第5話 2人の女子会

「殿下、湯浴みのお時間です」


 ペコリと頭を下げるラヴニール。その可愛らしい侍女服は薄汚れており、それはエルヴァールも同様だった。

 繰り返されるツキナギの稽古に、2人は何度も土に塗れた。ツキナギは決して攻撃を仕掛けてくることはなかったが、攻撃をいなされる度に転び、時には宙を舞った。衛兵が駆けつけ中断されるまで一度も木剣をツキナギに当てることはできなかったが、全力を出し切った2人は心地よい疲労感に包まれていた。


「ありがとう、ラヴニール。一緒に入るでしょ?」

「湯殿の伺候はしますが、王族専用の湯船に浸かることはできません」


「しこう?」

「脱衣・洗髪などのお手伝いをさせて頂きます」


「えぇ、いいよそんなの。いつも自分でやってるし……」

「しかし従者として──」


「従者ってそんなことまでするの?」

「従者は同性の者が務める事が多いため、殿下の性別を隠す為にも私は表向きには “殿下専属の侍女“ ということになっています。ですが、従者でも湯殿の伺候は行われているようですよ」


「なんかめんどくさいなぁ。私と一緒でラヴニールも大変だね。じゃあ一緒に入ろうか」

「お手伝いだけですよ?」


「別に大丈夫だって! 2人とも汚れてるし、さっさと2人でキレイになった方がいいでしょ?」

「それは、そうですが……」


「じゃあ決まり! 大丈夫大丈夫。外に見張りはいるけど、中には誰もいないから!」



 たじろぐラヴニールの手をエルヴァールが掴み、浴場へと歩き出す。部屋を出ると数人の侍女が後に続くが、浴場の中には入ってこない。テキパキと服を脱ぐエルヴァールとは対照的に、ラヴニールはおずおずと服に手をかける。


 先に裸になったエルヴァールを見て、 “あぁ、本当に女の子なんだ” とラヴニールは手が止まってしまった。


 偉大な王になる器────グスターヴによって見込まれたエルヴァールは女として生を受けながら、男として生きることを義務付けられた。国の将来を憂いた王の判断とはいえ、性別を偽り生きていくのはきっと辛いことも多いはず。いや……辛いことの方が多いはずだ、とラヴニールは考えた。


 そして、自分はその秘密を明かされた上で従者に選ばれた。きっと私はこの人と一生を共にするのだろう。秘密を共有しながら、ずっと一緒に。────嬉しくもあり、悲しくもある。そんな想いがラヴニールの心を駆け巡っていた。



「どうしたの?」


 顔を覗き込んでくるエルヴァールに気付き、我に返るラヴニール。服を脱ぎ、エルヴァールに手を引かれながら浴場へと入っていく。エルヴァールに言われるがままお互いの体を洗い合い、汚れを落としてから湯船に2人で浸かる。

 今まで母であるツキナギ以外とは湯を共にしたことはなかったエルヴァールは、鼻歌を口ずさむ程に上機嫌だった。年相応にはしゃぐ女の子を見て、ラヴニールも自然と頬が緩んだ。



「あ、そういえばさ。聞きそびれてたんだけど、ラヴニールが従者になった条件ってなんだったの?」

「この王宮内に保管されている王家蔵書。その閲覧権を頂きました」


「あー、王族しか見れないってやつ?」

「はい。それに加え、王立書庫の立ち入りも自由です。王家蔵書の禁書エリアは魔導具による施錠が施されているので、陛下と司書の再許可が必要ですが」


「あのでっかい扉のとこだよね。あの中って何が入ってるんだろうね?」

「陛下しか立ち入ることができないので分かりませんが、噂では様々な国から集められた魔導書の類が保管されていると言われていますね」


「ふーん、ラヴニールも興味があるの?」

「そうですね。ですが陛下の再許可が必要になるので、今は王立書庫の書物から読んでいきたいと思っています」


「そっかそっか、面白いのがあったら私にも教えてね!」

「はい、もちろんです」



 雑談を交わし、少しのぼせ気味になりながら浴場を後にする。新しい服に着替え、今度は大広間へと向かう。席についたエルヴァールの後ろにラヴニールは控え、程なくしてエルヴァールの食事が運ばれてくる。


 本当は一緒に食べたいのに……そう聞こえてくるかのようなエルヴァールの視線を我慢し、ラヴニールは静かに目を伏した。その5歳とは思えない侍女っぷりに、その場にいた料理人や侍女は舌を巻いた。


 エルヴァールの自室の隣の部屋を与えられたラヴニールは、その後そこで食事をとり、再びエルヴァールの部屋で就寝の時間を迎えようとしていた。



「せっかく隣同士なんだし、一緒に寝ようよ」

「殿下……見つかったらお叱りを受けてしまいます」


 大丈夫大丈夫と布団を捲るエルヴァールに困惑するラヴニール。だが、決して嫌な気分ではなかった。エルヴァールが同性同年代の相手を欲していたように、ラヴニールもまたそのような相手を欲していたからだ。

 布団を捲ったまま動かないエルヴァールに観念し、顔を赤らめラヴニールが布団の中へと入っていく。



「では……失礼します」

「はーい、いらっしゃい!」


 同じベットで顔をつき合わせる2人。すると今度はエルヴァールがモジモジと顔を赤くする。不思議に思ったラヴニールが口を開こうとすると、エルヴァールがオドオドと話し始めた。



「あ、あのさラヴニール……母上がラヴニールのことラヴィって言ってたけど……私もそう呼んでいいかな?」

「もちろんです。殿下にそう呼んで頂けると、私も嬉しいです」


「ふふ、そっか。ありがとうラヴィ。……それでね、私もお願いがあるんだ」

「なんでしょうか?」


「私のことも、エルヴァールって名前で呼んでくれない? 立場もあるから、2人っきりの時でいいからさ」

「分かりました、エルヴァール様」


「様もいらないんだけどなぁ」

「王子の名前を初日から呼び捨てにはできません」


 キッパリと言うラヴニールに、エルヴァールがたまらず吹き出す。



「ぷッ、ははは! そういえばまだ初日だったね?」

「とても濃い一日でした。陛下に呼び止められ王宮に連れてこられ、従者になってエルヴァール様と戦って、今度は2人でツキナギ様と戦って一緒にお風呂に入って……こうして一緒に寝ようとしています」

「とんでもない一日だったね」


「はい、まるで夢のような出来事です。寝て覚めたら、全て夢だったのではと……少し怖くなります」

「夢だったら……残念?」


「残念です。だから……疲れてるのに寝たくありません」

「ふふ、そっか────よかった」



 満足げな笑顔になり、目を閉じるエルヴァール。それに釣られラヴニールもまた目を閉じた。お互いのすぐ前にある温もりが夢ではないことを感じながら、2人の少女は眠りに就くのだった。

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