第18話 意味のない人質
俺達の陣地で、少年の傭兵がゼン爺に応急手当てを受けている。結局セコーモに目をつけられ、俺たちは已む無く彼を連れて戻ってきていた。
少年の名前は “フィン” と言った。フィンは不安そうな顔でゼン爺の治療を受けている。
『さて、新たな人質ができた。……どう使うかな』
「お、俺は人質なんかにならないですよッ」
セコーモの虫が嬉しそうにフィンの顔を眺めている。セコーモの言葉を聞いたフィンが、不快そうな顔で言い放つ。
『ほぉ、この状況で強気じゃないか』
虫がキチキチと口器を鳴らす。
「そ、そういう意味じゃなくてですね! 団長にとって俺は人質なんかにならないって言ってるんです!!」
フィンが必死に弁明する。団長というのはカザンのことだろう。
「団長は血も涙もない人なんです。俺を盾にしたって、構わず攻撃してきますよッ」
カシュー達は俺達を気遣った行動をしていた。その行動に、もしかしてカザンも……と思っていたのだが。どうやらカザンは事前情報通りの男の様だ。
『まあいい、他に使い道はあるだろう。ところで、お前達がここに来た理由はなんだ?』
「お、俺達……イズモ村に "あるもの" を引き取りに来たんです。そしたら道中で
(あるもの?)
俺は村長のダイコクの顔を見る。だがダイコクは不思議そうな顔で首を横に振る。……どうやらダイコクも知らないようだ。
『あるもの? 何だそれは』
「そ、そこまでは……俺たちはただ団長の命令通り動いてるだけで……」
『余計な時に来てくれたものだなッ』
「ひっ、ご……ごめんなさい!!」
セコーモの威嚇にフィンが土下座をしている。しかし、セコーモに同意するのは腹立たしいが、本当にとんだタイミングでやって来たものだ。
『カザンはこれからどうするつもりなんだ?』
「ど、どうって、村に行くのが目的だから…………邪魔する人達は皆殺しにすると思います」
フィンが物騒な言葉を口にする。
『カザンを退かせる手はないのか!?』
焦っているのかビビっているのか、セコーモの語気が強くなっている。
「む、無理ですよ! あの人は目的の為なら何だってする人なんですからッ!! 隊長のカシューさんやペロンドさんならいざ知らず!!」
どうやらカザンと戦う以外に、俺達に道はないようだ。とはいえ、カシュー達のことが気になる。あいつらは俺たちの事を気遣っていた。そしてここにいるフィンも。そんな奴らとは本気で戦えない。一体どうしたものか……。
「あ、で……でもッ」
フィンが何かを思い出したようだ。この際なんでもいいから、何か情報が欲しい。
「団長って……夜になると1人で陣を離れるんです。日課の稽古らしいんですけど……」
『何?』
「邪魔されたくないって言って1人で行っちゃうんですよ! ほんと……何考えてるんだか」
フィンの言ってることが本当ならば、これはチャンスだ。カザンさえ何とかできれば、無益な戦いはしなくて済むかもしれない。
しかし……根本的な解決にはならない。3日後に何が起きるか分からない以上、カザン達との戦闘を回避して、めでたしめでたしとはいかない。
とはいえ、まずはカザンを何とかするのが先決か。
『その話本当だろうな?』
「この状況で嘘なんてつきませんよ!」
フィンが涙を浮かべながら必死に説明している。しかし、部下にあっさりと行動をバラされるとは……カザンに人望は無いようだ。
「その話が本当だとして……誰があのカザンの所に行く?」
ダイコクの問いに皆が目を背ける。
──そうだ。1人になるからと言って、カザン自体の脅威が無くなるわけではない。カザンをどうにかするということは、カザンを捕らえるか……あるいは殺すということだ。カザンの名を聞いただけで震え上がっていた村人達には荷が重すぎる。
カザンがどれ程の男なのかは知らないが、相応の戦闘力がなければ、あんな噂は立たないだろう。ここは俺が行くしかないか。
「俺が行くよ」
「シン……すまない。なら俺とシンで──」
「俺が行くよ」
カイがダイコクの前に躍り出る。
「カイッ、お前はまた──」
「村長はみんなの指揮を取ってもらわないと。それに……俺でも囮ぐらいにはなるだろ」
そう言ってカイは俺を見る。その目は、俺に全てを託す……そんな強い思いが込もっていた。
「おッ、俺も行くッッ!!」
そう名乗り上げたのは、フィンに怪我を負わせたモンゾウだった。
「俺も行く、俺だって囮くらいには……」
そう言ってモンゾウはフィンの足を見る。どうやらコウタと同じくらいの少年に怪我を負わせたことに負い目を感じているようだ。
『……よし、ではお前ら3人でカザンの暗殺に行ってもらおう。大勢で動けば勘付かれるからな。そのガキも連れて行け、盾がわりにはなるだろう』
「だ、だからッ、盾にならないですってば!!」
泣き叫ぶフィンをよそに、ある懸念が1つ浮かび上がる。それはカザンの位置だ。カザンが1人で移動したとしても、俺たちはそれを知る術がない。
「あいつらの陣地近くまで移動するか? カザンの動きが分からないぞ」
『いや、その必要はない。カザンに動きがあれば俺が伝える』
そういえばこいつは虫を何匹も偵察に飛ばしている。カザンの動きも分かるのだろう。
「……じゃあそれまでは待機か」
各々が休憩を取りだす。俺はカイとモンゾウ、そしてフィンと一緒にその時が来るのを待った────
「シン……お前すごいな」
「え?」
「チラッと見たよ。あのカシューって奴との戦い。俺なんて、ビビりすぎて無我夢中で武器振ってたよ」
「分かるよ……俺なんて頭真っ白で気づいたら──」
カイの言葉にモンゾウが同意しながらフィンを見る。
「も、もういいですよ……大した傷じゃないですし!」
フィンがモンゾウを気遣っている。こいつら、どこまで気遣ってくれるんだ……。フィンに礼を言いたいが、俺の近くでセコーモの虫が張り付いているのでうかつな発言はできない。
「それにしても、お爺さんすごいですね! カシュー隊長とやり合えるなんて!!」
「……あいつは本気じゃなかった」
俺の言葉にフィンの顔から笑顔が消える……まるで何かに気づいたように。だがすぐに、はにかむような笑顔で────
「それでも、やっぱりすごいですよ」
その笑顔が照れ臭くて、俺は話を切り替える。
「なぁフィン、お前達は何人位で来てるんだ?」
「今回は団長に1番隊、それに3番隊の約300人ですね。さっきの戦闘は僕含めて、1番隊の一部で戦ってました」
「団長がカザンで、1番隊の隊長がカシューだろ? なら3番隊は?」
「3番隊の隊長はペロンドさんです。気さくないい方ですよ! 編み込んだ髪が特徴的なんですぐ分かりますよ」
ドレッドヘアーってやつかな? そのペロンドってやつも、フィンの話し方からすると、話が通じそうだな。
事前に聞いていた情報から、カザン傭兵団は極悪非道の傭兵団だと思っていた。だが、嬉しそうに隊長の事を話すフィンを見て、そうではないことが分かる。彼らもまた、人の心を持った人間なのだ。…………カザンはどうか分からんが。
「1と3か、2番隊はどうしたんだ?」
カイが至極真っ当な疑問を口にする。確かに、何で2番隊が抜けてるんだ? 部隊にそれぞれの特性があるんです、と言われたらそれまでだが。
「えっ、あ、あの……2番隊は……」
急にフィンが目を泳がせながら口をどもらせる。言いにくい事なのか?
「な、何だよ? 何かあるのか??」
カイが問い詰めると、フィンが意を決したように口を開く。
「そ、その……2番隊は、存在しないんです……」
「存在しない?」
「団長に殺されたらしいんです。ライザールに人質に取られて……敵ごと団長に……」
「ま、マジかよ……」
「お、俺もそれは先輩達から聞いた話でッ!! ……2番隊の隊長は、カシューさんやペロンドさんと同じで、団長の幼馴染だったらしいです……」
噂というのは尾ひれがつくものだ。混乱した村人達の与太話と思っていたが、敵ごと味方を吹き飛ばしたというのは本当のことらしい。目的のためには自分の幼馴染でも殺す男……カザンの危険度がどんどん上がっていく。今のフィンの話で、モンゾウは完全に青ざめている。
「だ、だから言ってるんです! 俺なんか盾にならないって!!」
『おしゃべりはそこまでだ』
視線がセコーモに集まる。
『その小僧の言うとおり、カザンが動き出した。……どうやら本当に1人で出かけるようだ』
俺たちはカザン達の陣営に視線を移す。かがり火の光は見えるが、人の動きなどまるで見えない。
『奴は森に入って行ったようだ。道案内は俺がしてやる、行くぞ』
そうして俺たちはセコーモの案内の下、カザンのいる森へと出発した。
「おい、羽音がうるせぇぞ。何とかなんねぇのか」
『な、なんだと貴様ッッ』
「おいおい。大きな声出すなよ……」
「ちょっと……喧嘩はやめましょうよ」
森の静寂に響き渡るセコーモの羽音にイライラしてしまった。このまま進めばカザンがいる。奴は今、1人で森の開けた場所にいるらしい。
俺は最後に、フィンに最も重要なことを質問する。
「フィン、答えにくいかもしれないが……カザンはどんな能力を持ってるんだ?」
俺はまだこの世界についてほとんど知らない。だからこそ、俺やタツのように、何かしらの力を持ったものが存在していると思っておいた方がいいだろう。カザンの能力が分かれば、対策を立てれるかもしれないんだが……。
「えと……それが、よく知らないんです。隊長達なら知ってると思うんですけど。団長が力を使う時はみんな退避するんで……」
「……そうか」
味方が避難するほどの力。一体どれほど危険なヤツなんだ? 俺は一応、セコーモにも聞いてみる。
『多くのヴィクターがヤツに殺されているが……ヤツの力に関する正確な情報はない。相対したものは全員殺されているのだ。だが、広範囲に及ぶ能力を持っているのは確かだ』
広範囲に及ぶ能力。詳細が分からなければどうしようもないなこりゃ。どうやら情報無しの、ぶっつけ本番のようだ。考え込みながら歩いていると、セコーモが木にとまり、耳障りな羽音が消える。
『この先だ』
俺たちは顔を見合わせ、足音を殺しながらゆっくりと進んでいく。この世界に来て……タツと一緒に立ち寄った小屋があった場所のように開けた場所が見える。
俺たちは茂みに身を隠しながら様子を伺う。
中心には、巨牛に跨った深紅の鎧の男が佇んでいた。その手には、敵の返り血によってそうなってしまったかのような黒い金棒が握られている。
何かをするわけではない、ただそこにいる。それだけで俺たちは身動きが取れなくなっていた。まるで、いつ爆発するか分からない、強力な爆弾を目の前にしているかのようだ。
「ご、ごめんなさいッッ!!」
突如フィンがカザンの元へ走り出す。
(なッ────)
フィンのまさかの行動に俺も反応できなかった。時既に遅く、フィンはすでに手の届かない所にいる。
────兜の奥に光るカザンの眼光が、ゆっくりと俺たちへと向けられた。
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