第3話 オーラント修道院の聖女
ボルたちと別れ、俺は貧民街にある修道院へと来ていた。セルミア教の修道院ではあるが、とにかく古い建物でひび割れているところもある。だが、よく掃除されており、修道院の前にはゴミ一つ落ちていない。貧民街にありながら、ここだけはまるで聖域のような神聖さを感じる。
そして今、敷地内をホウキで掃除している1人のシスターに声をかけた。
「アラテアさん!」
俺の声に気付いた女性が、日光を受けて輝くブロンドの髪をたなびかせ、白い瞳をこちらに向けてにっこりと微笑む。
「あらシン。今日はお休み?」
「うん、ここんとこ忙しかったから久々にね」
掃除を中断し、こちらに歩いて来てくれる。
この女性の名前は【アラテア】さん。世にも珍しい、
本来ならそんな奇跡のような存在であるアラテアさんは、大聖堂で聖女として崇められててもおかしくないのに、ずっとこのオーラント修道院で孤児の世話をしている。
俺にとっては姉でもあり、母親のような人。……そう、俺も孤児だった。
俺には過去の記憶が無い。覚えていたのはシンという名前と年齢だけ。8歳の頃に貧民街で行き倒れていたところを、この修道院に助けられた。そして、俺が10歳の時に今の義父に引き取られ、ブレイブハートの名前をもらったのだ。
この修道院にいたのは2年ほどだったが、俺とは3つしか歳が離れていないのに、アラテアさんには何から何まで世話になった。
父さんの養子になってからも、こうやって暇があれば顔を出している。
「シン、正騎士叙任おめでとう。ごめんね、中々会えなくって……」
「いいっていいって、アラテアさんが忙しいのは良く分かってるから。たった一人で10人もの子供たちの世話をしてるんだし。本当は真っ先にアラテアさんに報告したかったんだけど、俺も色々忙しくてさぁ」
「ありがとう、シン。……あ、そうそう。ちょっと来てくれる?」
「ん、なに?」
手招きするアラテアさんに着いていくと、案内されたのは修道院の裏口にある厨房 兼 倉庫だった。蔓で出来た籠には山盛りの野菜がこれでもかと積まれていた。
「うお、すげぇ量の野菜。どうしたの?」
「この前の叙任式で、大聖堂から送られてきたの。収穫祭と日取りが近かったからね。食べ盛りの子が多いから助かるんだけど、流石にこの量は……シン、少し持って帰らない?」
籠に入った野菜は保存の効くものも多いが、まぁお裾分けってことだな。俺は少し考えた末、ある提案をした。
「そうだ。俺持って帰るからさ、みんなの分の飯も作ってきてやるよ」
「え、いいの? 私たちは嬉しいけど、シンも忙しいでしょ?」
「いいのいいの。どうせ今日は友達と食いにいく約束してたんだ。でも父さんの飯は作る気だったし、シチューでも作って後で父さんに持って来させるよ」
「え……」
俺がそう言うと、アラテアさんは頬を赤らめ困ったような表情になる。
そう、大量に作るならここで作ればいい。でも、俺は敢えて自分の家で料理を作り、父さんに持って来させる。それに意味があるのだ。
「そんな……悪いわ……」
「大丈夫だってば。父さんも今日は早く帰るって言ってたし。鍋だけ貸してくれる?」
俺の家には11……じゃなくて12人が食べれるだけの量を作れる鍋がない。俺は綺麗に手入れされた大鍋に、玉ねぎやじゃがいもを放り込んでいく。
──すると礼拝堂の方から子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
「おぉ、随分賑やかだな」
「ふふ。実はね、最近もう1人ここに入って来たのよ」
「え、そうなの?」
「うん。女の子なんだけど、たった1人で密航してこの国に来たみたいで、身寄りもないから私が引き取ったの」
「へー、どんな娘?」
「とんでもないお転婆娘よ。男の子もその娘にケンカで負けちゃって、今じゃみんなのお姉さんになってるわ」
困ったように話すアラテアさんだが、その顔は笑っている。ここも、また賑やかになったってことだな。
「すげぇな、ロンたちがケンカで負けたのか。将来有望だな」
「ホントにねぇ。あ……ちなみにその娘、菜食主義者なの。もしできたら──」
「了解了解。肉無しシチューにしとくよ」
ごめんねと頬に手をあて、うふふと笑うアラテアさん。すると子供たちの喧騒に紛れて、ガシャンという破壊音が聞こえて来た。
「あっ、また備品を壊したわね。ごめんなさい、シン。ちょっと見てくるわね」
「俺も行こうか?」
「大丈夫よ、いつものことだから」
「そっか」
ニコリと笑うアラテアさんに俺も笑って返す。
「じゃあ俺はもう行くし。後で父さんに持って行かせるからよろしくな!」
「うん、ありがとうシン。それじゃよろしくね」
アラテアさんは修道服の裾を掴みながら、パタパタと小走りで去っていった。
「ルジーラ、降りて来なさい! あッ、セルミア様にぶら下がっちゃダメ! みんなも真似しちゃダメぇ!!」
アラテアさんの声が微かに聞こえてくる。その怒っているようで楽しげな声に、俺はつい吹き出してしまった。あんなアラテアさんの声、初めて聞いたなぁ。
俺はいつまでもその喧騒を聞いていたい気持ちに駆られながらも、野菜を詰め終え大鍋を抱える。
夜にはみんなと祝勝会だ。それまでに13人分のシチューを作らないといけない。帰ったらすぐ仕込みに入らないとな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます