第20話 2人の戦い

 ────僕は、がむしゃらに南の山道を走っていた。目的地に向けて、ただひたすらに走る。


 今から数分前、僕の独房にセコーモの本体がやってきた。セコーモは不服そうな顔をしながら、僕を解放した。そして……シンの元へ行けと。



 

 無数のレヴェナント達をすり抜け、丘を駆け上がる。僕に気づいた村人が何かを言ってくるが、僕は止まらない。一直線に、僕が最もよく知るの元へと駆けつける。



「────シンッッ!!」

「よぉ、タツ! 来てくれたか!!」


 シンが手を挙げ、僕を陽気に迎えてくれる。



「シンッ、怪我は!? 僕……シンが死んじゃうかもって…………」

「確かに死にかけたが大丈夫だ。こいつのおかげでな」


 そう言ってシンは腰袋から輝きを失った太陽石を取り出す。



「そっか……役に立ったんだそれ……」

「あぁ、さすがだなタツ」

 

 シンが歯を見せながら笑いかけてくる。…………何だかシンの様子が。



「タツ、色々話したいことがあるがそれは後だ。今お前が分かる状況を教えてくれないか?」

「う、うん」

 

 シンの真っ直ぐな瞳に、少し動揺してしまう。僕は言われた通り、周りの状況を探り始めた。



「東の山道では、ヴィクターの2人が戦ってるよ。相手は5人……みんなすごい力を持ってる、多分女性だね」



 5人それぞれが凄まじい力を持っている。

 シンのように金色のオーラを纏った5つの魂。そしてその中の一つは、美しく虹色に変化している。もしかしてこれが、変幻の魂を持つA・Sオールシフターと呼ばれる人の魂なのだろうか? この人だけ、別格と言える強さを感じる。

 太陽石のように七色に変化するその魂は、力強く、そして同時に家の灯りのような優しさを感じさせてくれる。僕はその美しすぎる魂に魅入られ、我を忘れてしまいそうになる。


 

『シロガネ族だ……今はバジクとグリジャスの2人が足止めしているが────』

 

 セコーモの言葉が詰まる。

 そう、このシロガネ族の女性達は一人一人がヴィクター達を大きく凌ぐ力を持っている。グリジャスの泥が何とか足止めしている様だけど……突破されるのも時間の問題だろう。



 ──そして僕は、目の前の丘に視線を移す。丘の頂に、金色のオーラを纏う深紅の魂が見える。


 あれがカザン……。


 全てを焼き尽くさんと威圧するような魂に、身体がガタガタと震える。僕は一度強く目を閉じ、魂の色すら見えなくした闇の中で、大きく深呼吸する。



「丘の上には、カザンがいるよ。他の傭兵の人達は……移動してるね。強い力を持った2人が先頭にいるよ」

「……カシュー。それにペロンド、だったか」

 

 シンがその2人と思しき名前を口にする。



『移動しているだと? ……どこへ行く気だ?』

「多分、森を抜けて東の山道に行く気じゃないかな……」

 

 彼等は馬に乗っていない歩兵部隊だ。道なき道でも、行けない事はない。



『な、何だと? じゃあ奴らはそのまま村へ──』

「いや、それはない」

 

 シンが自信たっぷりにセコーモの言葉を否定した。



「カシューが……あいつらが俺たちを無視して村に入るはずがない」

「……シン」

 

 僕はシンをずっと見ていたけど、会話を聞いていたわけではない。そのカシューという人と何か話したのだろうか? シンの言葉からは、カシューという人に対しての信頼のようなものが感じられた。


 

「シンの言う通り、村を目指してるんじゃないみたい。多分、バジク達のところに向かってるよ」

『奴ら、背後を突くつもりか……クソッ、まずいぞ』

 

 シロガネ族の5人に苦戦しているんだ。ここにカザン傭兵団の横槍が入れば、間違いなくヴィクターの2人はやられるだろう。

 後方にレヴェナント達を配置してるけど……恐らく時間稼ぎにはならないと思う。



『……ッッ、クソ! クソッ!! どこから手をつければッ──』

 

 セコーモが苛立ちを隠せずにいる。彼は偵察兵としての役目と共に、全体の指揮も一任されているようだ。

虫が首を何度も捻り回している。この絶望的な状況にパニックになっているようだ。


 

「おい、セコーモ」

『な……何だ?』


「俺に考えがある」

『何だとッ?』


 シンの言葉にセコーモが食い付く。藁にもすがる思い、というのを目の当たりにしたようだ。



「まずはここにいる男達を全員、東の山道──レヴェナント達の後ろに移動させろ。ヴィクター達がやられたらレヴェナント達で、レヴェナント達がやられたら村人達で時間稼ぎするんだ」

『こいつらを移動させて何になる!? 相手はシロガネ族とカザン傭兵団だぞ!!』


「シロガネ族はどうか知らんが、少なくともカザン傭兵団は俺達の立場を汲んでくれていた。案外、シロガネ族を止めてくれるかもしれんぞ?」

『ぐ、うぅぅ……だが、カザンはどうする? 奴は陣地に残ったままなんだろう? 奴を何とかしないことには──』


「カザンは……俺とタツで何とかする」

『何とかするだと!? 手も足も出ずにやられていたではないかッ!!?』


 

「足は出たよ、一応な。どっちみち、このままじゃカザンに皆殺しにされるだけだ。俺達も……お前達もな。あいつの力を見ただろ? いや、力なんてまだ見せてない。素でアレなんだ。お前達であいつを食い止めれるのか?」

『ぐッ…………』


「ここにいるレヴェナント達を全部カザンに当てて、少しでも時間を稼ぐんだ。その後に、俺とタツがカザンの相手をする」

『………………分かった。その通りにしよう』


 セコーモがシンの提案を全面的に認める。

 すぐさまダイコクさん達は村を通り、東の山道へ。そして、レヴェナント達がカザンのいる丘の麓に向けて動き出した。


   

「タツ」

 

 シンが背中を向け僕の名前を呼ぶ。僕はその意図を理解し、シンの背中に飛び乗る。



(シン……無事でよかったよ)

(あぁ、このまま逃げてもいいんだが……色んな奴らに借りができてな。悪いが付き合ってくれるか?)


(シンがそうしたいなら、僕は構わないよ)

(ありがとな。タツ、セコーモの野郎の虫の数は分かるか?)


(……今、僕たちの周りには2匹いるよ。1匹はすぐ近くだけど……もう1匹は空を飛んでるね)

(そうか、分かった)


  

 僕達はカザンのいる丘に目をやる。向こうからこっちは見えてないはずだけど、燃え滾る魂が常に僕達を監視しているかのような錯覚に陥ってしまう。

 シンもそう感じているのだろうか……丘をジッと見つめている。そして、平常心を取り戻すかのように、シンが大きく息を吐いてから話し出した。


 

「なぁ、タツ」

「な、何?」


 念話ではなく、声に出して話し始めたシンに少しびっくりする。セコーモに聞かれても問題ない内容なのかな?



「俺さ、この世界に来たのが……お前と2人で本当に良かったと思ってる」

「え……うん、僕もだよ」


 

 ────何だろう?


 

「お前のことは親友だと思ってる。でも、それ以上に家族っていうか……弟みたいなもんだと思ってる」

「え、僕が弟なの!?」


 

 ────シンの様子が


 

「ははッ、誰が見たってそうだろう? 一応俺の方が年上なんだし。だからさ、弟は兄である俺が守らなくっちゃ────そう思ってた」

「………………」  



 シンの様子が……今までと違う。



「俺がお前を守る。そう思ってやってきた。今までも、これからだって…………でも違う、違うんだ」



 この世界に来ても、シンはいつも通りの優しいシンだった。



「カザンにぶっ殺されかけて……分かったんだ」



 でもシンは、どこかで僕以外の人との壁を作っていた。



「俺が一方的にお前を守る……そんな関係じゃない。俺達はそういう仲じゃないんだ!」



 まるで裏切られた時に……少しでも傷を軽くする為の様に。



で戦うんだッ……俺達2人でやるんだ!!」



 どこか陰りを見せていたシンの魂……でも今は────



「俺たち2人ならッッ……相手が誰だろうと負けたりしない!!」



 ────太陽のように輝く、金色の魂がそこにあった。




 

「タツ……俺達2人で、カザンの野郎をぶっ飛ばしてやろうぜ」

「────うん!!」


 

 この時、僕の中で何かが変わった。心の垣根は取り払われ、より深くシンと繋がったのを感じる。




 こうして、僕達の──── 2人の戦いが始まった。

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