第25話 教団の執行者

 村の南門、そこより少し進んだ先で500に満たないレヴェナント、そしてヴィクターであるセコーモが待ち構えるのは────



 地を揺らし、砂煙を上げながら突進してくる巨牛ダイン、その上には天を穿つ2本の銀角を生やした赤鬼。セコーモ達の前に姿を現したその鬼神に、セコーモも、人形に過ぎないレヴェナント達も後ずさる。



「へッ、無敵のヴィクター様ともあろうものが、とんだ逃げ腰じゃねぇか」

「くッ……き、貴様が全滅のカザンか!?」


「おうよ。俺がそのカザン様だ」

「ライヴィアは戦争中のはずだろう!? なぜ貴様がここにいるんだッ!!?」


「テメェらも運がねぇな。よりによって、この俺が来ている時に攻め込んできたんだからな」

「お、俺に手を出してみろ! こちらには女・子供がいるんだぞ!!」


「人を見てものは言うんだな。この俺に人質が通用すると思ってんのか? ……とはいえよぉ、女・子供人質にするような外道、生かしておく理由はねぇよな」

 

 そう言って、カザンは巨大な戦斧を見せつけるように構え直す。陽炎を放つその威圧感に、セコーモが冷や汗を流す。だが、まるで強がるかのように口端を歪ませる。



「外道……外道だと? ふ……ふくくくッ、聞いてるぞお前の噂は! 自分の仲間を殺したそうだな!?」

「…………」


「自分の目的の為には仲間すら殺す……貴様こそ真の外道ではないか!!」

 

セコーモの指摘にカザンは黙ったままだ。セコーモは恐怖に震えながらも、カザンのその様子に勝ち誇ったような笑いを浮かべている。


 

「────テメェらのせいだよ」

「な、なにッ?」


「影で1人こそこそやってりゃいいものを…………わざわざ日の下で生きる善良な奴等に悪さをしやがる。いい機会だ、教えといてやる。俺の目的はなぁ、勝利者ヴィクターなどと勘違いしたテメェら外道共を、1匹残らずぶち殺すことだ」

「くッッ、ならば貴様から死ぬがいい!」


 セコーモの身体から、無数の虫が解き放たれる。キチキチと顎を鳴らし、耳を塞ぎたくなるような羽音が周囲を満たす。



「聞こえなかったのか? 外道は1匹も生かしておかん。ただし、は俺が決める」

「この狂人がぁぁ!!」


 セコーモの虫が、カザンへと襲いかかる。それを皮切りに、レヴェナントが突撃を開始する。


 

「ヘッ、馬鹿が────」

 

 カザンの持つレガリアに嵌め込まれた “怒涛核” が激しく輝きだし、景色を赤く染め上げる。



「ぎッッ…………ぁ……ぁぁ」

 

 セコーモが悲鳴をあげる。いや、もはや声にすらなっていない。カザンの作り出した焦熱地獄により、喉を焼かれ、一瞬にして全身が発火する。虫も、レヴェナントも、全てが発火し……灰となっていく。


 カザンはただレガリアを起動しただけ。それだけでこの戦いの決着はついてしまった。怒涛核の輝きが収まると、赤く揺らめいていた世界は元に戻り、急激な温度差の影響か強風が吹き荒れている。


 

「……ッ………………」

 

 その場に倒れ込むセコーモ。だがまだ死んではいない。残った魔力で傷を癒し、何とか生き延びようとしている。

 ダインから下りたカザンが、瀕死のセコーモに近付いてくる。そして、レガリアで固められた巨大な足でセコーモの顔面を踏みつける。


 

「ヒ…………た……すけ……て」

 

 掠れた声で、セコーモが命乞いをする。その姿に、カザンはやれやれと首を振る。



「何回言わせる気だ? 外道は生かしておかんと言ったはずだぜ」

「た……たのむ……何でもするからッッ」

 

 徐々に声を取り戻しつつあるセコーモの顔を、カザンが更に強い力で踏みつける。



「死にたくなかったら俺の質問に答えるんだな」

「わ、分かった! 何でも答えるッ……答えるから!!」


 観念したように言うセコーモの言葉を聞き、カザンが足の力を緩める。


 

「いいだろう。お前はどっち側だ?」

「ど、どっち……??」


「“ライザール” なのか “セルミア教” なのかって聞いてるんだよ」

 

 再びカザンが足に力を込める。ミシミシとセコーモの顔が変形していく。



「ひいいいぃぃッッ! セルミア! セルミア教だ!!」

「セルミア教か……アマツクニに来た目的は?」


「こ、この国には かつて、 “星の管理者“ …… “星の守護者” とも言われる存在が逃げ込んだ可能性があるッ。逃げ場所には多くの候補が挙がっているが、その一つである山が爆発したと斥候から情報が入ったのだ! その真偽を確かめるために我々は来たんだ!!」

「それだけか?」


「も、目的はもう一つあるッ! この国の守護神である、始まりの12柱の神 “メルキオール” を確保することだ!この2つを手に入れるために、我々はこの村を拠点にしようとしていたんだ!!」

「…………」


 セコーモの言葉を聞き、カザンは考え込む。



 【セルミア教】とは、慈愛の女神セルミアを信仰する世界に支部を持つ教団である。現在戦時下にあるライヴィア王国発祥の宗教であり、ライヴィア王国の国教でもある。


 そしてセコーモが発した【メルキオール】という名前。この世界、エデンスフィアにおいて大国を守護する神々────始まりの12柱の神と呼ばれる存在の名前だった。



「よし、じゃあ最後だ。“ディセント計画” について話してもらおうか」

「そ、それは……教団の上層部の者しか知らないッ。 俺が知っているのは “女神セルミア” 降臨の為の器を作り上げることってだけだ!」


「その器ってのは?」

「……4人の娘が候補者として選ばれたということしか。その娘達は全員、女神の “聖骸” を宿していると聞いたが……」


「女達の居場所は?」

「わ、分からない。娘達はみなどこかの戦いに参戦させられているらしい……。だがこの娘達はディセント計画の要、上層部なら居場所を把握しているはずだ!」


 ここで再びカザンは考え込む。そしてセコーモの顔から足をどかし、首を掴み自身の顔の近くへと引き寄せる。



「たッ、助けて!!」

「安心しな。俺はこう見えて人間なんでな。ただし……テメェにはもう一働きしてもらうぜ」


「も、もう一働き?」

「テメェにはセルミア教の動きを逐一俺に報告してもらう。……スパイってやつだな」


 

「な、何だと!? このまま教団に帰れば……俺は必ず粛清されてしまうッ!」

「まぁそうなるだろうな。だからテメェには、ある情報を持って帰ってもらう」


「情報?」

「テメェらが血眼で探してた “星の守護者“ ……そして “メルキオール” 。このどちらも、今は “パラディオン” にある」


 このカザンの言葉に、セコーモが濁った目を大きく開き、口をパクパクとさせる。狼狽するセコーモを無視し、カザンが言葉を続ける。



「テメェらは見当違いの場所を探してたってわけだ。この情報を持って帰れば殺されることはないだろう」

「……その情報が本当ならば、確かに大手柄になる。だが、その情報を話してもいいのか? もし話せば……」


「今度はパラディオンが標的になるだろう。だが、その方が俺には都合がいいのさ。敵が一箇所に集まってくれるなら、殺りやすいってもんだ」

 

 カザンの目がギラリと光る。その不敵な言葉に、セコーモがぶるりと身体を震わせる。



「分かった……今の情報を報告しよう」

「まあ慌てるな、最後にやっておかなきゃならんことがある」

 

 カザンの手から逃れようとするセコーモを、カザンが更に引き寄せる。



「や、やること?」

「あぁ、テメェには……俺の “使い魔ユニオン“ になってもらうぜ」


「ユニオンだと!? 何を言っているッ、ユニオンとは魂に色を持たぬ動物等の精霊と交わす魂の契約……それに俺はA・Sオールシフターではないぞ!!」

「だろうな。のテメェにはきついだろうが……まぁ、死なないように頑張るんだな」


 カザンの手に、赤黒い闇が集まっていく。そしてその闇をセコーモの口へと近づけていく。



「なッ……ま、待ってくれ!!!!」

「一度は乗り越えたんだろう? 精神力の見せ所だぜヴィクター様」


 セコーモの制止の声を無視し、カザンの手から溢れ出た闇がセコーモの口へと流れ入る。



 ヴィクターとは、他者の魂・または地獄に存在する “妖魔“ を取り込むことで起きる拒絶反応を克服した者たち。克服できなかった者たちは、みなレヴェナントや変異種へと成り果てる。

 

 だが、ヴィクターにも変化はあった。強大な力を得る代わりに、魂が黒く染まることで起きる記憶障害、性格の変貌、妖魔を宿すことで起きる外見の変質。


 故に、カザンはヴィクターを見下している。他者の魂を喰らいながらも、襲いくる苦痛を乗り越え、闇を纏いながらも変質することない魂を保ち続ける────カザンこそが、真の克服者だった。


 そんなカザンの魔力を流し込まれる。それは、灼熱の猛毒を体内に流し込まれるも同義であった。


 

 目を見開き、端からは涙を垂れ流し、ビクビクと身体は痙攣し始め、口からは声にならない呻き声を漏らしている。

 セコーモの身体に、赤黒い血管のようなものが浮かび上がっている。ドクドクと脈打つそのリズムに合わせ、セコーモの心臓付近が赤黒く輝き出す。


 涙は血涙へと変わり、口からは血の泡が吹き出ている。

 


「ふッッ……ふぐッ……ぐうううぅぅぅッッ」



 どれほどの時間苦しんだだろうか……胸の輝きは鳴りをひそめ、醜く浮かび上がっていた血管も消えていた。カザンの手から解放されたセコーモは息も絶え絶えに倒れ込む。



「はッ……はぁ……はぁ」

「流石はヴィクター様だな。これでテメェは俺の使い魔となったわけだ。俺の魔力が切れない限り、会話をすることもできる」


 カザンがしゃがみ込み、倒れ込んだセコーモに耳打ちするように話しかける。



「そして、今後テメェの命は俺次第ってわけだ。言っとくが俺に不利な動きをしたら……分かるな?」

「わ……分かった……」


「いいだろう。セルミア教に動きがあれば、すぐに俺に知らせるんだ」

「…………」


 セコーモは黙ったままコクリと頷き、足元から現れた闇に飲み込まれるように消えていった。





 誰もいなくなった場所に、1人立ち尽くすカザン。戦いは終わった。だが、まるで何かを探るかのように微動だにしない────



「────ッッ!? 」



 慌てたように上空を見上げるカザン。そこには瘴気の雲が変わらず天を覆っていた。

 いや、一つだけ違っていた。瘴気の雲に、まるで何かが突き抜けたような穴が空いている。そして闇の中では一際目立つ、翠色の光を纏った何かが飛来していた。



「ちぃッッ────」



 カザンが戦斧を構える。それに呼応するかのように、その翠星は速度を増し、カザン目掛けて突っ込んでくる────


 戦斧と翠星が激突する。けたたましい衝突音と共に、衝撃波が周囲を破壊し尽くす。木で組み上げられた強固な柵は薙ぎ倒され、カザンを中心として、円を描くように翠色の炎が燃え盛っている。


 カザンの戦斧の先には、既に何もいない。だが、カザンの視線の先には翠色の炎によって幻想的に照らされた、黒い物体が宙に浮いていた。


 黒い物体の中心が割れ始める。いや──割れているのではなく、開いている。巨大な羽がゆっくりと開いていき、中からはヴェールで顔を隠した、漆黒の鎧を纏った何者かが姿を表した。


 何より異様なのは、その人物が何もない空中で逆さまに静止していることだった。鉤爪のついた足で虚空を掴み、さながらコウモリのようにぶら下がっている。そして、ゆっくりとその人物がヴェールを捲っていく。




 

「はぁい、久しぶりカザンちゃん! ルジーラお姉さんだよ」



 ヴェールの下から現れたのは、褐色の美少女だった。血のような赤い目を煌めかせ、笑いを浮かべるその口からは、2本の牙が見え隠れしている。黒とベージュの織り交ざった三つ編みが、少女の動きに合わせてブラブラと揺れている。幼さを感じさせる顔と言動とは裏腹に、鎧を纏ったその身体からは妖艶な魅力を放っていた。



「久しぶりだな、コウモリ女。いきなり奇襲とはやってくれるじゃねぇか」

「奇襲? カザンちゃん気付いてくれたんだし、奇襲にはならないでしょ? それにね────」



 ルジーラが破壊された周囲を見回す。



「この程度、ウチらにとっては挨拶みたいなものでしょ?」

「へッ」


 ルジーラの不敵な笑みに釣られ、カザンも笑いを漏らす。



「本当に久しぶりだねカザンちゃん! ライヴィアでめっきり見かけなくなったから……お姉さん寂しかったんだゾ?」

「なんでここにいるんだ? セルミア教の “3人の執行者トリニティ“ であるテメェがよぉ。大神おおみかみの抹殺指令でも出たのか?」


「なんでって、確認だよ? アマツクニ侵攻から今日で3日目、上手くやれてるかどうかをね。それでね、上空で声を聞いてたら愛しい人の声が聞こえたものだから、つい抱き付きに来ちゃった」


 まるで鎌のように伸びた翼爪をガシャガシャと動かし、獣を思わせる耳をピクピクと動かすルジーラ。


 

(まずいな……こいつの耳の良さは尋常じゃない。セコーモとの会話を聞かれたか?【死の翠星ルジーラ】────セルミア教の暗部…… “執行者“ と呼ばれるシスター達の中で最強の女。シン達の元へ行かすわけにはいかない。俺がここで相手をするしか──)


 カザンが戦斧を持つ手に力を入れる。そんなカザンの心情を見透かしたかのように、ルジーラが怪しく微笑む。



「んふふ、安心してカザンちゃん。ウチが受けた仕事は、地獄炉設置の成否の確認だけ。ま、君がいるから失敗ってことでいいよね? それ以外のことを報告するつもりはないよ」

「ってことは、やっぱり聞いてやがったのか」



「あんな小虫に頼らなくても、ウチに聞いてくれたら何でも教えてあげるのに……お姉さん悲しいな」

「コウモリ女の言う事を信じろと?」


「ひどぉい! 同類のカザンちゃんにそんな風に思われてるなんて……お姉さん傷ついちゃうな」

「同類だぁ? 俺とお前が?」


 カザンの呆れた声に、ルジーラが口を大きく歪ませる。



「────そうだよ。 ウチらは似たもの同士。組織に身を置いてはいるけど、本当はそんなものどうでもいい。戦いが好きで好きで堪らなくて、常に戦う相手を求めてる」

「…………俺は組織を重んじている」


「表向きはね。でも本心は違う。本当はたった1人で……誰にも邪魔されず戦いたいんだよね? 現に今も、1人で戦ってたじゃない」

「俺の力は仲間を巻き込む。だから1人で────」


「いいのいいの、みなまで言うな。お姉さんには分かってるから。力に耐えられない多くの仲間より、対等に渡り合える好敵手を。知らず知らずのうちに、そういう選択をしてるんだよ」

「…………」


 ルジーラがケモ耳に手をあて、ビクビクと大袈裟に動かし始める。


 

「現にほら、聞こえる聞こえる。カザンちゃんの鼓動が高鳴ってるのが。好敵手に会えて嬉しい嬉しいって……お姉さん嬉しいな」

「気持ち悪りぃ妄想をベラベラと……いい加減黙らせてやろうか?」


「んふふ、ウチと戦いたくて仕方がないんだね? やっぱりウチらは似たもの同士だよ。お姉さんもカザンちゃんと戦いたくてうずうずしてるよ 」


 褐色の肌を紅潮させ、自身の指を体に這わす。鎮火しつつあった翠色の炎が再び燃え上がり、ルジーラ自身の身体からも翠炎が発生する。その光景を見て、再びカザンが戦闘体制に移行する。



「────でも、今日はダメ。言ったでしょ? 誰にも邪魔されたくないって」

「…………何ぃ?」


「近くにシロガネ族が潜んでる。彼女達……いつカザンちゃんに加勢するか相談してるみたい。恋人同士の逢瀬に乱入しようなんて、無粋もいいとこだよね?」

「誰が恋人だ、誰が」


「誰にも邪魔されない場所。周りを気にすることなく2人っきりで────その時が来たら、全力でヤりあいましょ」

「…………」



 ルジーラが巨大な翼を広げ、反転して空へ飛び立つ。



「じゃあねカザンちゃん。また逢う日まで、死んじゃダメだよ? お姉さんとの約束だゾ」

「チッ……おあずけかよ」

 

「────んふふ、"ゲヘナ" で逢いましょ」


 カザンのぼやきに、投げキッスを返してルジーラが飛び去る。彗星の如き軌跡を残しながら、翠の光が遠ざかっていく。瞬く間に光は点となり、瘴気の雲を突き抜け消えてしまった。


 

「さて……」

  

 カザンが再びダインを召喚し、村へと……鉱山街へと駆けていく。


 残すヴィクターは後1人。それと対峙する、シンの元へと急ぐカザンであった。

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