第5.5話 さよなら奥義書。の巻
とある朝のこと────
「ガッハッハ!! できたぞシン!!!」
「おはよう父さん。朝からうるせぇなぁ(元気だなぁ)」
朝食の用意をしていた俺の後ろから父ダインの大声が襲いかかる。昨日は徹夜で何かしてたみたいだけど、それと関係があるのかな?
「あぁ、おはよう! これを見よ!!」
父さんが俺に差し出したのは、皮で出来た巻物だった。
「なにこれ?」
「【地天流】の奥義書だ!!」
奥義書? 確かに巻物には、奥義の文字がデカデカと書かれている。
「どうしたのこれ?」
「お前とボルフェルは口で言っても分からんからな。ならばと、エルキオンの行商人より買い上げたこの魔導皮に、我が地天流の奥義をしたためたのだ!!」
俺はその巻物を広げ、中身に目を通す。その中には、汚い字で地天流の基本となる構えや、地脈の力のことが要領を得ない文章で書き殴られていた。
俺はその奥義書をゴミ箱へ捨て、朝飯作りを再開した。
「父さん、もう少しで出来るから顔洗ってこいよ」
「こらああぁ! なに捨てとるんじゃああ!!」
父さんが慌てて奥義書を拾い上げ、大事そうに胸に抱え込む。
「高かったんだぞこの皮! 湿気を無効化し、何百年と保存が可能な優れものなんだぞ!!」
「何百年と保存が可能って……試してから言ってんのかよ。エルキオンの魔導具は紛い物も多いしなぁ」
「ワシには分かる! これは本物だ……ってそうではない!! 貴様、よくも師匠から賜ったものを無下に捨ておったな!!」
「落書きじゃねぇかよ。修道院の子供達の方がもっとマシなもの書くぜ」
「ぬうぅ……お前が駄目でも、お前の子孫が読み解くかもしれんだろ!」
「俺の子孫?」
俺が聞き返すと、父さんはフゥと息を吐き、椅子に腰掛けた。
「前にも言ったが、我が地天流は未だ完成しておらん。全ての地脈の力、己の力、魔力を扱えているとは言えん。ワシはお前に託す。そして、お前が駄目ならお前の子が、それでも駄目なら孫に…………ワシの想いと共にこの奥義書を託していって欲しいのだ」
「父さん……」
俺は、父さんが握りしめる奥義書を受け取り、真っ直ぐに父さんの目を見つめる。
「分かったよ父さん。父さんの想い……確かに受け取ったよ」
「分かってくれたかシン!!」
俺と父さんは、焼けこげるパンの匂いを感じながら熱い抱擁を交わした────────
────────────────────
「すいませーん」
「お、シンちゃん。今日はどうしたの?」
「これ買い取ってくれない?」
「なにこれ?」
朝飯を食べた後、俺は熟慮に熟慮を重ねた結果、城下町にある魔導具専門の買取屋に来ていた。俺が差し出した奥義書に、店主も困惑している。
「エルキオン製の魔導皮で、湿気を寄せ付けずに何百年と保存が可能らしいよ」
「何百年って……試してから言ってるのかよ。うーん、エルキオン製ねぇ、紛い物も多いからなぁ」
俺と同じ事言ってらぁ。店主がマジマジと奥義書を眺め、その中身を開いてみる。
「うわ、シンちゃん。これは駄目だよ。無地ならまだしもこんなに落書きされたんじゃ──」
「それ、父さんが書いたんだ」
奥義書の文末に、しっかりと【ダイン・ブレイブハート】の名前が刻まれている。そしてその内容は店主の言うとおり落書きレベル。奥義書と銘打っているが、奥義の事などかけらも記されていない。俺もボルも知ってることしか書かれてないんだよなぁ。
「えぇ!? これ……ダイン様が書いたの? うっわぁ、子供の絵日記の方がマシだぞこれ……」
「俺もそう思う。とはいえ、英雄の直筆サイン入りなんだ。どうかな?」
店主は腕を組み、うーんと深く唸る。そして数分悩んだ末、やっとのことで言葉を口にした。
「まぁ……ダイン様の直筆なら、後世に価値が上がる可能性もあるかもね。知名度もあるしファンも多い……2万ソールでどう?」
「え、そんなにいいの!?」 *1ソール=1円の感覚
俺はその条件を快諾し、奥義書と金を交換した。この金で、今度修道院に何か買って行こうかな。
さよなら奥義書。願わくば、読み取る力に長けた天才の手元に渡ることを願っているよ。
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