第6話 慈愛の加護

 俺が正騎士となってからはや1ヶ月。俺はとある臨時収入で購入した果物を袋に詰め、オーラント修道院へと向かっていた。

 今日は快晴だ。修道院の裏にまわり、大量の洗濯物を干すアラテアさんを見つけ声をかけた。



「アラテアさん、おはよう!」

「あら、おはようシン。今日は休み?」


「いや、この後騎士団本部に行かないといけないんだ。はいこれ、お土産。ここに置いとくよ」

「あら、こんなにいっぱい……ありがとう、シン。本部って、何かあったの?」



 アラテアさんが少し心配そうな表情を浮かべる。そう……同期の仲間にも秘密にしていたが、遂にあの作戦が実行される時が来たのだ。



「アラテアさん……俺、邪龍の討伐部隊に選ばれたんだ」

「邪龍?」


「うん。そいつがレヴェナントを作り出して、国を荒らしているらしい。そいつを倒せば、レヴェナントに苦しむことはなくなるんだ」

「…………本当に、そんな龍が存在するの?」


「スワルギアの学者と調査団が調べたんだ。居場所も既に割り出してる……【綾陸国アニマライズ】だ」

「アニマライズ? そんな遠くに……」


「ここからだと、アニマライズに行くには船で半月近くかかる。途中で燃料となるルミタイトも補給できないから、燃料になり得る共鳴魔力を持つ乗員を厳選して向かうつもりだよ。アニマライズは広大な大陸だから、邪龍を見つけるのにどれだけかかるか分からない。一応3ヶ月の遠征を予定してるよ」

「3ヶ月……それにシンが行くの?」


「うん。戦闘要員は、サンディス団長と父さん、それに俺の3人だけだ。5人の大隊長たちは、部隊を率いて各地の防衛にまわるらしい」

「ダイン様も…………そんな、たった3人で龍を討伐するなんて……」


「仕方ないんだよ。邪龍は人の心を乗っ取り、操るって言われてるんだ。大勢で行けば、その分敵を増やすことになるかもしれない。だから少数精鋭なんだ。へへ、その少数精鋭に選ばれたんだぜ俺」


 

 父さんが推薦したのもあったが、予告通り俺は邪龍討伐隊のメンバーに選ばれた。雲の上の存在のような英雄2人、その2人と共に戦えるというのは、正騎士として、男しての誉れだった。


 俺はアラテアさんに祝福してもらえると思い、上機嫌になっていた。だが、アラテアさんの顔は曇ったままで、今にも泣き出しそうな表情になっていた。



「シン…………私、嫌な予感がするの……」

「だ、大丈夫だって! 邪龍だかなんだか知んないけど、サンディス団長に父さんが行くんだぜ? それに、俺だって一緒に行くんだ。相手がなんだって負けたりしないよ!」


 精一杯の笑顔で言い放つが、アラテアさんの不安を払拭することはできなかったようだ。アラテアさんは黙ったまま俺に近づき、そして抱きしめてくれた。



「お願いシン……無事に帰ってきて」

「…………大丈夫だよ、アラテアさん。約束する。父さんと一緒に帰ってくるから────」



 俺も優しく、少しだけ強くアラテアさんを抱きしめる。アラテアさんの温もりが俺に伝わってくる。それは、まるでアラテアさんの慈愛の心が俺に宿るかのようだった。



「じゃあ、行ってくるよ。見送りには来てくれよな!」

「うん……気をつけてね、シン」



 目に涙を浮かべるアラテアさんに別れを告げ、元来た道を歩いていく。そして数メートル歩いたところで、誰かに呼び止められた。




 

「ねぇ」

「ん?」


 振り向くと、そこには褐色肌の女の子がいた。黒とベージュが混ざった髪、そして赤い瞳。1ヶ月前に修道院にやって来た、とても可愛らしく元気な女の子で、名前をルジーラと言う。



「よう、ルジーラちゃん。どうした?」

「…………」


 いつもの飛びかかるような元気さはなく、何かモジモジとしている。何か言いにくいことなのだろうか?



「遠くに行くの?」

「え……あぁ、聞こえてた? そうなんだ、3ヶ月位だけどね」


「…………」



 再びの沈黙。一体どうしたというんだ?



「えーと……だからしばらく俺は来れないから、ルジーラちゃん……みんなの事頼むな?」

「なんでウチが」


「ルジーラちゃん小さい子の面倒も見てくれるし、しっかりしたみんなのお姉ちゃんじゃないか」

「ウチはここに来てまだ1ヶ月の新参者だよ」


「時間なんて関係ないさ。今度みんなの目を見てごらん、あれはルジーラちゃんを慕ってる目だから。ケンカに負けたロン達だって、今ではルジーラルジーラって寄ってきてるじゃないか」

「…………」


「だからさ、みんなのこと守ってやって欲しい」

「何から守るの?」


「え……えーと、悪いやつとか?」

「悪いやつを倒せばいいの?」


「そ、そうだな。みんなに危害を加えようとする奴がいたなら、倒しちゃっていいんじゃないかな」

「ウチ、手加減とか出来ないよ?」



 う、うーん……なんか話がズレていってる気がする。子供に暴力を唆してるようになってるが、まぁ賢い子だし俺の言いたいことは伝わってるかな?



「悪い奴に手加減なんか無用だ。俺も悪の根源である邪龍を倒しに行くんだし、一緒に悪を滅ぼそうぜ!」


 俺が親指を立てると、んふーと鼻息を荒くしてルジーラちゃんが笑ってくれた。ただし、少し邪悪な笑い方だが。



「おっと、それでルジーラちゃん。俺に何か用があったんじゃないの?」


 話を戻すと、ルジーラちゃんは再びモジモジし始めて、何かを口にしようとしている。



「あの…………シチュー…………」

「ん?」


 声が小さくて聞き取れないんだが。


 

「ご………ごち……そ」

「ご?」

「ッッ────何でもないッ!!」



 そう言い残し、ルジーラちゃんは塀を飛び越え消えてしまった。なんて健脚だ……将来有望だな。

 しかしあの反応……もしかして俺に惚れたのか? 子供相手に罪な事だぜ。



 さて、それじゃあ本部に向かうとするか。今後の動きについての詳細を聞きに行かなくては。

 気持ちを切り替え、俺は再び歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る