第24話 決着

 クレータの中心では、レガリアを振り下ろしたまま動かないカザンの姿が。ひび割れた鎧は既に修復が始まっており、パキパキと音を立てながら傷が塞がっていく。振り下ろした斧を肩に担ぎ直し、やっとカザンが動き出す。



「ふー、死ぬかと思ったぜ」

「「こっちのセリフだ!!!!」」


 

 無数に空けられた穴から、老人と子供が目を吊り上げながら飛び出してきた。



─────────────────────


 

「へッ、文句言うな。俺だって痛いんだ」

「マジで死ぬかと思った……もう少し優しくできないのかよ」


「これでも手加減したんだぜ。俺が死なないようにな」

「手加減って……これでもかよ」

 

 シンが辺りを見回す。草木も灰も全てが吹き飛んでいる。ひび割れた地面はあちこちがガラスのようになっており、まるで別世界に来たかのようだった。



「俺だって腹に風穴開けられたんだ」

「その前に俺は殺されかけてるぞ、それ位許せ」

「ま、まぁまぁ。見張りもいなくなったみたいだし」

 

 僕は空中に目をやる。熱に巻き込まれないように、距離をとっていたセコーモの虫2匹は、さっきのカザンの攻撃に巻き込まれて消し飛んだようだ。



「ところで、その……カザン、さん? 何で僕達を助けてくれたの?」

「言っとくが俺は殺す気で戦っていた。だがその攻撃をお前達が凌いだ、それだけの事だ」


 カザンさんは素っ気無く言い放つ……でも、逃げ場所を用意してくれたり、見張りの虫を巻き込んでくれたりしたのは事実だ。


 僕はさっきまでの戦いを思い出す────



 ────僕は必死にシンにしがみつき、魔力を供給していた。もっと多く、もっと強く。際限なく僕の魔力を吸収するシンに、僕は何とも言えない一体感を感じていた。

 もっと深く……そう思った時だった。僕の意識は途切れ、僕の身体ごとシンの中へと流れ込んでいく。気づけば僕は、鎧となってシンの身体を包み込んでいた。


 何の違和感も無かった。まるでこれが、本来の形であるかのように。


 カザンさんとの戦いの中、斧と鎧が合わさるたびに……僕の中にカザンさんの魂の情報、記憶が流れ込んできた。

 その映像を見た僕は確信した。この人は信用できる人だ、と。もしかするとカザンさんも同じように僕達の記憶を垣間見て、考えを変えたのかもしれない。



 僕はふとシンの顔を見る。その顔は青ざめており、何かを考えているようだ。


 

「シン? 大丈夫??」

「え……あ、あぁ。悪い、少し疲れただけ……だ」


 まぁあんな戦いの後じゃ仕方ないことかもしれない。いっちょ気合い注入しとく?



 シンが顔をブンブンと振り、僕達に話し始める。


 

「セコーモの野郎が見た最後の光景がこれなら……俺たちは死んだと思われているはずだ」

 

 シンが地面を指差す。自分の使い魔を巻き込むほどの爆発……僕達が生きているなんて思わないはずだ。



「そうだね、今が動くチャンスだね!」

 

 僕は周囲を見渡す。僕達が戦っている間に、戦況に変化が起きているようだ。



「東山道の戦いは終わったみたいだよ。ヴィクターの2人はやられたみたい。レヴェナントも傭兵団の人達に全滅させられそうだよ」

「………………」

 

 シンが何かを考え込んでいる。



「セコーモは虫を全部引っ込めたみたい。残ったレヴェナントを集めて南の入り口に向かってるよ。坑道には地獄炉……入り口にはプラームがいるね。人質は変わらず牢屋にいるけど、今なら誰もいないよ!」

「ほー、相手の位置が分かるのか? そりゃ便利だ」

 

 カザンさんが感心したように言う。ふふ、もっと褒めてもいいんだよ?



「よし、タツ。お前は今すぐダイコク達の元へ行くんだ」

「え?」

 

 耳を疑った。てっきりこのまま一緒に行くものかと思っていた。



「人質は必ず俺が解放する。だからこの事をダイコク達に伝えるんだ。あいつらが傭兵達と戦う必要はもうない。解放したら東門に向かわせる、そこで合流するよう伝えて欲しい」

 

 シンの言葉を聞いたカザンさんが笑いを漏らし、光と共に現れたダインに跨る。



「俺はこのまま南から突っ込む。せいぜい暴れてやるから人質は頼んだぞ」

「……頼むから村を吹っ飛ばさないでくれよ?」


「おいおい、誰にもの言ってんだ? 俺は “全滅のカザン” 様だぜ」

「だから心配なんだよ! カイやモンゾーだって──」

「あ、その2人なら生きてるよ」


 はぁ? とシンが僕へと視線を向ける。



「え、えと……っていうか傭兵団の人達と一緒に行動してるよ」

「た、タツ!! 何で早く言わないんだ!?」

「えぇ……だってシンも2人のこと特に話題に出さなかったし……」


「へッ、まぁそういうこった。俺たちに同行してたアマツクニの巫女がA・Sオールシフターでな。瀕死の人間2人までなら治せるっていうから、殺したふりして持って帰ったのさ。だから余分にお前をやっちまった時は焦ったぜ」

「それじゃあ、その2人から僕達の状況は聞いてたんだね?」


「まぁな。このまま逃げることはできない、って言うから鎧を着せてあいつらと行動させてんのさ」

「……そうか、生きてたのか」

 

 シンが安心したようにつぶやく。



「さぁ、お喋りしてる暇はねぇぞ。俺はもう行く。お前達も抜かるなよ」

「カザン、その……色々とすまん。俺はシン、こっちがタツだ」


「……知ってるよ。じゃあなシン、タツ。また後でな」

 

 そう言ってカザンさんは、ダインと共に地響きを立てながら走り去っていった。



「俺も行く。タツ……頼んだぞ」

「うんッ」



 シンがカザンさんの後を猛スピードで追いかけていく。僕は跳躍し、翼をはためかせ東へと飛んでいく。


 山を越え、僕はダイコクさん達の上空へとすぐに到着した。既にレヴェナントはいなくなり、ダイコクさん達村人衆が、傭兵団と向かい合っている。


 僕は声を出すより先に、滑空しながら両者の間に思いっきり火を吹き込んだ。



「あちちちちちッッ!!」

「ひッ、火ぃ!?」

 

 両者の動きはとまり、全員の視線が空にいる僕に集まる。



「終わり! 終わりだよ!! 人質はもう大丈夫だから!!」

 

 僕の叫びに、ダイコクさん達は目を白黒させている。


「た、タツ? って飛んでる!?」

「細かいことはあと! シンが人質を解放してるから東門で合流してみんなで逃げて!!」

 

 その言葉通り、シンは既に人質を解放している。行動が早い!

 予定通りみんなが東門へと向かってきている。でもその中にシンの姿はない。1人で坑道に向かっているようだ。



「早く! 今はカザンさんが敵を引きつけてくれてる、今のうちにみんな村から離れるんだ!!」

「わ、分かった!!」

 

 そう言ってダイコクさん達は村へと引き返していく。その後を傭兵団の人達がついて行き、入り口近くで二つに分かれ道を開けている。どうやら村人達の殿をしてくれるようだ。

 少し離れた山中には、虹色の魂を含めた強い光が5つ……恐らくシロガネ族が、事の成り行きを見守っているみたい。


 南門ではカザンさんがセコーモと、坑道ではシンがプラームと対峙している。


 僕は急いでシンの元へと飛び立つ。でも、鉱山街にもう一つ問題があることを思い出した。



「あの雲……あれを何とかしないと!」

 

 僕はシンを信じて方向を変える。展望台へと着地した僕は、ドロドロと絶え間なく瘴気を吹き上げる、巨大なツボのような装置の元へと駆け寄る。



「え、えーと……どうしよう」

 

 来てはみたものの、どうすればいいか分からない。見た感じスイッチのようなものはなく、止め方が分からない。そのツボの中心には怪しげな宝石が輝いており、その宝石から血管のようなものが伸びてツボ全体を覆っている。



「これを壊せば止まるかな?」

 

 そう思い立ち、拳に力を込める。


 ……少し躊躇する。爆発とかしたらどうしよう……いや、迷ってる暇はないッ!岩をも砕く僕の拳を味わってみるがいいッ!


 僕は力を込めた拳を、その宝石へと叩き込む。



「あだああぁぁぁ!!」

 

 その宝石はびくともせず、傷ひとつない。反対に僕の拳は、真っ赤に腫れ上がってしまった。



「こ、こいつ……僕の魔力をッ」

 

 そう……拳が触れた瞬間、その宝石に僕の魔力が一気に吸い取られてしまった。心なしか、より元気に瘴気を立ち上らせている気がする。



「く、くそぅ……そっちがその気なら!」

 

 僕は両手を宝石にあてがう。その瞬間宝石が僕の魔力を吸い上げる。


 僕は負けじとそのツボから魔力を吸い上げようとする。与えることができるんだ、吸うことだってできるはず! 僕は一気にツボから魔力を吸い上げる。


 ツボから流れ込んでくる魔力は、正直気持ちのいいものでは無かった。でも、その闇に満ちた魔力が、僕の中で光ある魔力へと変換されていくのが分かる。


 ツボから発生する瘴気が徐々に減ってきている。でも、停止するには至らない。遠くからは戦闘の音が聞こえてくる。


 

 焦る僕とツボの、吸って吸われての長い戦いが始まった。

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