第4話 大地の英雄

 オーラント修道院から大鍋を抱えて家に着いた俺は、早速調理に取り掛かることにした。全ての野菜を洗い終え、皮を剥き始める。


 新しく修道院に入った女の子は菜食主義者らしい。今回はその娘の歓迎の意味も込めて、肉無しシチューにしとこう。足りない旨み成分はキノコや少量のトマトペーストにバター、あとは豆類で補うことにしよう。


 大鍋に水を張り、剥き終わった野菜を放り込んでいく。大雑把に見えるだろうが、男の料理なんてこんなもんよ。


 全ての野菜を放り込み、木べらでかき混ぜながらコトコトと煮込んでいく。野菜のいい匂いが漂い始めた頃、玄関の扉が開き、大きな声が飛び込んできた。



「ガッハッハ! 帰ったぞシン!!」



 何故か大笑いしながら入ってきた大柄のおっさん。筋骨隆々で棘のような髭を生やしたその男こそ、孤児であった俺を引き取り育ててくれた恩人であり父、そして “地天流” の開祖でもあり、俺とボルフェルの師匠────【ダイン・ブレイブハート】だった。



「いい匂いがしとるな!! 今日の飯はシチューか!?」

「おかえり父さん。ご覧の通り野菜たっぷりシチューだよ」


 ズンズンとこちらに歩み寄り、鍋の近くで大きく息を吸う。



「ガッハッハ! いいじゃないか! こんなに食い切れるかな!?」

「全部食うわけないだろ!」



 父さんは、【大地の英雄】の異名を持つ凄い騎士だ。この国には2人しかいない、レガリアと呼ばれる魂を具現化した武具を顕現させる玉璽保持者レガリアホルダー。そして、アズール騎士団の副団長でもある。

 ブレイブハートの名が示すような、勇気と豪胆さ、そして……優しさを兼ね備えた英雄。俺は、そんな父さんを心の底から尊敬して愛している。……声が大きいのがたまにキズだが。



「なに!? じゃあこの量は一体どうしたというのだ!?」

「うっせぇな! 耳元で叫ぶな!! …………オーラント修道院に差し入れだよ。俺、今日はボル達と食べにいくから、父さんこれアラテアさんに持っていってくれよ」


「え……」



 途端に声が小さくなり、後ずさり始める。



「どうしたんだよ?」

「え……いや……だって……」


 指をモジモジといじり、俺と目を合わせようとしない。



「もう約束しちゃったから」

「だ……だって、ワシが行くと動物達が逃げ出すし……迷惑になるんじゃ……」



 なんつー情けない声出しやがる。ブレイブハートはどうした、ブレイブハートは!?


 父さんの言う迷惑とは、修道院に住み着いている猫達のことだろう。父さんは、何故か生まれつき動物に嫌われる体質をしているらしい。俺もその現場を何回も見たが、父さんが近づくだけで動物が、そして虫までもが逃げ出すのだ。

 おかげでウチには害虫が全く出ないので重宝しているのだが、馬に乗れないなどの弊害もある。



「んなこと気にしなくっていいし。アラテアさんも嬉しそうだったぞ」

「ほ、ホントに?」


「父さんさぁ、年齢のこと気にしてるみたいだけど、そんなの些細な事じゃん。現にアラテアさんだって父さんのこと好きみたいだし、これを機に結婚でも申し込んでこいよ」


 父さんは今年で35になる。アラテアさんは確か21だ。でも、明らかにお互いが好き合ってるなら、さっさと告白すべきだ。


 

「こんなご時世なんだ、明日はどうなるか分からないんだし……それに、俺だってもう18なんだ。俺に気を使う必要なんてないんだよ」

「うむ…………そうだな、分かったシン。勇気を出して、アラテア殿に結婚を申し込むとしよう」



 父さんが意を決し、ギリリと拳を握りしめる。



「そうそう。猫だって、1日くらい逃げ出しても死にはしないよ」

「本当は猫に囲まれて食事をしてみたいんだがなぁ…………あぁ! 死ぬ前に一度でいいから動物をモフモフしてみたい!!」

「ささやかな夢だな」



 動物が好きなのに動物から嫌われる……不憫な体質だな。



「そういえば、父さん。今日の軍議ってどうだったの?」


 焦げないように鍋をかき混ぜながら、父さんに別の話題を振る。



「む? うん……そうだな、お前も既に正騎士の一員。話してもよかろう」

「そんなに重大な話だったのか?」


「うむ。昨今激化するレヴェナント達の活動だが、その原因を突き止めた」

「え!?」


 その驚きの発言に手を止めてしまった。だが、ここで焦がしてしまうと子供達にも、そして父さんの一大決心に水を差してしまうことになるので、慌てて再開する。



「原因が分かったのか?」

「スワルギアの学者達が突き止めてくれたのだ。以前からレヴェナントの調査に向かわせていた調査団との意見とも一致した」


 スワルギアというのは、賢者の国と言われるほどの天才・賢人が集まる国だ。その国の学者が導き出した答えというなら、かなり信憑性が高いだろう。



「で、その原因ってのは?」

「ある存在が、人間の負の感情を利用しレヴェナントを作っているという。ワシらは、その存在を【邪龍】と呼称することにした」

「邪龍……」



 その言葉を口にすると……何故か心臓のあたりがチクリと痛んだ。



「人間が生きている以上、どうしても負の感情というのは生まれてしまう。その負の感情に侵された魂を人間の死体に憑依させたものがレヴェナントだ」

「邪龍は……どうしてそんなことを?」


「それは分からん。だが、レヴェナントによって我がライザールの民が被害にあっているのは確かなのだ。ワシらは近々、この邪龍討伐に向けた部隊を編成するつもりだ」

「……父さんも行くの?」


「ワシと、団長のサンディスは行くことになるだろう。この国でレガリアを使えるのはワシら2人だけだからな。だが、本土のレヴェナント被害のこともある。行くのは少数精鋭になるだろう」

「そっか……国も守らないといけないもんな」


「うむ。それに、調査によると邪龍は人を操ることができるとも言われている。味方がレヴェナントと化し、敵になっては味方の士気の低下は免れん。だからこその少数精鋭なのだ」



 なんだろう……胸がざわつく。不安が俺の全身を侵食していくのを感じる。そんな俺を見た父さんが、力強く俺の肩を掴む。



「シン。言うか迷ったのだが、ワシはお前をその部隊に推薦した」

「え?」


「お前の力は正騎士達と比べても遜色のあるものじゃない。それに、サンディスがお前のことをえらく買っていてな」

「サンディス団長が……俺を?」



 【神託の雷霆】の異名を持つアズール騎士団の団長。そのサンディス団長が俺を買ってくれている……その言葉に、俺の心は激しく高揚した。



「まぁワシからしたら、サンディスとの試合はお粗末なものだったがな」

「うッ……」


 高揚した気分がまた落ち込んでしまった。確かに父さんの言う通り、決勝後に開かれたサンディス団長との試合は褒められたものではなかった。俺は指一本触れることもできずに敗北したのだ。正直、なんで正騎士になれたのか不思議な位だ。



「シン、いつも言っているだろう! 我が 【地天流】 は両足をしっかりと大地に根差し、地脈の力を我が物とし拳で攻撃するのだと!! それをお前はぴょんぴょんバッタのように飛び跳ねてからに!!」

「わ、悪かったよ! でも、試合会場って石で出来たリング上でやってただろ? 地脈の力なんて感じられなかったし、蹴りの方が威力があるしさ────」

「ばかもーーーん!!!!」



 父さんの怒号が炸裂する。



「それはお前の修練が足りぬからだ! 」

「だ、だって父さんは岩石とかを共鳴魔力レゾンに持ってるんだろう? だからそんな簡単に言えるんだよ────」

「ばかもーーーーーん!!!!」



 再び耳元で炸裂する怒号。み、耳が…………。



「いいか、シン。地脈の力というのは、あの万能の石とも言われるルミタイトの力と同一のものなのだ。すなわち、地脈の力とは誰もが扱える共鳴魔力なのだ!」

「り、理屈は分かるけどさ……」


「全く……ワシもまだ修行中の身だから大きなことは言えんが、後継者のお前がそんなことでは先が思いやられるぞ。お前にはこの地天流を完成させてもらわねばならんのに」

「え、完成してないの?」


「その通り!! 恐らく、ワシには無理だ。だからこそ息子のお前に託そうと思ってるんじゃないか!!」


 地天流開祖の父さんに無理なら、誰にも無理なのでは……。



「いいか、シン。両足だけはしっかりと大地に立たせておけ。足技は、確実なトドメ以外では決して使うな」

「……分かったよ父さん」



 確かに……俺はサンディス団長に対して、あらゆる攻撃を躱されて焦っていた。そして一撃必殺の足技を繰り出したのだが、それすらも当てることができなかった。文字通り、浮き足立っていたのかもしれない。


 地天流の極意は、地脈の力を我が物とするため、両足をしっかりと地面に根差し、腰をやや低くし、身体の中心を安定させることに重点を置いている。そして地脈の力と自身の力、魔力を織り交ぜた拳で攻撃する。その際に、両脚の膂力も拳に乗せるのだが、これがなんとも難しい。動かぬ物体相手なら偶に成功するのだが、実戦では成功した試しがない。


 こればっかりは、実戦の勘と経験がものを言うのだろう。



 そんな師匠からのお叱りを受けていると、無意識に作っていたシチューが完成していた。俺は話題を逸らすために、出来上がったばかりの大鍋を父さんに渡す。



「お、できたぜ。じゃあ頼んだぞ!」

「あじゃあああああ!!!!」



 父さんが顔を真っ赤にして、目玉が飛び出そうなほどの悲鳴をあげる。出来立てほやほやのシチューが入った鍋は激熱で、取手までアチアチだった。無論、俺は平気だが。



「父さん、修練が足りないな」

「お、おのれシンッ……覚えておれよ!」



 負け犬のセリフを言い残し、父さんは大鍋を抱えて出て行こうとする。



「はは、頑張れよ!」


 去り行く父さんに激励の言葉を投げかけると、父さんは口元を緩め、ふっと笑い出て行った。



 さて、後片付けしたら俺も準備して行こうかな。【蒼空亭】に!

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