第27話 月兎と現人神

 シンが去り、迫り来る大蛇を見る。明らかな敵意をこちらに向けながら、威嚇のような音を漏らしながらこちらへ進んでくる。

 だが、俺に焦りはない。どのような敵だろうと、俺に勝てるものなど存在しないのだから。



「……さて、どうしたもんか」


 とはいえ、俺は今日だけで3回 "怒涛核" を起動している。俺の怒涛核が消費する魔力量は尋常ではない。まだ底をつくわけではないが、これ以上使用すると “貯蓄分“ にまで手を出すことになってしまう。


 ──の為にも、これ以上の浪費は控えたい。



 そして、俺の魔力元であり共鳴魔力レゾンでもある “怒りの感情” 。シン達と出会い、戦ったことでその感情が薄れてしまった。俺にとっちゃ迷惑な話だが、不思議と怒ろうにも怒れない。

 正直悪くない気分だ。まぁそのせいで、調子に乗って3回も使うはめになったんだが。セコーモみたいな雑魚にまで使ったのは、流石にサービスが良すぎたか?



 失った分の魔力は地獄炉で回収する手もあったが、既に山の下敷きになっている。回収は見込めないだろう。


 

「とはいえ、任せろと言ったんだ。直接ぶっ叩くか」

 


 俺は手に持ったレガリアである戦斧、【ディープ・レッド】を握りしめる。

 俺の殺気を察知したのか、大蛇が咆哮をあげ、その巨大な首が俺に目掛けて飛ぶような速度で接近する。


 迫り来る蛇は2匹。俺は避けることなく頭の一つに斬りかかる。斧を振り下ろした頭は真っ二つに割れ、俺の左右へと突き進む。

 そして真上から、その巨大な口が俺を飲み込もうと迫っている。返す刃で薙ぎ払い、切断された頭が近くで、ドズンという重厚感ある音を立て転がり落ちる。やがてその巨大な頭は、黒いチリとなって消え始めた。


 割れた頭、切断された首……それらから瘴気と共に新たな頭が生え始める。



「おいおい、再生すんのかよ」


 

 放っておけば勝手に死ぬと思っていたが、少し甘かったようだ。強大な力に耐えきれず、肉体が滅びかかっている様に見えたのだが……どうやら何か見つけたようだな。



「…………ルミタイトか」


 

 ルミタイト────太陽石、万能の石とも言われる魔石。あの大蛇は山に存在するルミタイトを取り込み、何とか存在を保っているようだ。そして、この回復力……少々時間がかかりそうだな。


 邪悪な存在にはその力を弱めるという、アマツクニ産のルミタイト……聞いていた話と違うな。

 もしかして……プラームとかいうヴィクター、何か別の感情で動いているのか?



『ジャ……マヲ……スルナ』

「…………」


 こいつの狙いはシンか? 奴からは何か、執念の様なものを感じる。

 

 考える俺に隙を見たのか、再生した頭が同時に俺に襲いかかってくる。

 その場で一回転するように斧を振るう。先程と同じように、2本の首から頭が切り飛ばされる。だが、別の首から炎が俺の体に吹きかけられる。


 焦熱地獄を作り出す俺にとって、この程度の炎はダメージにはならない。だが視界を奪われたことで、次の攻撃を許すことになってしまった。


『キシャァァァァ!!』

 

 大蛇の口から吐き出された粘液が俺の身体を包み込む。どうやら毒のようだが、俺には通用しない。だがその粘液は硬度を増していき、俺の行動を阻害する。


 再生を終えた首が、その隙を見逃さず突っ込んでくる。



(しょうがねぇ……使うか)


 俺は怒涛核を起動させようと手に力を入れる、その時だった────



 鋭く光る剣閃が、俺の目の前で幾十にも走る。その光は、迫り来る大蛇の頭を……そして俺を拘束していた毒を切り裂き、消し去ってしまった。浄化の斬撃――そう呼ぶに相応しい攻撃だった。



「────カザン将軍」



 その攻撃を放った何者かが、俺の目の前へと着地する。フワリと着地したその戦士は、全身が兎を模したような銀色の鎧で覆われており、月光の輝きと神秘性を放っている。そして鎧と同じく、神々しい輝きを放つ薙刀をヒュンヒュンと空気を裂くように回し、優雅に構え直す。俺はその月兎の如き戦士に覚えがあった。



「ギンレイさん! いやぁ、久しぶりだなァ!!」

「へ!? え ……わ、私のこと覚えているんですか?」


 

 このギンレイさんは、8年ほど前に俺がアマツクニにやってきた時、暇を持て余していた俺に稽古をつけてくれた。

 ……これがとんでもない強さで、俺は結局1回も勝つことができなかった。5日間ずっと手合わせして1回もだ。

 そういえばそれをずっと観戦してたおっさんが1人いたっけか?

 


「覚えてるも何も、あんだけやられたんだ。忘れたくても忘れられねぇよ」

「でも、私今こんな姿ですし……顔も出してないですし……」


 

 ギンレイさんは困惑しているようだ。月光の鎧と薙刀……恐らくこれがギンレイさんのレガリアだろう。顔まで覆われたレガリアによって、確かに顔は確認できない。だが、この独特の雰囲気だけで分かるものがあった。



「ギンレイさんA・Sオールシフターだろ? この他者に寄り添うような魔力……顔を見なくても分かるぜ」

「そ……そんなッッ」


 ギンレイさんが顔に手を当てモジモジしている。……どうしたんだ?



「ギンレイさん、話は後だ。1人で来たのか?」

「はッ……い、いえ、仲間が4人近くに潜んでいます。将軍の戦いの邪魔にならないように、離れて見守っていたのですが……様子がおかしかったので私だけが援護に」



 4人……俺はギンレイさん以外にも誰かがいる気配を感じたのだが、人数が合わない。シン達ではなさそうだったが。

 だが、考える暇もなく大蛇が動き出す。ギンレイさんの破邪の攻撃が、頭の再生を阻害しているようだ。さすがは退魔の戦士と呼ばれることはある。とはいえ、再生するのは時間の問題だろう。


 

「カザン将軍、お下がりを。ここは私にお任せください」

「いや、ギンレイさん。かっこ悪いところ見せちまったな。俺がやるから下がってくれ」 


 出し惜しみしたことを反省しつつ、ギンレイさんに後退するよう促す。




 

「待たれぃ」


 

 2人で牽制しあっていると、後ろから野太い男の声がし、バッと振り返る。

 そこには白い服に身を包み、一振りの剣を握った髭面のおっさんが立っていた。



「ここは拙者に任せてもらおう」



 どこから現れたのか……そのおっさんは凄まじい威圧感を放ちながらこちらへ近づいてくる。

 このおっさん、どっかで見たような?


 

「す、スサノオ様!!」


 

 ギンレイさんがおっさんの名前を驚いたように叫ぶ。


 スサノオ……このアマツクニにおいて、統治者であるアマテラスに並ぶ現人神。そして妖魔が多いとされるこの国で、それらが這い出てこないように地獄の番人をしているという。



「ギンレイ、カザン。久しいな」



 おっさんが俺の名前を口にする。“久しい“……やはり俺とは会ったことがあるようだ。この髭面、それに声、確かに覚えがあるんだが────



「あっ! 俺とギンレイさんの稽古を見学してたおっさんじゃねぇか!」

「カザン将軍……知らなかったんですか?」


 そうだ、俺とギンレイさんの稽古を、酒を飲みながら見てたおっさんだ。まさかあのおっさんがスサノオだったとは……



「我が国で発生した凶事、拙者が片をつける」


 

 俺達の前に出たおっさんは、手に持った剣を鞘からゆっくりと抜き始める。この薄暗い世界で、その刀身だけが唯一の光源であるかのような輝きと力を放ち始める。


 大蛇の再生が完了し、再び俺達に標的を定める。残す時間も僅かなのか、大蛇の持つ全ての首がこちらへと襲いかかってくる。

 だが、俺もギンレイさんも武器を構えなかった。


 目の前にいるおっさん────現人神スサノオの剣が、この戦いを終わらせる。そう確信していた。



 スサノオが剣を切り上げる。たった一振りで、大蛇の頭が8つとも切り離される。そして間髪入れずに振り下ろされた剣によって、胴体が細切れになって霧散していく。

 そしてその中には、怪しく光るコアのようなものも見えた。だがそのコアも、スサノオの斬撃によって細切れへと変貌し、チリとなって消えていった。



 たった2振り──2回剣を振っただけで、山のように巨大な大蛇を葬り去った。

 これがアマツクニの現人神の1柱、須佐之男命すさのおのみことの力……


 

 (これが……これが神の力──)


 

 目の当たりにした神の力に、俺の身体が震え出す。



 (これが神の力なのだと言うなら……俺は……俺の力は……)






 



 ────俺の力は 既に神を超えている







 レガリアを纏っていなければ、俺の狂気じみた顔が晒されていたことだろう。だが、スサノオのおっさんには俺の気配が伝わったようで、ゆっくりとこちらに振り向く。



「ふっ、カザン。天啓を得たか……」

「あぁ、ありがとうよおっさん。おかげで “俺達の計画“ の目処がたったぜ」

「……?」


 俺とおっさんの言葉に?マークを浮かべるギンレイさん。だがすぐに、静かにおっさんに詰め寄る。



「スサノオ様、お見事でございます。……ところで、今まで何をなされていたのですか?」

「…………」


 ギンレイさんの冷気を纏ったような声に、おっさんは顔を背ける。おっさんがスサノオなら、普段は地獄の番人をしている。ならば、ヴィクターやレヴェナントが現れることもなかったはずだ。



「スサノオ様?」

「…………酒がな……」


「酒?」

「いつも通り見張りをしてたら……いつの間にか酒が置いてあってな? 怪しいとは思ったのだが、誰かの差し入れかもと思って一口飲んでみると……これが何とも美味い酒でな」


「…………」

「…………気づいたら……こうなっててな……」



 ……要するに、得体の知れない酒を飲んだら酔い潰れて、この騒動に気づかなかったってことか。これはとんだ “やらかし“ だぞ。



「そうですか」

「た、頼む!姉上ッ、姉上には穏便に!!」


 おっさんはギンレイさんに土下座をし、額を地に擦り付けながら懇願している。……神様がこんなことしていいのかよ。さっきまでの威厳はどうした? それだけ、姉である大神が怖いってことか。



「今後このようなことを起こさない為にも、大神様に事の仔細を報告する義務があります」

「う、うぅ……仕方……あるまいなぁ……」


あっさりと断られたおっさんは、がっくりと肩を落としながら歩き出す。そしてしょぼくれた顔をこちらへと向ける。



「じゃあの2人とも……達者でな」


 まるでこの世の終わりかのような顔をしながら、おっさんは光に包まれながら消えてしまった。



「…………やっぱり怒られるのか?」

「犠牲者も出ていますからね。相当に」



 仕方ないとはいえ、少し気の毒だ。……それにおっさんが飲んだという酒、一体誰が差し入れたものなんだ?

 その辺の事も、後でセコーモに聞いとくか。


 俺が考え込んでいると、隣にいたギンレイさんから淡い光が放たれる。全身を覆っていた鎧が消え、仮面をつけた銀髪の女性が姿を現す。それに合わせ、俺もレガリアを解除する。



 仮面を取り、ギンレイさんが俺の前に跪き手を合わせる。その後ろには、いつの間にか4人の銀髪の美女達が、同じく仮面を外して跪いていた。



「カザン将軍……この度のご助力、天津国に生きる者として感謝を申し上げます」

「俺は傭兵だ、雇い主に言われたら何でもする。……それと、俺は正規兵でも何でもないんだ。将軍じゃない」



 

「国のために戦う貴方達は……どの騎士団よりも王国の正規兵です」

「……へッ」


 整った顔立ちで、優しく微笑みながら言うギンレイさんに少し恥ずかしくなって、俺は振り返り頭を搔く。


「ギンレイさん、俺達が “盟主” から受けた命令……そのまま伝えるぜ」

「…………」



「“同胞を助けよ” ──俺は、その命令に従っただけだ」

「同胞……」

 

 俺は跪くギンレイさんの手を取り立ち上がらせる。少し驚いたような表情をしたギンレイさんだったが、俺の手を少し強く握り返してくる。


 8年前は見上げていたギンレイさんの顔────今では俺が見下ろすカタチになっていた。



「大きくなりましたね、カザンくん」

「へッ、負け続きの人生だったからな」


 他の4人が、目を白黒させながら俺たちを見ている。その視線に気付いたせいか、ギンレイさんが慌てて手を離し、仮面を被り咳払いする。



「で、では私たちはこれで……」

 

 後ろの4人から “えっ” という声が漏れ出ている。


 

「もう行くのか?」

「私たちシロガネ族はイズモとの接触を禁じられています。緊急事態ゆえ村に入りましたが……事態が終息した今、ここに留まる理由はありません」


 ギンレイさんが空を見上げる。いつの間にか瘴気の雲は薄くなり、徐々に日光が差し込み始めている。


 

「そうか……久しぶりに会えて嬉しかったぜ」

「わッ、私もデスッ」


 

 ギンレイさんの声が裏返っている。大丈夫か?


 

「そ、それではカザン将軍、恩賞はまた後日改めて。では────」


 そう言って、ギンレイさんは呼び出した使い魔ユニオンに跨って走り出してしまった。慌てて4人がそれを追いかけて行く。


 


 村の方向へと身体を向ける。

 向こうから、俺の名前を呼びながら手を振っている老人と子供がいる。


 ────俺はその2人に応えるように手をあげ、ゆっくりと歩き出した。

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