第7話 邪龍討伐隊

 果てしなく広がる大海原。空に描かれた鮮やかな青と、波打つ海の深い藍色が、視界いっぱいに広がっている。


 俺は今、ライザールの技術が結集されて造られた魔導船の上にいる。ルミタイトを動力として動く最新鋭の大型船だ。ライザールを出航してはや8日……流石は最新鋭の船で、後2日で目的地である【アニマライズ】に到着するらしい。予定していた半月より5日近くも早く到着する。3ヶ月の遠征と言っていたが、1ヶ月くらいで帰れるんじゃないだろうか?


 だが……何にせよ暇だ。自室や甲板で筋トレをする以外は、父さん達と酒を飲むか寝ているかだ。こんな身体が鈍った状態で、邪龍と戦えるのか心配になってくる。



「ふあぁ…………何も釣れないなぁ」


 現在船は停止中だ。動力炉で異音がしたとのことで、技術班が今原因を探っている。動力炉の冷却などに時間がかかる為、こうやって釣りに興じているのだが、全く反応がない。まぁそもそも、こんなでかい船の甲板から釣りをしてること自体無謀で、ただの暇潰しなのだが。


 俺は、反応することのない竿先を眺めながら、出航当日のことを思い出していた。





 ────出航当日、俺たちは大勢の人間に見送られた。それは国を挙げた一大パレードのようであり、皇帝陛下自らが参列し、アラテアさんや孤児院の子供たち、ボルフェルを始めとした従士や騎士団の仲間達……皇都エルドランの全ての人間が集結したのではないかと錯覚するほどだった。



 乗船する前に、俺はボル達とある約束をした。必ず邪龍を討伐し、無事に戻ってくると。戻ったら、また【蒼空亭】でみんなでお祝いしようと。プラームが “今度は割り勘だぞ“ と言うと、ボルたちが “プラームの剣を質に入れるから心配するな” と笑っていた。


 激化するレヴェナントの襲来に備え、騎士団の面々はそれぞれの都市の防衛に向かった。本来ならば従士である彼らもそれに同行するのだが、何故か俺と同期のボル達は皇都エルドランに残り、エルドランの防衛につくことになった。


「お前が帰ってくる場所は、俺たちが守るからよ!」


 笑顔で告げるボル達に安心し、俺はアラテアさんを抱きしめる父さんの邪魔にならないように、船に乗り込んだ。



 ……守りたい。必ず邪龍を倒して、レヴェナントからみんなを守ってみせる。それが、正騎士となった俺の使命なのだから────





「どうだ、釣れてるかシン?」



 そんな思いにふけていると、突然声を掛けられた。声のした方に顔を向けると、にっこりと微笑む中年男性がそこに立っていた。



「サンディス団長」

「ダインが寝てしまってな。私も外の空気を吸おうと思ってな」



 サンディス・ヴォルクシュタイン────【神託の雷霆】の異名を持つ玉璽保持者レガリアホルダー。アズール騎士団の団長であり、ライザールの守護神であるテクノス神の神託者でもある。大きな声では言えないが、皇帝であるオルディン陛下よりも民衆の支持率は高い。


 整えられた白髪混じりの黒髪に、口を覆う髭。目尻に刻まれた皺が、温和な表情を浮かべる団長の優しさを更に際立たせている。だが、戦いになればその表情は一変し、鬼神の如き強さの戦士へと変貌する。


 そんな団長だが、今浮かべている笑顔のようにとても人当たりが良い。正騎士としては新米の俺にも、気さくに声をかけてくれる。



「全く釣れません。何かいてもよさそうなんですけどね」

「フッハッハ! ダインがいるからな、この辺りの魚は逃げてしまってるんじゃないか?」



 ……あ、そうだった。父さんがいると動物や虫が逃げ出してしまうのだ。だとするなら、魚もこの周辺からはいなくなってる可能性が高い。


「……忘れてた」

「いかんぞ、シン。私たちはこれから3人で邪龍討伐に向かうのだ。それ故、お互いの特性を把握しておく必要がある。ましてや、ダインが動物に嫌われる体質であることを息子のお前が失念していたとあっては、ダインに叱られるぞ」


「も…申し訳ありません」


 決して怒っているわけではないのだが、サンディス団長の信頼を損なう真似をしてしまったことに、恥ずかしくて俯いてしまう。少し考えれば分かることだったのに……。



「フフフ。だが、釣れぬ釣りもまた一興だろう。色々と考える時間もできるしな」

「は、はい」



 落ち込む俺の肩をポンポンと叩き、爽やかな笑顔を向けてくれる。



「ダインから動物が逃げ出すのは、今から向かうアニマライズにおいてはメリットとなる。人がおらず、動物しかいない大陸……凶暴な猛獣も多いらしいからな。動物好きなダインには気の毒だが、獣除けとしては最適ということだ」


 いたずらっぽい笑いを浮かべながら父さんの話をするサンディス団長。2人は若かりし頃からの友人であり戦友。お互いの事を知り尽くしたベストパートナーってやつだ。



「邪龍も逃げたりしませんかね?」

「その可能性も考慮している。先遣隊によって、邪龍の棲家は特定している。邪龍は一カ所に留まらず、3つの地点を行き来しているらしい。故に、邪龍が移動することも考えて私たちは二手に分かれる」


「サンディス団長はお一人、俺と父さんで分かれるんですよね?」

「うむ。滞在期間も限られているし、出来れば早期決着で国に帰りたい。邪龍の棲家が3つある以上、全員で行動すれば行き違いが起きるかもしれん。本当なら三手に分かれ確実に邪龍と遭遇したいとこだが……お前はまだ実戦経験に乏しい。ダインと一緒に行動する方が安全だろう」



 胸にモヤっとしたものを感じる。確かに、俺はレヴェナントの討伐に参加したことはあっても、そこまで実戦経験を積んでいるとは言い難い。団長や父さんに比べれば、まだまだひよっこだろう。でも俺だって、そんな2人に正騎士の一員として邪龍討伐部隊に選ばれたんだ。


 ……俺は国を救う為ここに来たんだ。父さんにお守りをしてもらう為に来たんじゃないんだ。



「団長……俺なら大丈夫です。三手に分かれることが出来れば、それだけ邪龍に遭遇できる確率が上がります」

「む……しかしなぁ」


 俺の言葉に、サンディス団長が難色を示す。だが、さっきの釣りで損なった信頼を取り戻そうと、俺は引き下がることなく団長に懇願する。



「お願いします! 決して無茶な真似はしません! ですからッ────」

「まぁ私も、お前が動物如きに遅れを取るとは思っていない。お互いの連絡手段も用意してきてある。むぅ、どうするか……」


 髭をゾリゾリと掻きながら考え込むサンディス団長。軽く唸り、空を見上げる。そして、微笑みを浮かべて俺に向き直る。



「よし。なら、お前にも1人で向かってもらうぞ。だが無茶はするなよ? 邪龍と遭遇したなら、すぐに私を呼ぶんだ」

「は、はい! ありがとうございます!!」


 

 提案を受け入れてくれた事に、俺は舞い上がった。英雄2人と同じ条件で作戦に移るという事に自負心は膨れ上がり……なんなら、俺1人でも邪龍を倒してやる────そう息巻いていた。

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