくるタツが危険な目に遭わないように気を張り、食事も自分よりタツが喜ぶのを考える。木で作ったおもちゃをタツに与え、その反応を見て喜ぶ。
タツを中心とした生活────それは、今まで反応の無かった家族が、自分がすることで喜んでくれるという “反動“ が大きかったのかもしれない。だがその結果、二人の絆はこれ以上ないという程に深まっていた。
ずっと一緒だよ────そう考え、信じてやまない二人。だが、その生活は突如として終わりを迎えた。
シンが8歳となった初秋。守護者はシンを、自分たちに関わる記憶を封じライザール皇国へと転移させた。
星の守護者である彼女は、未来を見通す力を持っていた。それ故、自身の破滅を予見し、自分の力を受け継ぐ後継者としてシンとタツを育てていたのだが、その力の継承には制限があった。
本来、生物に対しては中立の存在でなければならない星の守護者。だが、この守護者は人間の文化に触れ、人間という種族に惚れ込み、肩入れするようになっていた。このエデンスフィアという人間の幸福を願う世界を創ったことも、守護者としては逸脱した行為。守護者という存在に刻まれた盟約に反する行為に、守護者はその力を回復できずにいた。
すなわち、星という循環する枠組みから外れてしまったのだ。世界再編の為にその力の大半を消費した守護者は、その力を取り戻すことも出来ず、悪しき人間に殺される未来を視ていた。大半を失ったとはいっても、それでも神を凌駕する自分の力を悪しき者に奪われれば、間違いなく世界は滅ぶ……そう危惧していた。
そしてそれこそが、唯一守護者の力を手に入れる手段でもあった。守護者を殺し屈服させることで、初めて全ての力を継承することができる。そうしなければ、シンに与えられた霊血のように、僅かな知識と力しか継承できないのだ。
自分の分身であるタツには、問題なく力の継承は行える。だが、自分の分身を作り継承しただけでは、滅びの未来は変えられない。だからこそ人間であるシンを選び、育て、継承者としたのだった。成長する人間の、可能性という未来を信じて────
だが、家族として生きたシンが、果たして自分を殺してくれるだろうか?
……そんな事は考えるまでも無かった。シンはどんな事情があろうと、決してそんなことはできない。守護者には、その事が身に染みて分かっていた。この8年間、ずっとシンという我が子を見てきたのだから。
家族を……人間を愛することのできる人間。そんな優しさを兼ね備えた者に殺してもらわなければならないという、矛盾を伴うジレンマ。
だからこそ、策を弄する必要があった。それは、シンにとって残酷極まりない策。だが、人間の破滅を防ぐために、守護者は心を鬼にしてシンの記憶を封じた。
守護者は、これより10年後にライザールの兵が自分を殺しに来る事を予見していた。そしてその役目を、シンが果たすように仕組んだのだった。記憶の封印は著しくその者の能力を低下させる。それ故、シンが自分を殺した時に記憶が戻るよう細工をして────
「母さん……シンはどこに行っちゃったの?」
「タツ……シンはね、大事な役目があるの。だから、しばらく会えないのよ」
「そんなッ……シンに会いたいよ────」
「ごめんなさい、タツ。でも……これしか方法がなかったの」
何度も何度も、何万何億回と繰り返し未来を予知した。あらゆる些事をも吟味し、組み替え、その果てにやっと辿り着いた答え。守護者はその答えを信じて動くしかなかった。それが例え、我が子を苦しめる事になっても────全ては、人間の未来の為に。
自分が我が子に殺される日────その日以降の未来を、守護者は視ることができなかった。自分という存在が消えた後の未来を知ることはできなかったのだ。
もう自分には、願うことしかできない。だからこそ、既に自分が持つ力の半分を継承していたタツに、守護者はかつてないほど緊張した面持ちで問いかけた。
「タツ────目を閉じて、シンのことを思い浮かべて」
「シンのことを?」
「えぇ。将来二人が再会した時……シンはどんな顔をしてる? 」
怒るだろう、悲しむだろう、自分を恨むだろう。それでも、二人の絆が奇跡を起こしてくれると信じて……そんな願いを込めた問いに、目を閉じたタツは身を震わせ、泣きながらこう言った────
「────血だらけで泣いてるよぉ」
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