第22話 赤色の世界
灰色の世界────ジャリジャリと音を立てながら、カザンがこちらに悠然と歩いてくる。不敵な笑いを浮かべ、手に持った金棒を肩に乗せ、まるで散歩でもしてるかのように。
でも、その全身からは身の毛もよだつ程の殺気を放っていた。そしてその殺気は……僕達に向けられている。
シンが構える。その手には金色の光を纏っている。シンは臆することなく、カザンが近づいて来るのを待っている。僕はただひたすらに、シンへの魔力供給を行なっていた。決して切らさぬよう……僕の持つ全ての魔力をシンに渡そうとしていた。
カザンが歩みを止める。既に……お互い射程圏内だ。
「へッ」
カザンが少し顔を上げて笑う──その時だった。持っていた金棒を振りかぶり、空気を切り裂くが如く、凄まじい速度でシンに対して振り下ろす────
それに対してシンがとった行動は驚くべきものだった。カザンの破壊をもたらす一撃に対して、真っ向から手刀を放ったのだ。
カザンの金棒とシンの手刀が激突する。僕はやって来るであろう衝撃に目を瞑る。
……でも、衝撃は来なかった。シャリンッ という金属音と共に、カザンの金棒が空中で激しく回転している。カザンの手元には半分以下になった金棒しか握られていない。その切り口は鋭く、マグマのように赤く発光していた。
「──ッ!?」
「はあぁぁッッ!!!!」
一瞬動きを止めたカザンを、シンは見逃さなかった。金色に輝く両の手を、カザンの腹部へと押し当てる。そして気合いの声と共に、その手を強くねじり上げた────
「がはッッ────」
シンの手から放たれた金色の光が、回転と共にカザンの腹部を貫く。カザンは、光と共に後方へと吹き飛んでいき、大岩へと激突した。岩の破片が散乱し、火山灰と共に砂煙が巻き上がる。
「ぐッ……かはッ…………」
晴れていく砂煙から、徐々に姿を現すカザン。両手を地につけ、血を吐いている。深紅の鎧は砕け、腹部には穴が空き、その胸には……赤黒い痣の様なモノが見える。
「ふぅーーッ」
シンが大きく息を吐き、再び構え直す。本来ならば勝負ありのこの状況……でも、きっと終わりじゃない。
なぜなら、カザンが山を消し飛ばした力。僕達はまだその力の片鱗を見ていないのだから。現に、シンの攻撃によって空いた腹部の穴に魔力が集中して、傷を治そうとしている。
「………………」
カザンの動きが止まる。吐血はやみ、呼吸の乱れも無く、腹部の穴は既に塞がっている。でもそれとは反対に、胸の痣が……いや、カザンの魂が妖しく輝き始めていた。
「────へッ」
笑いと共に、カザンがゆらりと立ち上がる。魂の輝きは強さを増し、カザンの周りは陽炎によって景色が歪んでいる。
「 “世界は変わろうとしている“ 。そう言ったあいつの言葉……今なら分かる気がするぜ」
カザンの魂から湧き上がる赤黒い闇が、カザンの左手に集まっていく。
「テメェらみたいな奴が出てきたんだからなぁ……いや、俺達が呼ばれたと言うべきか」
カザンが何を言っているのかは分からない。でも、尋常ではないカザンの様子に、僕の身体が恐怖に震えだす。
赤黒い光と共に、カザンの手に巨大な戦斧が姿を現す。その両刃の戦斧は、カザンの身長を超える大きさであり、両刃の間には、脈を打つ様に輝く紅玉が嵌め込まれている。
この武器……この斧こそが、カザンの真の武器なのだということが、斧から放たれる重圧が物語っていた。
「だがよぉ、何の因果か今は敵同士。ここで俺に殺られるようなら……この先テメェらは必要ねぇってこった!!」
闇がカザンの全身を覆っていく。僕の眼では、既にカザンを視認することができない。目の前で開かれていく地獄の扉────全身の毛が逆立ち、冷たい汗が全身を包む。
闇が薄れカザンの姿が見え始める。
鬼の様だったカザン。でも、今目の前に現れたのは……まさに鬼そのものだった。
血で染めあげた様な鎧で全身を包み、炎の様な赫い髪に、天を穿つ2本の銀角。赤黒いマントをたなびかせ、その手には巨大な戦斧を握りしめている。そしてカザンが、その戦斧を天高く掲げる。
「── “怒涛核” 起動──」
カザンの持つ戦斧にはめ込まれた紅玉が、けたたましい音と共に激しく輝き始める。
次の瞬間、灰色の世界が、赤色の世界へと塗り替えられた。空気が一瞬にして焼けつくような温度になり、燻っていた木々が再び赤く輝きだす。景色は熱のせいか歪み、吹き荒れる熱風が僕達の全身を突き抜けていく。
全てを滅する力……到底生物が生き残れない環境を瞬時に作り出す。それはまるで地獄の顕現だった。
ジリジリと、カザンの鎧が音を立てている。術者のカザン自身をも焼くこの熱量……その中で僕とシンは、静かにカザンを見据えていた。
何故かは分からない。でも、耐えられる。僕とシンには、この灼熱地獄が逆に魔力を与えてくれてる様に感じていた。
僕は呼吸すらままならないこの地獄で、敢えて深呼吸をする。恐怖に震える手を止めるため、恐怖をシンに伝染させない為にも。そして、シンの両肩を再び強く握りしめる。
「これからだぜタツ。
「うんッ! 任せてシン!!」
カザンが戦斧を構え踏み込む。その巨体からは想像できない速度で、一瞬にして僕達の間合いに入ってくる。
息をする暇もなく、その巨大な刃が僕達を両断しようと迫り来る。
────さっきも見た光景だった。シンは再び、その必殺の一撃を避けようともせず、生身の腕で迎え撃つ。凄まじい衝撃音と共に、空気が広がっていく。
「────なッ!?」
二度目の驚愕。カザンが驚きの声を上げ見たその先には、両断されることなく、戦斧と拮抗し合うシンの腕があった。
そして、戦斧と触れ合うシンの腕には、黄金に輝く鱗が顕現していた。
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