第19話 カザンの実力
「いよぉ、フィン。無事だったか」
「は、はい。ごめんなさい、団長……俺、団長のこと……」
「生きているならそれでいい。それに、“生き残るためなら俺を売れ“ と言ったのは誰でもない。この俺だ」
息を切らしたフィンを労うようにカザンが声をかけている。……もしかして、俺たちはフィンに騙されていたのか?
「おい、そこにいる奴ら出てこい」
まぁバレるよなそりゃ。もはや隠れていてもしょうがない。俺たち3人は茂みを出て、カザンの前に姿を現す。
「3人か……」
「あ、あの団長ッ! 森の中にヴィクターの使い魔らしき虫もいます! あと彼らは……」
「分かっている。フィン、お前は下がっていろ」
フィンを後ろに下がらせ、カザンが手に持った金棒を握りしめこちらを威圧してくる。
「あんたがカザンか。一応聞いておきたいんだが──」
「撤退しろと言うのならそれは聞けないな。俺たちの目的はあくまでイズモ村に行く事。邪魔するなら、ここで死んでもらうぜ」
カイの質問は呆気なく終わった。もう……やるしかないッ!
「…………シン、あとは頼む」
そう言ってカイがカザンに向けて走り出す。
「う……うわあああぁぁぁぁぁぁッッ」
続けてモンゾウが叫びながらカイのあとを追う。俺は一呼吸置いてから、2人の後を追いかけた。カザンは武器を握っているが、未だに動こうとしない。カイは既にカザンの近くまで来ている。
「うおおおおッッ」
カイが跳躍し、カザンに向けて剣を振りかぶる。
────静寂な森に気味の悪い音が響き渡る。カザンの持つ金棒が、カイの脇腹にめり込んでいる。
カザンが金棒を振り抜くと、カイは血を撒き散らしながら吹き飛んでいき、地面に叩きつけられてしまった。
「ッッ!? ひぃッッ────」
その惨劇にモンゾウの足が止まる。だがそこは、既にカザンの射程範囲だった。振り戻した金棒がモンゾウの体にめり込む。
叫び声を上げる暇もなく……モンゾウの体は地面に叩き伏せられていた。
──俺は高速で移動し、既にカザンの背後にまわっていた。カザンの体はまだこちらを向いていない。
地面に叩き伏せられた2人は、ピクリとも動かない。2人が倒れた場所には、暗闇のせいか真っ黒な水たまりができている。だが、2人のことを悲しんでいる暇はない。そう心を奮い立たせ、俺はカザンに向けて跳躍する。
「はあぁッッ!!!!」
「──ぐッ!!」
金色の光を纏った蹴りが、カザンの頭部に炸裂する。兜が砕け、体勢を崩し落馬……もとい落牛するカザン。
(やったか!?)
────だがその時、俺の脇腹に凄まじい衝撃が走った。その衝撃で俺の体はくの字に曲がり、肋骨から発せられた変な音が全身に伝わる。……カザンは俺の攻撃を喰らいながら、反撃していた。
「がッッ────」
俺はそのまま吹き飛ばされ、幾度か地面に叩きつけられてから、やっと動きを止めた。立ちあがろうとするが、手足に力が全く入らない。無理に力を入れようとすると、今度は猛烈な吐き気に襲われた。胃からこみ上げてくるものを我慢することができずに、勢いよく吐き出してしまう。
「ぐッ────がはッッ!!」
口の中に鉄の味が広がる。俺が吐き出したのは大量の血だった。霞んだ視界で、カザンを探す。カザンは既に立ち上がっており、頭から流れる血を拭っている。
──兜が砕かれ、その顔があらわになったカザン。その毛髪は燃えるように赫く、銀色の髪がまるで2本の角のように煌めいている。
それはまさしく、 “鬼” だった。
「…………チッ」
カザンが不機嫌そうに舌打ちをし、こちらに歩いてくる。トドメを刺しに来るのだろう。カシューの時とは違い、チリチリと俺の体を燃やすような、明確な殺気を感じる。逃げようにも体は動かない。それどころか内臓に支障をきたしているのだろうか、呼吸すらままならない。
(これは……死んだな)
まさかこれほどに実力差があるなんて。ゲームだったら負けイベだよなこれ? こっちはまだ力の勉強中なんだぜ……チュートリアル中に来る敵じゃねぇだろ。
そんな馬鹿な事を考えていると、カザンは俺のすぐ側まで来ていた。
(────ごめん……タツ)
俺は諦めて目を閉じた────
…………
……………………?
すぐに途切れると思っていた意識……だが、一向に途切れない。
俺は不思議に思い、再び目を開ける────
────そこには、カザンに立ちはだかるように1頭の牛がいた。
「…………ダイン。なんの真似だ?」
『……………………』
その牛は言葉を発しない。だが、ダインと呼ばれた牛は、主人であるカザンに真っ向から向き合っている。その巨躯からは、魔力と思しきオーラが放たれており、カザンを威嚇している。
(な……なんで?)
それは……カザンから俺を守っているようだった。
「………………」
カザンが何かを考えるように押し黙っている。だが程なくして踵を返し、俺から離れて行った。ダインがチラリと俺を見るが、そのままカザンの後に付いて行ってしまった。
カザンが、カイとモンゾウの死体をダインに積み上げている。
「肉も手に入った。フィン、行くぞ」
「は、はい!!」
そう言ってカザンは、こちらを気にするフィンを連れて森の中へ消えていった。
風に揺れる木々の音だけが虚しく響いている。1人取り残された俺は、ブルブルと震える手で、腰につけられた皮袋の中身を手に取る。
“タツ印の太陽石” だ。
優しく煌めく光が、俺の中に流れ込んでくる。その光が、力が……俺の体内を駆け巡り傷を癒してくれる。
(タツ……助かったぜ)
この場にいないタツに感謝する。もしこれがなかったら、どちらにしろ俺は死んでいたかもしれない。
動くようになった体でゴロリと仰向けになる。星空は見えず、赤黒い雲がドロドロと蠢いている。
仲間を殺され、自分自身も殺されかけた。
しかし、何故かカザンを憎いとは思えない。それどころか、俺の心は妙にスッキリしていた。
(完敗だ)
カイとモンゾウが命懸けで作り出してくれた隙を、俺は活かすことができなかった。一撃を入れることはできたものの、カザンにとって大したダメージにはなっていない様だったしな。
(2人とも……すまない……)
2人の死体は既にこの場にはない。カザンが “肉” と称して持っていってしまった。まさか、食うつもりじゃ……。
俺は次にダインという牛について考えていた。あの牛は明らかに俺を庇っていた。一体なぜ?
あの牛も、カシュー達と同じように俺たちの立場を汲んでくれたのだろうか? それだけで、主人のカザンに歯向かったのか? 見ず知らずの俺のために。
だとするなら、俺のこの胸に去来する感情はなんだ?
俺は、カザンに立ちはだかるダインの後ろ姿に頼もしさを、そして……俺を見た眼差しに、懐かしさを感じていた。俺はあの牛を知っている? だが、いくら考えても思い出すことができない。
(ったく……何だってんだ、この世界は)
分からないことだらけで、逆に笑えてきた。これからどうするべきか。カザンとの間には埋めようのない実力差がある。このまま俺が戦っても、まず勝ち目はないだろう。
正直自惚れていた。この世界に来てから、戦ったのは数体の
それなのに、少しばかり力の使い方を覚えた程度で、自分を強者だと思っていた。
この世界には、ああいう強者がいるのだ。もっと慎重にならなければいけない。
このまま死んだふりをするのはどうだろうか? セコーモの虫が俺から監視を外せば、何とかタツ達の元へ行けるかもしれない。人質さえ何とかできれば、カザン達と戦う意味は無くなる。
……だが、俺の死んだふり作戦はすぐに瓦解することになる。
『おい、生きてるなら起きろ』
俺の真上で虫がホバリングしている。
「……何だよ?」
『タツがお前を助けろ助けろって五月蝿いんだよ』
「なッ……タツがいるのか!?」
『牢屋にな』
どうやらタツには俺たちの動きが見えていたらしい。さぞかし慌てたことだろう。こんな虫を通してだが、タツと会話ができた様で少し安心する。
俺は立ち上がり、ダイコク達のいる陣地へと歩き出す。死んだふりができなくなった以上、またカザンと戦うしかない。
またあいつと戦う……本来なら恐怖するところだろうに、何故か俺は安堵していた。戦うしかないという、引き返すことのできないこの状況が、俺の背中を押してくれる。
俺はあいつと、カザンと戦わなくてはならないという運命の様なものを感じていた。だが、俺1人ではあいつには勝てない……絶対に。
悔しさなんて微塵も感じられない。負けて当たり前、そう思えるほどの実力差。
俺は考えた末に、セコーモにある提案をした。
「おい、セコーモ」
『……何だ?』
「タツを…………俺のところまで連れて来て欲しい」
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