第17話 最強の傭兵団

『くッ……なぜ奴がここにいるッ!?』


 防具を装備し始めた俺達の周りを、セコーモの虫が羽音を響かせながら飛び回っている。こいつらにとっても、あのカザンって奴の襲来は予想外だったようだ。


『いいかお前らッ、最早あいつら相手に時間稼ぎなど考えるなッ! 一人でも多く殺すのだ!!』

「こ、殺すだって? 俺たちが、あいつらを? 馬鹿いうな! 逆に殺されちまうよ!!」 

『だ、黙れ! いいかお前ら……もし手を抜いてると俺が判断したら人質の命は無いからな!!』


 『人質の命』 という言葉に、皆の表情が凍り付く。カザンの一部隊がこちらに向かって来ている……もはや戦いは避けられない。


 

 (……戦いが始まる)


 味方の士気は最悪だ。顔は青ざめ、涙を浮かべている者もいる。血の気の多い鉱山夫の彼らとはいえ、同じ人間と戦争などしたことはないだろう。しかも、対峙するのは世界に名を轟かせているという『カザン傭兵団』だ。


 誰もが思っているだろう。『本当に戦いが始まるのか? 現実なのか? 夢であってほしい』と。瘴気の空を見上げながら譫言を言う者もいる。


 ────その中で、俺は意外にも冷静だった。

 目の前で慌てふためく村人達を見ているから? もう諦めたから? 未だに現実を受け入れられないから?


 どれも違う。むしろ俺はこの非現実的な状況にこそ、【リアル】を感じている。

 コウタ達が殺されたあの夜……夢心地だった俺は目が覚めた思いがした。

 

 タツと過ごしてきたあの平和な日常。この世界にきてもそれは変わらない────そう思っていた。

 でも違っていた。この世界には、俺らが考えもしなかった悪が存在していて、そいつらは容赦なく俺達を……タツの命を脅かそうとしてくる。


 そんなことは俺が絶対に許さない。タツの命も想いも……俺が必ず守る。



「行くぞお前ら! 覚悟を決めろ!!」


 ダイコクが意気消沈する村人とレヴェナント達を引き連れ、カザン傭兵団の部隊と相対する。その部隊の先頭にいた男が、こちらに歩み寄ってくる。


 

「こんにちわ〜。アタシはカザン傭兵団一番隊 隊長の【カシュー】よ」

 

 ウェーブのかかった髪に、優雅に傾く瞳……そのカシューと名乗った色男は、優しげな雰囲気を纏いつつ、おねぇ口調で手をヒラヒラさせながら挨拶をしてきた。



「……俺はイズモ村の村長ダイコクだ」

「あらぁ、村長さん自らお出迎えに来てくれたの? じゃあ悪いけど早速案内してくれるかしら」


「悪いが……村には入れない」

「アタシ達、大神おおみかみに雇われてここに来てるのよ。村に入れないってのはどういうことかしら?」


「……人質を取られている。だから頼むッ、大人しく引き下がって欲しい!」

「……」


 深々と頭を下げるダイコクを、カシューが無言で見つめている。

 もし引き下がってくれるのなら、それが一番いい。正直言ってみんなは戦えるような精神状態じゃない。


 脂汗をかくダイコクの願いが通じたのか、カシューがニコリと笑顔になる。

 

「そう……それは大変ね。でもね、そんなことアタシ達には関係ないのよ」


 そう言ってカシューは腰に下げていた曲刀に手をかける。瞬間、鞘から刀身が滑り出し、空気を裂く音を立てながらこちらに切先が向けられる。それを合図に、後ろにいた傭兵達も次々に武器を取り始めた。



「なッ……ま、待ってくれ!!」

「アタシ達ね……ご覧の通り徒歩でここまで来たのよ。カザンのせいで馬に乗れないからね」

 

 カシューは笑顔を絶やさず、やれやれと首を振りながら淡々と話し続ける。馬に乗れないってのはどういうことだろうか?


「だからクタクタでね……早く村に行ってお風呂にでも入りたいのよ。それを邪魔すると言うなら────」

 

 カシューの顔から笑みが消える。先程までの人当たりの良さそうな顔とは違い、凍りつくような表情をしている。



「くッ……」

 

 ダイコクが武器を手に取る。それを見た村人達も武器を取るが、その顔は青ざめている。


「あら、抵抗するの? なら……全力で来ることね!!」


 カシューの声と共に、傭兵達がこちらに向かって突撃を開始する。



「来るぞッ! 覚悟を決めろぉぉ!!」

 

 ダイコクが村人達に喝をいれ突撃する。ダイコクに続きカイ達も雄叫びを上げながら走り出す。セコーモが指示をしたのか、レヴェナントも同じように突撃を開始した。



 こうしてイズモの男達とカザン傭兵団の戦いが始まった。


 今ここにカザンはいない。だが、カシューという男を始め、傭兵達からは歴戦の猛者といった空気がヒシヒシと感じられる。

 特にあのカシューという男……他の傭兵とは別格の存在であることが俺にも分かった。



(────なら俺はッ!)

 

 山を揺るがすような男達の雄叫びに激しい金属音が加わり始める。

 入り乱れる男たちをすり抜け、俺が目指すのは────


 

「あらお爺ちゃん、あなたがアタシの相手?」

「不服か?」


「ん〜、アタシって敬老精神に溢れてるのよ。老人は敬うものってね」

「安心しろ、こう見えて十八歳だ」

 

 俺はカシューとの距離を一気に詰めた────



「十八って、────ッッ!?」


 奇襲に近かった俺の蹴りに反応し、カシューは素早く身を引いて攻撃を躱わした。



「あッ、あぶなッ!」

(こ、こいつ……避けやがった)


 やっぱりこいつはただ者じゃない。一発でノックアウトするつもりだった俺の目論見は外れ、真っ向勝負となってしまった。



「とんでもない爺ちゃまね。少しはなるかしらッ」


 意味深な言葉を言い放ち、今度はカシューがこちらとの距離を一気に詰める。カシューの曲刀が閃光のような速さで俺の肩目掛けて放たれる。

 俺はその斬撃を、光を纏った左手で受け流した。


「なッ────!?」


 カシューは驚いたような声を出しながらも、すぐさま複数の斬撃を繰り出してくる。胸……腹……足、その全ての斬撃を俺は何なく打ち落とす。

 

 カシューが曲刀を高く振り上げ、すぐさま俺は防御を上に移した。だがカシューの右手には曲刀が握られていない。いつの間にか持ち替えられていた左手の曲刀が、逆手のまま俺の胴体へと切り掛かる。



(速いッ!!)

 

 俺は反射的に腕で胴体を防御した。だが、防具のない部分でモロにカシューの斬撃を受けることになってしまう。響き渡る衝突音…だが俺の腕に傷は無く、カシューの曲刀には刃こぼれが見られた。



「ちょ、ちょっと! 何なのよアンタッ!?」


 驚いたカシューが喚きながら再び俺との距離を取った。俺と曲刀を交互に見比べている。


 

(こいつ……)

 

 先程からのカシューの攻撃……全て防具のあるところを狙っている気がする。俺は後方で戦っているダイコク達をチラリと見た。

 村人達は本気のようだが、傭兵達は明らかに手を抜いている。基本受けにまわっていて、攻撃しても相手の武器か防具に打ち込んでいる。レヴェナントに対しては本気で戦っているようだが。


なのか?) 

 

 屈強な鉱山夫達の攻撃をいなし続ける傭兵達の実力の高さに感銘を覚えつつ、俺はカシューへと視線を戻した。



「あ〜、アタシの愛刀が。ったく、ラブりん以来だわ。剣を生身で受け止められるなんて」

(らぶりん? 誰だ? いや、それよりも────)


「お前ら……」

「なぁに、話すことは特にないわよ」


 カシューが俺の言葉を遮る。

 

 もし、こいつらが手を抜いていることをダイコク達が知ったら……俺たちを気遣って攻撃を受けていると知ったらどうなるだろうか?

  ……きっと、攻撃できなくなる。そうなれば人質の命が危ない。こいつらはそれを見越しているんじゃ?


「お前ら……すごいよ」

「あら、褒めてくれてるの? それとも皮肉かしら?」

 

 カシューがヒビの入った曲刀を見てふふっと笑う。



「ま、初日はこんなものかしら。そろそろ潮時みたいね」

 

 そう言ってカシューは手を挙げる。角笛の音だろうか、甲高い音が短く連続的に響き渡る。その音を聞いて、傭兵達は打ち合いを止めて即座に撤退し始めた。

 俺の横をすり抜けていく傭兵達は少なからず傷を負っている。カシューが言った『潮時』というのがよく分かった。これ以上続けていたら、予期せぬ事故が起きていたかもしれない。


 カシューと目が合う。カシューは微笑みながら俺にウインクをして、撤退する傭兵達の中に消えていった。



 先程まで響いていた剣戟音は消え去り、一瞬のうちに静けさが訪れた。薄汚れてはいるが、目立った怪我はしていないようだ。


 

「おいッ、大丈夫か!?」

 

 誰かの声が戦場に響き渡る。そこには赤い鎧を着た傭兵が座り込んでいた。脚を守る鎧は砕け、血が少し流れている。


 コウタと同じくらいの年齢だろうか? その少年兵は傷口を抑えながら痛みに顔を歪めている。こんな少年が、大人の必死の攻撃を受け続けていたのか……。


 

「す、すまない……俺ッ……」

 

 少年兵を傷つけたであろう男、門番のモンゾウが我に返ったかのように少年兵に謝り続けている。人混みをダイコクがかき分け、少年兵の元へ歩み寄って行く。



「大丈夫か? 歩けるか?」

「傷は大したことないんだけど、こけた時に足首を捻ったみたいで……」


 周りに既にカザン傭兵団の姿はない。この少年兵をどうするべきか……。俺たちの陣地に連れ帰って応急処置をするか、それともここに置いて行くか。


「傷も大したことはない。ここに置いていっても、すぐ傭兵団の連中が回収してくれるだろう」


 ダイコクの提案に全面的に賛同する。俺たちが連れて行ったら、余計に話がこじれるかもしれない。



 ────だが、そんな俺達の考えは即座に否定された。耳障りな羽音と共に、セコーモが不気味に囁き始める。


『ほぉ……人質を手に入れたか』

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