第22.5話 東山道の攻防戦 【後編】
「ぐぐッ……何なんだこいつらはぁ!?」
苛立ちを隠しきれずグリジャスが叫ぶ。その姿からは最初の様な余裕は感じられない。
「くそっ!! 泥の生成が間に合わんッ」
グリジャスの予想を超えるシロガネ族の猛攻に、どんどん前線が押し込まれている。
「このままではッ……バジクッ! バジクは何をしている!!?」
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「シロハナァ! もっと左だ左ぃ!!」
「ふええぇ、ユヅキさんッ! もっと優しく言って下さいぃぃ!!」
ユヅキに怒られながらシロハナが矢を放ちまくる。大きく息を吸い込んだシロハナが弦に手を当てると、次々に光の矢が番えられる。その連続攻撃にバジクは砲撃どころではなく、ただ逃げているだけだった。
「くそッ……奴ら近接特化かと思っていたが、まさかこんな遠距離までッッ」
「ちッ……どけシロハナァ!! 私が殺る!!」
痺れを切らしたユヅキがシロハナの前に躍り出る。ユヅキの手に、光り輝く大筒が顕現する。
「ゆ、ユヅキさんッ!? 私の援護は!?」
「死ねえぇぇッッ!!」
ユヅキの大筒から、ドンッ!という重低音が鳴り響く。まるで満月の様な玉が、バジクが身を隠す森へと着弾し、閃光と爆音が山に広がる。
凄まじい大爆発を起こしたユヅキの砲撃だが、バジクは辛うじて躱していたようで、再び森の中を駆け回る。
「やろうッ……まだ生きてやがる!!」
今度は2発・3発と立て続けに特大の光弾が発射される。その光弾が着弾する毎に、山の形状が変わっていく。
「ゆ、ユヅキさんッ! 森が……山が〜ッ!!」
「うるせぇ! ギンレイが "全てを犠牲にしても敵はぶっ殺せ" って言ってただろうが!? お前も撃ちまくれ!!」
「ふええぇぇ……拡大解釈し過ぎですぅ〜!」
ユヅキの砲撃に加わり、シロハナの流星の様な矢が乱れ飛ぶ。
「こ、こいつらッ……無茶苦茶しやがる!!」
自身の持つ迫撃砲は溜めに時間を要する。最早バジクには、逃げ回るしか手が残されていなかった。。
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「ひゅ〜、派手にやってるわね」
カザン傭兵団1番隊隊長カシューが茂みから顔を覗かせる。
「おいおいおい、巻き込まれないか?」
3番隊隊長ペロンドが心配そうに眉をひそめる。色黒の肌にドレッドヘアー、鍛え上げられた逞しい腕を組み、頭を悩ませている。
「頑張って避けなさい。……何にせよこの泥ね。こいつはあたしが片付けるから、あんたは森の中のヴィクターを頼んだわよ、ペロンド」
「あそこに突っ込んで行くのか……イヤだなぁ。砲撃の嵐じゃん」
「ボヤかないの。そろそろカザンが動くはず……そしたらあたし達も動くわよ」
「あいよ」
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山間部に、砲撃の爆音が響き渡る────その時だった。
その爆音を全て飲み込むような桁外れの轟音が、衝撃と共にその場にいた全員の身体を叩く。
「ひええええ!! ユヅキさんやり過ぎですーッ!!」
「ば、バカッ! 私じゃねぇよ!! 何が起きた!?」
突然の轟音に、シロハナが泣きながらユヅキを責める。普段物怖じしないユヅキも、突然の轟音に困惑している。
「なななッッ……なにナニ何!?」
「……み、耳が」
レイナとミズホは、耳に指を突っ込みながら硬直している。
「あれは……」
ギンレイが見たのは、大爆発を起こし、灰暗色の煙を立ち昇らせる山の姿だった。
(噴火? いえ、そんなはずは。そもそもあの山は火ざ──)
火山ではない。……そう言いかけて、ある人物が思い当たる。
「……カザン将軍」
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「ぐうぅ……身構えてたのに、心臓が止まりそうだぜッ」
「耳いったぁッッ…………さあ行くわよ!」
カシューの号令で、耳を抑え、頭を振りながら傭兵団が動き出す。傭兵達はレヴェナント達の方へと向かって行き、カシューとペロンドだけがその場に留まる。
「気持ち悪いけど仕方ないか」
カシューが目の前に広がる泥に向かってボヤく。カシューの右手には、盾の様な円盤がいつの間にか身につけられていた。
「相手が悪かったわね」
「そうだな。広範囲に渡る魔力の泥……いい解析材料じゃん」
そう言ってその円盤を泥の中へと突っ込むカシュー。
「はいしゅーりょー」
泥から引き上げられた円盤は、その先端が光り輝いていた。
「もういいのか?」
「えぇ、始めるわよ」
「よし、じゃあ俺も準備するかな」
柔軟体操を始めたペロンドの四肢には、光る手甲が装着されている。そしてその口には狼の如き牙が怪しく輝いていた。
「フェイバーアロー!!」
カシューの持つ円盤から、光の矢が放たれた────
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「くそッ……俺も位置を変えた方がいいかッ」
シロガネ族は徐々に泥を蹴散らしながらこちらへ向かってきている。グリジャスの頼みの綱である太陽石も、既に8割が輝きを失っている。
「このルミタイト、見た目より魔力量が少ないのか!? それにさっきの爆発音……一体なに、がッッ」
突如胸に鋭い痛みが走る。視線を下すと、自身の胸から光の矢が突き抜けていた。
「な……なん……だ」
後ろを振り返ったグリジャスは驚愕する。胸を貫いた光の矢が、木々を避けながら自分に向かってきているのだ。しかも、その数は1本では無い。何十本という矢がこちらに向かってきている。
「ぐッッ……がッ!!……げッッ!!」
一瞬の内にグリジャスはハリネズミの様な姿へと変わり果てた。
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「仕留めたわよ」
「お、ホントだ」
その言葉通り、辺り一面を覆っていた泥がみるみる消滅していく。山道が姿を現し、森の中にまで至っていた泥の海は、見る影も無くなっている。
「じゃ、行ってくるわ」
「はーい、気をつけてね〜」
ペロンドが走り出す。ただ、その走り方は人間のものではなく、四足獣そのものだった。その速度は凄まじく瞬く間に森の中へと消えていく。
(……巻き込まれないよう速攻で終わらすか、俺の【ラビッドドッグ】でな)
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「な、なにッ!? 泥がッ!!」
眼下に広がっていた泥が消滅していくのに、バジクが気付き、驚愕の声を上げる。
「グリジャスめ……まさか殺られたのか!?」
バジクがほんの一瞬動きを止めた──その時だった。
背後からペロンドがバジクの首元へ飛び掛かる。ペロンドの口から生えた、人のモノとは思えない牙が、バジクの首元へ深々と刺さる。
「があああぁぁッッ!!」
手に持った迫撃砲を振り回し、ペロンドを引き剥がそうとする。だがペロンドは、その攻撃を難なく躱し、優雅に着地する。
「な……なんだ貴様はッ!?」
「悪いが話してる暇はないんでな。……ほら来たぜ、早く逃げないとな!!」
そう言ってペロンドは再び森の中へと高速で姿を消した。
「ま、待てきさ……ま……ぐッ――」
ペロンドを追いかけようとするバジク……だが全身が痺れ、痙攣し始める。身体が思うように動かず、バジクはその場で仰向けに倒れ込んでしまった。
天に向いた視界、その先には満月を思わせる光がバジクの元に落ちてきていた────
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何度目になるか分からない爆音。遂にユヅキの光弾がバジクを捉えた。
「っしゃあッッ!当たったぞシロハナァ!!」
「ユヅキさんすごいですー。……でも今もう1人いませんでした?」
「いたな。敵じゃ無さそうだが、さっさと離脱したようだし、まぁ無事だろ」
「ふええぇ……全然悪びれてません〜」
「終わったようですね」
ギンレイ達が2人の元へやってくる。
「そっちもな。それよりさっきの爆発は何だ? 噴火したって訳でもないだろう?」
「あれは……恐らくカザン将軍の “レガリア” によるものです」
「レガリア? あぁ “神器” のことか。カザンって奴の神器はそんなにヤバいのか?」
ギンレイがユヅキの質問に静かに首を振る。
「私も詳しくは……。カザン将軍の勇名は私も聞き及んでいましたが、まさかこれ程とは」
「すごいですよね! 私まだ耳がキーンってなってますもん!」
「……顔を見てみたい」
「そうですねー、みんなで見に行ってみますかー?」
「お、そうだな。どんなツラか拝みに行こうぜ」
戦闘民族であるシロガネ族。強い男に興味津々の4人の提案を、ギンレイが慌てた様子で止めに入る。
「な、何を言っているのです! カザンくんの邪魔になるかもしれないでしょう!?」
「……
「え、あ、いえ……カザン将軍の能力は広範囲に破壊をもたらすようです。巻き込まれない為にも、近くに寄るべきではありません。……ご覧なさい。傭兵団の方達も距離を取ってこちらに来ているではないですか」
ギンレイが指し示した先では、傭兵団とレヴェナントが戦闘を繰り広げていた。
「じゃあどうする? 私達もあそこに突っ込むか?」
「混み合ってますしー、ユヅキさんは行かないほうがいいんじゃないですかー?」
<テメェ ドーユーイミダ シロハナァ
<フエェ ボウリョク ハンタイデスゥゥ
「シロハナの言う通りです。私達は山中に身を隠し、様子を見ます」
「いいんですか? まだヴィクターがいるかもしれないですよ?」
「……泥も無くなったし、迂回して村に侵入できる」
「構いません。カザン将軍がどう動くのか……傭兵団の方達の動きを見極めてから、私達も動くとしましょう」
────東山道での攻防戦。ヴィクター2人は討ち取られ、シロガネ族とカザン傭兵団の圧勝にて幕を閉じた。
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