タツノシン

終章 2人の旅立ち

　今、僕達はコウタ達の家にいる。この家は戦火からは逃れたようで、以前と変わらぬ姿をしている。

　ただ、この家の主人はもういない。コウタもケンさんも……僕達に巻き込まれて死んでしまった。物音一つしない家に、僕とシンは居間に座り込んでいる。

　一度は僕達が助けた命……それが今度は僕達のせいで失われた。そう考えると、僕達の行動に何の意味があったのか分からなくなる。

　戦いが終わり、東門に向かった僕達はダイコクさん達と合流した。そこにはカイさん達もいて、みんなが僕達に感謝の意を述べてきた。でも僕達は、その言葉を素直に受け取ることができなかった。

　ダイコクさんは、大切な話があると切り出したシンの顔を見て、僕達にコウタの家に行くように言ってきた。“後ですぐ行く” と言い残して、ダイコクさんはどこかへ行ってしまった。

「すまんすまん、待たしたな」

　ダイコクさんが、入り口から笑顔で顔を覗かせる。その手には大きな瓢箪が握られている。中身は恐らく……お酒だと思う。

「いやぁ、酒蔵も焼けちまっててな。結局集会所に残ってたやつを持ってきたよ」

「……みんなは？」

「皆、集会所に集まっている。この辺りにいるのは俺たちだけだ」

　そう言ってダイコクさんは僕達の前に座る。

「さて、話の前に……改めて礼を言わせてくれ。お前達2人のおかげで、人質を助けることができた」

「でも、コウタやケン……門番をしてた2人……結局4人も死んじまった……」

「そうだな……でも、死んだと思ってたカイやモンゾウが生きてたのはびっくりしたよ。あのカザンってやつは意外に優しいのかもな！」

　ダイコクさんが豪快に笑う。それは、僕達を励ますためにわざと大袈裟に笑っているようだった。

「すまないッ」

　シンが両手をつき、頭を下げる。僕もまた、深く頭を下げる。

「一体何に謝ってるんだ？」

「聞いたんです。あいつらがここに来たのは……僕達を探すためだったんだって」

　僕達の告白に、ダイコクさんは黙ったままこちらを見つめている。

「俺たちのせいなんだ。俺たちのせいで……コウタ達は死んじまったんだッ」

「ごめんなさいッ」

　ダイコクさんが立ち上がり、僕達の元へ近寄ってくる。僕達の前に来たダイコクさんは、しゃがみ込み、僕達の肩を強く握り抱き寄せてきた。

「何を馬鹿なことを……こんな残酷な事が、どうしてお前達のせいなものか」

　正直、殴られるものと思っていた。予想だにしなかったダイコクさんの行動に、僕達は呆気にとられている。

「で、でも──」

「なぁシン、タツ……これはお前達が望んだ事なのか？」

　あくまで優しい口調の問いに、僕達は黙って首を振る。

「そうだろう？ 俺も……そしてコウタ達も、これがお前達のせいだなんて思わない。短い間だったが、お前達という人間をよく分かってるつもりだ。お前達2人は誰よりも優しくて、そして強い。お前達2人なら、きっとこれからの苦難も乗り越えられるさ」

　まるで、僕達2人が去るのを知っているかのように話すダイコクさんに違和感を感じて、僕達は顔を上げる。

「カザン傭兵団がこの村に何かを取りに来たと聞いた時、俺には何のことか分からなかった。でも、今なら分かる。あいつらはお前達を迎えにきたんだ」

「ダイコク……お前は俺達の事を何か知っているのか？」

　シンの問いに、ダイコクさんは静かに首を振る。

「分からない。ただ、お前達が普通ではないことは感じていた。きっと、俺達では想像できないような何かを背負っていると」

「何か……」

「そうだ。きっとお前達は……それを探しに行かなければならないんだ」

「…………」

「俺も、2人に謝らなければいけないことがあるんだ」

「え？」

「大神（おおみかみ）様にお前達をもてなすよう言われた時、俺は違和感を感じていた。今思えば、あれは2人をこの村に足止めするように言ってたのと同じだったんだ。でも、俺はこの事をお前達には言わなかった。結局、お前達を巻き込んでしまった……」

「そ、それは──」

「シン、タツ。この世には、自分の考えなど関係なく巻き込まれてしまう事があるんだ。それを嘆くのもいい、後悔してもいい。でも、足だけは止めちゃ駄目なんだ。いいか、“心を強く持て” 。幸いなことに、お前達は励まし合える相棒がすぐそばにいるじゃないか」

　僕達は顔を合わせる。シンの目からは涙が溢れていた。

「ふふ。タツならまだしも、ジジイの泣き顔はいただけないな」

　そう言ってダイコクさんがシンを自分の逞しい胸に抱き寄せる。

「見た目はジジイだが、お前はまだ子供なんだな。この数日で、よく分かったよ」

「俺はもう18だぞ…… 子供扱いするな」

「ハッハッハ、18など俺から見たらまだ子供よ！」

　シンの言う18という言葉を、ダイコクさんはもう否定したり、茶化したりしなかった。シンを解放し立ち上がったダイコクさんは、棚から盃を5個取り出し、再び僕達の前へと座る。

「ったく、柄にも無いこと言っちまった。まるで誰かに言わされた気分だよ。このイズモに眠る土地神様も、お前達に何か言いたかったのかもしれないな。……さぁ、別れの盃といこう。今日くらい、タツもコウタも飲んでいいだろう」

　ダイコクさんが、瓢箪から全ての盃に酒を注いでいく。溢れんばかりに注がれた酒をこぼさないよう、慎重に僕達は盃を手にとる。

　誰も手に持つことのない盃が二つ────僕達はその盃に礼をし、一気に酒を飲み干した。

　僕にとっては、山小屋でシンと飲んで以来のお酒。あの時のお酒は本当に美味しかった。このお酒も、あの時と似たような味なのに、どうしてか美味しくは感じられなかった。そしてそれは、シンも同じようだった。

「どうだ2人とも、美味いか？」

「……今まで飲んできた中で、一番不味い」

　はっきりと言ったシンの言葉に、ダイコクさんが豪快に笑い始める。

「ガッハッハ！ それもまた酒さ。じきにまた、美味い酒が飲めるようになる。全部終わったら……またみんなで飲もう。宴の準備をして待ってるからな」

　────結局最後まで、ダイコクさんが僕達を責めることは一度もなかった。

　“心を強く持て”

　僕はこの言葉が、ずっと頭の中に響いていた。この世界でシンと共に生きるためには……この言葉が何よりも大切──そう感じていた。

　最後にダイコクさんは、皮のリュックに満載の太陽石を渡してきた。僕達が断ると、元々はお前達が見つけてくれたものだと言って譲らなかった。ダイコクさんに見送られて、僕達は南門へと歩き出す。

　こうして僕達の、長かったチュートリアルが終了した。そして確信した。僕達がいるこの世界は、決してゲームなんかじゃないと。

　僕達が何者で、何のためにこの世界に来たのか、それを確かめに行く。

　南門を抜けた時、何とも言えない解放感と共に、世界が広がったのを感じた。

　山道の先には、新しい仲間達が僕達を待っている。

　この人達に付いていけば、きっと何かが分かる。

　闘いに……苦難に満ちた道なのだろう。

　でも大丈夫。　きっと乗り越えられる。

　僕と────シンの2人なら！

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　第一章【甲編】これにて完結になります。ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。

　次からは第一章【乙編】の開始となります。第3の主人公である少女の話となります。よければ引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。