第2話 貧民街にはご注意を

 ライザールの皇都エルドランの城下町、その通りには賑やかな市場が開かれており、色とりどりの商品が並び、香り高い料理の匂いが漂う。街角では、エルキオンという国から来たであろう芸術家っぽいおじさん達が、絵画を制作し、楽器で美しい旋律を奏でている。


 しかし、そんなエルドランにも裏に隠された部分はある。いわゆる貧民街で、表の華やかさとはかけ離れた雰囲気を醸し出していた。だが、決して暗くはない。華やかさがないってだけで、住民の顔は笑顔に包まれ、子供達の声が響き渡っている。


 俺こと、“シン・ブレイブハート“ は、その貧民街にある【オーラント修道院】を目指して歩いていた。


 先日アズール騎士団の正騎士に任命された俺だ。きっとバレれば人だかりができるに違いない。そう思い、目立つ赤金の髪を隠すためフードを被り、道の端を────



「よぉシン! コソコソとどこに行くんだよ!!」


 大声で名前を呼ばれ、後ろから肩を組まれる。突然の出来事に声にならない悲鳴をあげてしまう。

 俺の肩に組まれた腕はよく鍛え上げられており、逆立ったブラウンの髪と、獣のような鋭い目でこちらの顔を覗き込んでくる。



「ぼ、ボルッ…………しーッ。声が大きいってッ」

「あぁん? っていうか、なんでフードなんか被ってんだよ」


 そう言って俺のフードを剥ぎ取ってしまう。



「あぁ! まずいッ、サイン攻めが来るぞ!!」

「何言ってんだお前」


 慌てて辺りを警戒するが、子供の喧騒以外は静まり返っている。そして、俺たちのすぐそばを歩いていたおばあちゃんと目が合った。



「おや、シン。正騎士になったんだって? おめっとさん」

「え、あ……うん。ありがとう」


 そう言い残しおばあちゃんは去っていった。……あるぇ、俺が思ってた反応と違うぞ?


 

「くっはっは! 自意識過剰だなシン!」


 愉快そうに大声をあげて笑うこの男の名は【ボルフェル】。俺とは従士の同期であり親友、そして同じ師を持つ同門でもある。



「おっかしいなぁ……もっと女の子とかが黄色い声をあげて駆け寄ってくると思ってたんだが」

「表ならまだしも、ここじゃ正騎士なんてどうでもいいだろうよ。全身に金でも貼り付けてたら寄ってくるんじゃないか?」


「するわけねぇだろ!! っていうか、どうしたんだよボル。今日は非番だろ?」

「ほら、最近お前叙任式やらなんやらで忙しかっただろ? 御前試合の祝勝会をしようってみんなで言っててさ」


「確かに最近忙しくてみんなにも会えてなかったもんなぁ。みんなも怪我とかしてるのに、本当にいいのか?」

「当たり前よ。もちろん金はみんなで出すからシンは安心しろよ! ……とは言っても、そんなに金はねぇからいつもの “ひもじ屋” だぜ」


 金のない貧民の救世主 “ひもじ屋“ 。改めて聞くとすごい名前だが、酒も食い物も破格の値段で、俺たち貧乏従士にはありがたい存在だ。無論、水で薄めた酒やよく分からないものもあるが、みんなで飲む酒はどんなものでも美味かった。



「全然OKだ。なんか悪いなぁ」

「何言ってんだよ。正騎士様に色々聞きたいこともあるしな! しかしよぉ、決勝はお前と戦いたかったぜ」


 ボルがニカリと笑い、指をボキボキと鳴らす。ボルとは【地天流じてんりゅう】という拳法を共に学んでおり、組み手をすることはあっても、本気で戦ったことはなかった。トーナメント方式で開かれた御前試合では、お互いが準決勝に進んだのだが、残念ながらボルは準決勝で敗れてしまった。

 

 “お前と戦いたかった” ────それは、俺にとっても偽らざる本心だった。



「本当にな。もし、試合時間が夜だったら……お前に勝てるやつなんていないのにな」

「くはは! 当たり前よッ…………と言いたいところだが、戦いなんて夜に起きるとは限らないんだ。言い訳にはできないさ」



 照れくさそうに鼻を啜り上げるボル。だがすぐに上機嫌な笑顔を浮かべ、俺の肩をバンバンと叩く。



「しっかしよぉ、俺が負けたヴェルオンに勝っちまうんだからよぉ! 従士たちの格付けはこれで完了ってやつかな!?」

「お前とヴェルオンの試合を見てたからなぁ。俺も脚技は決勝で初めて解禁したから不意をつけたけど、もう一度戦ったらどうなるか分からないな」



 お互いの健闘を讃えつつ、あの白熱した御前試合に思いを馳せる。すると俺の後ろから、冷めた声をかけられた。



「道の真ん中で馬鹿話とは……邪魔だから退いてくれないかね?」

「お、プラームじゃん。何してんだこんなとこで?」


 俺たちに声をかけたのは、同じく同期の【プラーム】という男。ボルの質問に蛇のような顔をしかめながら、手を鼻の前でパタパタと振っている。



「巡回だよ。まったく、こんなところに来たくはないのだがね」

「へー、ご苦労さん。それでそんなに不機嫌そうなのか?」


 ボルの再びの質問に、プラームは俺の顔を見て小さく舌打ちをする。


 

「何言ってんだよボル。1回戦敗退のプラームさんは、俺が優勝したのが悔しくて悔しくて仕方がないんだよ」

「あぁ、なるほどな。しっかしプラームも運がないよな。折角家宝とか言ってた炎を操るアーティファクトの剣をもらったのに、一回戦の相手がシンだもんな。くっはっは! 炎が効かない相手に必死に炎当ててんだもん!!」


「う、うるさい! 私はまだこの剣の扱いに慣れていなかっただけだ!!」

「慣れてない剣で試合に出るなよ」


 俺のツッコミに、プラームは更に顔を赤くして激昂する。アーティファクトの剣を手に、何やら必死に説明しているが、特に興味はない。そしてその騒ぎを聞きつけた住民がプラームに群がり始める。



「騎士様〜、お恵みを〜」

「素晴らしい鎧でございましゅね、ぐへひひひひ」

「な、なんだお前ら!? 近寄るな!!」


 プラームは名家のおぼっちゃまで、従士の分際で豪華な鎧を身に付けている。その鎧には様々な宝石があしらわれており、住民たちがその宝石にレヴェナントの如く手を伸ばしている。



「見ろよシン。これが貧民街での歓迎だぜ」

「んーむ、これは酷い」


 家宝の剣だけは死守しようとするプラームだが、四方から迫り来る魔の手からは逃れられない。慌てるプラームを尻目に、ボルが話しかける。



「そういや、プラーム。今日みんなでシンの祝勝会しようと思ってんだ。お前も来るだろ?」

「な、なに? …………で、どこでやるんだ?」


「ひもじ屋だ。安いしな!」

「ひもじ屋だと!? ふざけるな、誰があんな店行くか!!」



 プラームから離れていく住民たち。プラームの鎧は見る影もなく、全ての宝石が紛失していた。あいつらどんな指の力してんだよ…………。っていうか、警備巡回してる従士になんてことしてんだ。



「だってよぉ、みんなそこまで金持ってないし、あそこならたらふく飲めるじゃんか」

「まったく……祝勝会などと宣うなら、もう少しマシな店にしたまえ」

「なんだよプラーム。もっといい店知ってんのかよ?」


 俺がそう質問すると、プラームが少し考えた後にため息を吐き、ボソリと呟く。



「……仕方ない。【蒼空亭】に連れて行ってやろう」

「え、あそこ結構いい値段するじゃん。 お前たった今貧乏になったところだろ?」


 ボルが貧相になった鎧を指差すと、プラームが再び怒りだす。



「なっとらんわ! 折角の祝勝会だ、今回は私がもってやろう」

「え、奢ってくれんのか!?」


「……今回だけだぞ」

「うおお、マジかよプラーム! やったなシン!!」



 ────正直驚いていた。まさかあのプラームまで、俺の正騎士叙任を祝ってくれるなんて。



「プラーム……ありがとな」

「ふん。場所は知ってるだろう、夜7時に集合だ。遅れるなよ」


 そう言い残し、足早にプラームは去っていった。



「ったく、あいつも素直じゃないなぁ。それにすぐ素が出ちまうんだから、あの紳士ぶった話し方やめたらいいのになぁ、シン」

「まぁあいつなりに、家督を継ごうと必死なんだろ。あの話し方は俺も気に入らないけどな」


 俺がそう言うとボルが “だよな!” と言って大笑いする。



「っと、そろそろ行くわボル」

「用事か?」


「あぁ、オーラント修道院に行く途中だったんだ」

「そうだったんか、悪いな足止めさせて。俺は一旦戻るから、また後でな!!」



 ボルが手を挙げ去っていく。俺はボルを見送ってから、再びオーラント修道院に向けて歩き出した。

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