第11話 少年は全てを分け与える

 星の守護者によって拾われた竜之進たつのしんは、【綾陸国アニマライズ】の山岳地帯──その一角である小さな森の中に造られた家で育てられた。


 乳飲児であった竜之進は、母乳の代わりに守護者の霊血を与えられ、人としての自覚、知識、常識などを獲得し成長していった。その成長は著しく、竜之進が1歳となった時には、既に言葉を理解しており、守護者の事を “かあさん” と呼んでいた。

 

 与えられたのは知識だけではない。やがては守護者の力を全て受け継ぐために、霊血による肉体の強化も始まっていた。それにより、竜之進が3歳になった時には、既に山野を走り回り、自分で獲物を捕らえてくるほどだった────





「かあさん、みてみて!!」


 木々の間を飛び移り、家へと帰還した竜之進。その両手には、3羽の兎が握られていた。意気揚々と狩りの成果を見せる竜之進に、木のベンチに座っていた守護者はニッコリと微笑み返す。



「すごいわ、竜之進。3羽も捕えてくるなんて」

「えへへ。ボクとかあさんと────それとその子のぶん!」


 竜之進が視線を向けたのは、守護者の腕の中に抱かれた、一人の子供だった。金の髪に金の瞳、守護者の外見と似た一歳ほどのその子供は、無表情で虚ろな眼をしていた。まるで感情が欠落しているような、ただ生きているだけの人形────



「ありがとう。でもね、この子は何も食べなくても大丈夫なの。こうして外にいるだけで、色んなものから魔力を分けてもらえるから、お腹は空かないのよ」

「うん……でも────」


 守護者の言葉に、目を伏せる竜之進。


 守護者の言う通り、この子供は食事を必要としなかった。それは、守護者の全ての物質を共鳴魔力とする性質を完全に受け継いだものであり、実質的に守護者の分身……器と言えるものだった。


 ただ一つ違う点は、この子供は竜之進と同じく成長する生き物だった。限られた時間では、人間である竜之進に自分の全ての力を受け止め切れるだけの肉体の成長は無理だと判断した守護者は、その力を二つに分けることを考えた。


 そこで生み出されたのがこの子供だった。可能性を放棄した自分や神のような存在ではなく、成長する人間としての器────竜之進とこの子供に力を与え、やがては竜之進と子供が一つになる。それによって力の授与を完了させようとしたのだ。いわば、この子供は竜之進の負担を減らすためだけに作られた、生贄のようなものだった。


 そんな子供に気を使う必要はない──やがては吸収されるだけの存在、情を移しては後々辛くなる。だが、竜之進との親和性を高める為にも会わせないわけにもいかない。


 一体となるには心を通わせる必要がある。しかし、心を通わせれば一体となるのを拒否するかもしれない。そんな相反する事情が、この力を二つに分けるという方法の難易度を跳ね上げていた。



 現に、竜之進は子供を家族として接していた。竜之進は心の優しい子供だった。採ってきた木の実などには湯で熱を通し、すり潰して子供に与えようとしていた。その度に守護者にやんわりと止められたのだが、竜之進にはそれが理解できなかった。そして今も────





「でも…………ボクはいっしょに食べたい────」

「竜之進、あなたは本当に優しい子────食べ物も、おもちゃも、寝るところも……全部この子に分け与えようとする。でもね、この子はいずれいなくなる運命なの。だから────」


「なんでいなくなっちゃうの? そんなのやだよ……」

「竜之進。母さんはね、あなたが大きくなったら渡したいものがあるの」


「わたしたいもの?」

「えぇ。でもね、それは竜之進には少し重たいものなの。だからこの子に手伝ってもらうの」


 

「じゃあ! ずっとふたりで持てばいいんだね!?」



 嬉しそうに笑う竜之進の言葉に、少しだけ驚いた表情になる守護者。だがすぐに、何かに納得したように微笑みを浮かべた。



「……そうね、そんな未来でも────いいかもしれないね」






────────────────────



 竜之進は、目の前で座る無表情の子供に対して、ある疑問を持っていた。それは、この子供に “名前“ が無いことだった。一年前にこの子供に出会った時、竜之進は守護者に尋ねた── “この子のなまえは?” と。だが、継承の為だけに生み出された器に名前を付けるはずもなく、守護者はやんわりとその疑問をあしらった。

 竜之進は子供ながらに納得していなかったが、それ以上追求することはなかった。


 しかし今、一緒に食事をすることを許された事により、再びその疑問に火がついた。

 自分には名前がある、母さんにも “カリーシャ” という名前があることも聞いた。なら何故この子には……と。



「やっぱり、なまえで呼びたいよね?」


 その疑問に、子供からの反応はない。相変わらず虚な眼で、どこを見ているのかも分からなかった。


 そんな子供を見て、竜之進は食事の時の事を思い出していた。煮てからすり潰した兎の肉を子供の口に持っていくと、子供は口を開けてそれを食べてくれたのだ。

 何を言っても反応の無かった子供が、自分が分け与えたものを食べてくれた……自分が作ったものを食べてくれた────その事に竜之進は、今まで感じたことのない喜びを覚えたのだった。


 そして、守護者が言った “全部この子に分け与えようとする” という言葉を思い出していた。自分が分け与えれば、この子は反応してくれるんじゃないかと考えていたのだ。





「────そうだ。ボクのなまえを半分あげる! ボクがタツノシンだから…………キミは “タツ”だ! そしてボクが “シン” !」



 竜之進は、自分の名前すらも分け与えた。子供の純粋さがもたらした愚行。将来消えゆく運命の者にしてはいけない、悲劇を増幅させる行い。だが、星の守護者はこれを望んでいたのかもしれない。二人の絆が深まることで起きる、奇跡を信じて────




 

「キミは今日からタツだ!」


 シンがそう宣言すると、虚だった子供の瞳に光が宿る。成長する器として生み出された子供に、人間としての魂が宿った瞬間だった。



「ふふ。タツ、ずっといっしょだよ!!」



 満面の笑みを浮かべて、シンがタツを持ち上げる。タツの瞳は、しっかりとシンの瞳を見つめている。そして────生まれて初めてその顔に笑みを浮かべたのであった。

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