第26話 VS プラーム

 俺は坑道へと向かって鉱山街を駆けていた。

 タツの言う通り、既に監視の虫もレヴェナントもいない鉱山街を、脇目もふらずただ走る。



(人質は助けた……あとはッ)


 人質は既に村の東へと向かわせた。セコーモの野郎はカザンが相手をしてくれている。ならば残るはプラームただ1人。坑道へと辿り着いた俺は、その入り口に佇んでいる男に気付く。その男も俺に気付き、不敵に笑いながら赤い剣を抜く。



「全滅のカザンが来るかと思っていたが、まさかあの時の老人とはな」

「……コウタ達の仇は討たせてもらうぜ」


 こいつが恐らくヴィクター達のリーダー格。どれほどのもんかは知らないが、こいつは絶対にぶっ殺す。

 対話などという選択肢は無い。俺は構えを取り、魔力を四肢へと集中させる。俺を見たプラームの剣から、炎が溢れ出す。



「クックック、この “紅蓮のプラーム” の相手を貴様がすると言うのか?」

「紅蓮だがなんだか知らんが、お前だけは絶対に許さん!!」


「ふっ、ならばかかってくるがいい。初めて貴様の顔を見た時から、何故か気に食わなかった」

「上等だ。俺もお前の顔には、何故か虫唾が走るぜ!!」



 俺は怒りのままにプラームの元へと駆け出す。呆れるような笑いを浮かべたプラームが、燃え盛る剣を構え、俺へと振り下ろす。

 剣から放たれた炎が俺の体を包み込む。



 俺は炎を意に介さず、真っ直ぐ突進する。ギョッとしたプラームが、今度は直接俺の身体に剣を斬り込んでくる。俺はその真っ赤に燃える刀身を素手で掴み取り、そして力任せに握り潰す。剣はヒビ割れ始め、バキンという音と共に崩れ去ってしまう。



「なッッ───」

「せいりゃあぁあッッ!!」


 プラームの顔面に、怒りに任せた蹴りを放つ。いわゆるヤクザキックだ。俺の蹴りを受けたプラームは、情けない声と鼻血を撒き散らしながら坑道へと吹っ飛んで行き、岩に叩きつけられた。


 

「が……がはッ…………ば、ばかにゃ……わらひの剣がッッ」

 

 鼻から大量に流れ出る血を抑えながら、信じられないと刀身の無くなった剣を見るプラーム。



「お前みたいな雑魚に、俺達はいいように使われてたのかよ」


 弱い、弱すぎる。カザンという化け物に2回も殺されかけて、俺はこの世界の強さの平均値が分からなくなっていた。だが、それも杞憂だった。カザンが異常だったのだ。


 俺はプラームにトドメを刺すべく、ぼきぼきと手を鳴らしながら歩を進める。



「く……くそッッ」

 

 鼻血を撒き散らしながらプラームが走り出し、坑道の中へと逃げ込んで行く。



「あ! 待てコラッ!!」


 俺はプラームの後を追おうするが、入り口で躊躇する。このまま後を追って中に入ったとして……迷子にならないだろうか?


 俺は、とあるゲームを思い出していた。そのゲームの坑道はまさしく迷路そのもの。目印でもなければ絶対に迷ってしまう。この坑道はそこまでの広さではないと思うが、迂闊に入るわけにはいかない。



(タツがいればあいつの位置が分かるんだが……っていうかタツは今どこにいるんだ!?)



 =タツは現在ツボと格闘中=



「おい、立ち尽くしてどうした?」

 

 突然声を掛けられドキリとする。俺の後ろには、いつの間にかカザンがいた。



「カザン! そっちは終わったのか!?」

「あぁ、レヴェナントもヴィクターもな。で、どうしたんだ?」


「プラームの野郎ッ、俺に恐れをなして坑道に逃げ込みやがった!」

「プラーム? 残りのヴィクターか。なぜ追いかけない?」


「……坑道ってのは入り組んでるもんだろ? 迷子になりそうでよ」

「迷子って見た目かよ。そいつが向かった先は恐らく “地獄炉” だろう」



 “地獄炉” ───ヴィクター達が坑道に設置したという謎の装置。……そういえばすっかり忘れてた。


 

「そ、そうだ! その装置を何とかしないとッ!」

「そうだな……ちょうどいい。地獄炉もろとも押し潰してやる」


 そう言って前に出るカザンを、俺は慌てて止めに入る。



「待て待て待て! 山ごと潰す気か!? この坑道はイズモ村の生活線なんだ! 潰されたらあいつらが困るだろ!?」

「だってどこに逃げ込んだかわからねぇんだろ? このまま潰した方が早いって」


「タツならあいつの居場所が分かる! タツを待つんだ!!」

「……で、タツのヤロウはどこにいるんだ? 飛べる割には遅くねぇか?」


 ……確かに。ダイコク達に人質の無事を知らせるだけならもう戻ってきてもいいはずだ。何してるんだタツ!?



 

 =タツは現在ツボと激闘中= <ウオオオオオォォ




 ゴゴゴという音と共に地面が揺れだす。坑道の中から生ぬるい風が吹き荒び、山からパラパラと小石が落ち始めていた。



「おいカザン! 待てって言ってるだろ!」

「俺じゃねぇよ。 ……何だ?」


 地響きと揺れがどんどんと大きくなってきている。妙な胸騒ぎがし、一歩後ろへ下がった時だった────



「シン! 離れろッ!!」


 

 カザンの叫びに、即座に俺は大きく後ろへ跳躍する。カザンもまた坑道から離れるように後退する。


 

 山に亀裂が入り、大きな音と共に巨大な何かが姿を現す。大木のように太い物体が山と坑道を崩しながらうねっている。しかもその物体は一本ではなかった。無数の物体が音と振動を伴いながら、徐々に姿をあらわにしていく。砂煙の中で、眼光と思しき光がこちらを見つめている。その数は10を超えている。



「な、何だ?」

「…………」


 

 俺とカザンは状況が掴めないまま、構えをとる。何かやばいものが出現した……それだけは確かだ。



 ────晴れていく砂煙から、出現したものの全容が見え始める。山のように巨大で、大木のように太い首が八つ。その八つの首の先には蛇のような頭がついており、牙を剥き出しにしながらこちらを見つめている。


 それはさながら、“八岐大蛇” のようだった。


 

「おいおい……何だよあれ」

「ヴィクターめ、まさか自分を贄にしたのか?」


「贄?」

「地獄炉は地獄へと根を進め、地獄の汚れた魂を呼び出すことができる。その魂を死体に憑依させればレヴェナントが出来上がる。だが奴は自分の肉体を贄とし、手当たり次第に魂を吸収している。このアマツクニは、他国と違って妖魔の類が多く存在するという……恐らく “アレ” もその一種なんだろう」


 

 八つ首の大蛇が、黒い瘴気を纏い始める。姿が見えなくなるほどの瘴気……だが、その大蛇の身体から何かがポロポロと落ちているのが見える。


 

「レヴェナントなぞ動く屍同然。俺達の障害にはならないが、中にはその狂気の魂を克服する者がいる」

「それがヴィクターなのか?」


「そうだ。狂気に満たされた魂は、普通の魂よりも大きな魔力を持っている。その狂気を克服したものは超常の力と肉体、そして魔力を手に入れることができる。猛毒を喰らうのと同様、凄まじい苦痛を味わうことになるがな」

「ってことは、アレは強靭なヴィクターの肉体で出来上がったスーパーレヴェナントってことか?」


 自分で言っといて何だが、スーパーレヴェナントは何かダサいな。


「まぁそういうことだ。あのように人間の姿と意識を失い、異形と化したレヴェナントを変異種と呼んでいる。しかし、アレほどの魔が浅層にいるとはな……さすがは神代を生きる国アマツクニだな」


 カザンが感心したように頷いている。



「感心してる場合かよ! アレはやばそうだぞ!!」

 

 タツのいない俺に、アレの相手ができるだろうか?


 

「まぁ落ち着け。よく見てみろ、あいつの肉体を」

「ん?」


 

 カザンに言われた通りに、大蛇を注意深く観察する。その場から動かない大蛇の身体は、ボロボロと崩れ落ちており、瘴気と共に霧散するように消えている。



「……どういうことだ? なんか死にそうじゃないか?」

「どうやら分不相応だったみたいだな。いくら強靭な肉体を持っていたとはいえ、神クラスの魔を宿すことはできなかったようだな」


 

 神クラスって……この大蛇は神様級の強さってことか。しかし失敗したようでホッと胸を撫で下ろす。


 

「ほっときゃこのまま消滅するだろう。大きな力を持つ魂ほど、更に強靭な肉体という器がなければ存在することはできない。勝手に地獄に引っ張られていくさ」

「そ、そうか。一安心だな」



 ズズッ────



 土煙をあげ、這いずる音を立てながら大蛇がこちらへと進んでくる。その速度はナメクジのようにゆっくりだ。……だが徐々に、力強く速度を上げているように見える。



「おいおい。動いてるぞ! っていうかこっち来てるぞ!」

「……動いてるな」


 カザンが “アレェ?“ といった雰囲気で俺の顔を見る。……なんかヤバくないか?



『キ…………』


「ん?」

「何だ?」


 大蛇から声のようなものが聞こえ、俺とカザンは再び大蛇へと目を向ける。



『キサ……マ……ニダケハ……』



「喋ってるぞ!」

「ヘッ、なかなか根性のあるヴィクターだったみたいだな」


 プラームのやつ、俺達を道連れにする気か? 根性無しかと思ったが、やる時はやる奴だったか!


 大蛇の動くスピードは遅い。しかしこの巨体が暴れ始めたら、村への被害が……いや、外にいるダイコク達にまで被害が及ぶかもしれない。現に大蛇の口からは、今にも火を吹きそうな程の熱気と力を感じる。この辺りが灰燼と化しそうだ。


 

「ちッ、やるしかないか!」

「待てシン、ここは俺に任せろ」


 光を纏い始めた俺の肩を叩き、カザンが前へと躍り出る。


 

「任せろってお前……」

「へッ、何心配してやがる。俺は全滅のカザン様だぜ」


 確かに。山をも消し飛ばすこいつには心配は無用か。


 

「お前は東門に行け。タツを迎えに行くんだな」

「……分かった。すまん、頼むぞ!」


 

 気は引けるが、ここはカザンに任せダイコク達の所に行くのが正解だろう。今の俺では、カザンの足手纏いになるかもしれない。俺はカザンを残し、東に向かって走り始める。



 背後から聞こえてくる地鳴りにも振り返らず、ひたすら走る。


 

 ────カザンに任せておけば大丈夫。出会って間もない男に、これほどの信頼を寄せていることに自分でも驚いている。縋りたくなる程の強者……強い人間ってのは、良くも悪くも人を惹き寄せるのだと思った。



 鉱山街を抜け、村を突っ切り、東門をくぐる。山道の先に多くの人間がいる。……カザン傭兵団だ。



「あら、おじいちゃん。生きてたのね」


 集団の先頭にいた色男が手を振りながら、走る俺を呼び止める。俺はその見え覚えのある男の前で足を止める。



「そっちもな。カシュー……だったよな? 色々と世話になったな」

「無事人質も解放できたようで何よりね。……ところで、この地鳴りとあの動いてる山みたいなのは何?」


 カシューが鉱山街を指差す。その頬には汗が伝っている。何となく察しているようだ。



「プラームってヴィクターが呼び出した化け物だ。今カザンが戦ってる、お前達も下がった方がいい」

「そ、そうね。なんかヤバそうだし……。あんた達! 村人達のいるとこまで引くわよ!!」


 カシューの声に、撤退の合図の笛が鳴り響き、傭兵達が撤退を開始する。



「あ、カシュー! ちょい待ち!!」

「どうしたの?」


「こんくらいの子供を見なかったか? 金髪で翼が生えてて火を吹く」

「そんな子供いるわけ……って言いたいところだけど、さっき見たわよ。あたし達の間に入って戦いを止めてたわ」


「ちゃんと来てたか! で、どこにいる?」

「その後すぐにあっちに飛んでいったわよ」


 カシューが再び鉱山街を指差す。


 何いぃぃぃぃ!? 既に戻っていたというのか……ならタツは今どこにいるんだ?



「そうか! すまん、ありがとう!」

「え、ちょ……ちょっと!!」


 カシューに礼を言い、俺は再び鉱山街に向けて走りだす。

 もしかしてタツの身に何かあったんじゃ……俺は頭によぎる嫌な考えに、ブンブンと首を振る。


 

「タツーーーーーーーッッ!!!!」


 

 俺は村中に響くように大きく叫んだ。



 


 <オアァァァァァァァァ

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