第21話 灰色の世界

  今ここにいるのは、僕とシン、そしてセコーモの虫が2匹だけ。目の前の丘の麓には、レヴェナントが群がるように配置されている。さながら、生存者に群がるゾンビのようだ。


 ……そしてその頂上には、強大な魂が2つ。カザン、そしてダインという名の巨牛が存在するのみ。僕はカザンの動向を監視しているけど、カザンに動く気配は無い。時間だけが過ぎていくばかりだ。



『このまま奴が動かないなら、それはそれでいいのだが……』

「いや、今は待ってるだけだろ」


「待ってる?」

「傭兵団のフィンってやつが言ってた。カザンが "力" を使う時、味方は退避するって」


「退避って……近くにいると巻き込んじゃうってこと?」

「多分。能力については聞けなかったけどな……」

 

『奴は城塞すらも吹き飛ばすことができると聞く。 “カザンを相手にしては籠城は無意味“ ……そう言われる程だ』


 僕は東の山道へ向かう別働隊に目をやる。彼等は既に森を抜け、山道に出ている。既にカザンとの距離は十分に離れていると言える。僕は嫌な予感がして、すぐさまカザンに視線を戻す。


 

「あッ────」

 


 カザンが動き出した。いつの間にかダインの姿は見えない。陣地にはカザンが1人だけ。


 

 カザンの魂から湧き上がる赤黒い闇────それがカザンの全身を覆っている。全身から闇を放つカザンの姿を、僕は視認することができない。もはや人の形をしているのかすら分からなかった。


 

「何か……何かしようとしてるッ!!」


 

 カザンの放つ赤黒い闇は、光を伴い更に強さを増していく。────それはまるで、地獄が溢れるかの様だった。



 突如、シンの身体が揺れ始める。……違う、シンじゃない。地面が揺れている、そう認識した直後だった。



 天地を裂くような轟音と衝撃が僕達に襲いかかる。そのあまりの衝撃に全身が硬直する。身体を縮こまらせ、反射的に目を瞑ってしまった。

 数秒程度の闇……目を開け、僅かながら飛び込んでくる光。そして叩きつけられる視覚情報────僕達の目の前には信じられない光景が広がっていた。


 

 炎と灰、そして岩石が、稲光を散らしながら雪崩のように山を駆け下りている。地鳴りを伴うそのエネルギーの塊が、麓にいたレヴェナント達を次々に飲み込んでいく。


 

『なッ……なんだああぁぁぁッッ!!?』

「…………」


 

 絶叫するセコーモを尻目に、シンは黙ったままその地獄絵図を眺めている。目の前にあった山の半分は消え去り、発生した火砕流が、一瞬でレヴェナント達を全滅させてしまった。

 僕達の眼下では、未だ暗灰色の煙が広がっている。しばらくの間、僕達はその光景を眺め続けた。



 ────────────────────

 


 未だに燃えている木々があるものの、大分煙が落ち着いてきた。もはやレヴェナントの姿は見当たらない。シンが、僕とシンの身体を紐で固定する。


 

「行こう」

「うん」


『お、おいッ』


 シンが丘をゆっくりと降り始める。薄暗いながらも、何とか色を演出していた世界……でも今は、灰色一色の世界へと変貌を遂げていた。


 シンが、その灰色の世界を1歩1歩踏みしめていく。歩く度に、降り積もった火山灰がザクザクと音を立てる。雪のようだけど、まるで違う。まるで異世界にでも来た気分だ。


 

「まさか、山まで吹き飛ばすとはなぁ」

「山ならシンも吹き飛ばしてたじゃん」


「ははッ、そういやそうだな。……ってことは互角ってわけだ」


 ニヤリとシンが笑う。目の前で起きた天変地異とも思える程の衝撃に、シンはまるで動じていない様子だ。その歩みには、全く怯えも迷いもない。




 

「……シン」

 


 僕達の前方に、灰色の世界の中では一際目立つ、深紅の鎧を着た男がこちらへ歩いてきていた。ザクザクと音を立て、その肩には巨大な金棒を担いでいる。



「いよぉ、生きてたのか爺さん」

「おかげさんでな。俺一人じゃ勝てそうにないんでな、助っ人を連れてきたぜ」


 

 カザンが背中にいる僕を睨みつける。……この人がカザン。その鋭い眼光に僕は身震いする。


 

「テメェ……ガキを盾にすりゃ俺が怯むとでも思ってるのか?」

「怯むような奴なら、幼気いたいけな老人を金棒でぶっ叩いたりしねぇと思うがな。まぁ安心しな、こいつには指1本触れさせねぇよ」


 シンが自信満々に言い放つ。その言葉を聞いたカザンは……心無しか、表情が緩んだ気がする。



「2対1だが、悪く思うなよ」

「へッ、後悔するなよ」


 

 これから殺し合いが始まるというのに、両者の間には意外にも笑みが見られた。

 

 それはまるで、遊ぶ約束をした友達の様だった。

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