第16話 恐怖襲来

 薄暗い山道を力無く進む。下を向き涙を流している者もいる。

 だがそれも当然だ。仲間を目の前で殺され、その殺した奴の命令で同胞達と戦おうというのだから。


 俺たちの背後には無数のレヴェナント達、そしてクソうるさい虫が俺達の周りを飛んでいる。



「……チッ」

「シン、抑えろよ」

「……分かってる」

 

 分かっている。分かってはいるが……この目覚め始めた感情を抑えることが出来ない。


 

 ────今すぐに、こいつらを皆殺しにしてやりたい。


 だが、タツ達が人質になっている以上それは出来ない。もし俺が暴れてタツが……いや、他の村人達に危害が及んだらタツが傷付く。今は隙を窺いながらこいつらに従うしかないか。


「ここに陣を敷こう。とはいっても、道具も何もないがな」

 

 小高い丘を登りきったところで、俺たちは歩みを止めた。ダイコクの言葉に返事をするものはいない。皆が現状に追い付いていない様子だ。


「ここなら山道を見渡せる。誰か来ればすぐに分かる」

「村長……本当に戦うのか?」

 

 村の男が泣きそうな顔でダイコクに尋ねる。


「足止めするだけだ。三日間村に近づけさせないだけでいい」

 

 納得のいく答えではないのだろう。村人達の士気は低いままだ。


「ダイコク……この道にはどんな奴らが来るんだ?」

「正直言って分からん。シロガネ族が東の山道に行くならば、こちらには大神おおみかみ様の正規軍が来る可能性もあるが……恐らくその可能性は低い。彼らは大神様を守るのが役割。都から離れるとは思えん」


「じゃあここには誰も来ないって可能性も?」

「ゼロではないな」


 同胞と戦わずに済むかもしれない。その可能性が、皆の緊張を和らげた。


「それに……もし正規軍が来ても、俺たち相手に戦うようなことはしないんじゃないか?」

 

 カイの質問に、更に皆の表情が明るくなる。


「そ、そうだよな? きっと察してくれるさ」

「事情を説明すれば三日間待ってくれるさ!」


 皆に希望が芽生えてきてるのは良いことなんだが……そもそも、三日という約束を守れば本当に奴らが人質を解放するだろうか? 三日経てば、もっと恐ろしいことが起きるんじゃないか?


 レヴェナント達が食料などの僅かな物資を俺達の元へ運んでくる。その中には地図や望遠鏡、笛などが乱雑に入れられていた。


「皆、今のうちに寝ておけよ。見張りは俺がしておく」

 

 ダイコクが望遠鏡を手に持ち、皆に睡眠を促す。だが、カイがその望遠鏡を横から奪い取ってしまった。


「俺が見てるよ。村長も休んでくれよ。いざという時には交渉に行ってもらわないといけないからな」

「カイ……分かった。そうさせてもらうよ」


 そういってダイコクは皆のいる場所へと向かった。

 カイは山道を見渡せる位置にある岩に腰掛け、望遠鏡を覗き込んでいる。俺はカイの横に座り、もう一つの望遠鏡を袋から取り出した。


「シン、お前は寝なくていいのか?」

「眠くない。一緒に見張りでもするさ」


 特に話すこともなく無言の時間が続く。望遠鏡を覗くが薄暗くて何も見えない。タツがいれば、何か来たらすぐに分かっただろうになぁ。



「なぁ、シン?」

「ん?」


「これってさ、やっぱり夢じゃないよな?」

「……」


「寝て起きたら、そこは集会所で……ケンタロウ達も一緒に寝ててさッ」

「カイ……」

「あ、はは……悪い。そうだよな……現実なんだよな……」

 

 気丈に振る舞ってはいたが、やはりカイも相当に参ってるようだ。


「カイも寝てきたらどうだ?」

「いや……村長にカッコつけたんだ。ちゃんと見張っとくよ。とはいえ、何も来ないのが一番いいんだが……」



 ★


 

 ────干物を齧ったりしながらカイと見張りを続けているが、特に変化はない。時間だけが経ち、ちらほらと寝付けない男達が俺たちの元にやって来ていた。


「今何時だろうな」

「夜は明けてるだろう」

「昼も過ぎてるだろ」

「……鳥がうるさいなぁ」

 

『おいッ!!』


 男たちの言葉が飛び交う中、突然放たれた大声に男達が顔を見合わせた。そして誰もが俺じゃないと首を振っている。



『こっちだ!!』

 

 声がする方を向くと、そこには薄汚い虫が岩の上に張り付いていた。



『何かがこっちに向かってきている! 望遠鏡を見ろッ!!』


 ……この虫喋るのかよ。

 増していく嫌悪感に吐き気を催しながら、渋々望遠鏡を覗いてみる。


 

「お前らの雲のせいでよく見えねぇよ」

「おいおいシン……あまり挑発するなよ」

 

 カイが恐る恐る望遠鏡を覗き込む。


「ん? 確かに何か見えるな」

「マジで?」

 

 ……確かに何かが動いてるように見える。だが、俺の視力が悪いのかはっきりとは分からない。



「言ってた正規軍か?」

「いや、多分違う。正規軍の神威衆かむいしゅうは白装束だしな。赤色が見える……もしかして阿修羅忍軍か? ……待て、旗が見えそうだ」


 口を開けたままカイが必死に旗とやらを確認している。俺としては、神威衆とか阿修羅忍軍ってやつの方が気になるんだが。



「なッ! あ、あれはッ!?」

「ど、どうした?」


「あれは……カザン!!【全滅のカザン】の旗じゃねぇかッ!!」


 カイの言葉に周りの男達が騒ぎ出す。その騒ぎを聞きつけて、ダイコク達もこちらへやってきた。


「おい! 全滅のカザンだと!?」

「ま、間違いない。漆黒の旗に血で描かれた様な鬼の顔……カザンの旗だ」


 ダイコクが、呆然とするカイから望遠鏡をふんだくり山道を確認する。



「た、確かに。周りには木と流水の紋章旗……『パラディオン』の紋章旗だ。間違いないだろう」

 

 どうやらその『カザン』ってやつで間違いないようだが……そんなにやばいやつなのか? 皆の怯え方が尋常じゃないぞ。


 

「ダイコク、そのカザンってのは?」

「パラディオンお抱えの傭兵団だ。パラディオンとは同盟関係にあるから、有事の際はこちらに来ることも考えられたが……あまりにも早すぎる」

 

 パラディオンという名は以前聞いている。そして……滅茶苦茶強い傭兵団を雇っているということも。もしかして、それがあいつらなのか?

 

「で、でもよ! パラディオンからここまでは最短でも三日かかるんだぜ? なんでここにいるんだよ!?」

「に、偽物じゃないのか?」


 男達の問いにダイコクが望遠鏡を覗きながら答える。



「深紅の鎧を着た武者が巨牛に跨っている。あれが噂に聞く【荒神ダイン】 か……」

「ほ、本物なのか?」


 男達の顔が青ざめていく。なんなんだ、お通夜ムードになってるぞ。


「おい、そんなにやばいやつなのか?」

「カザンの武勇伝は海を超えてこの国へ、いや……世界に広がっていると言っていいだろう」


 ダイコクがやっと双眼鏡から目を離し、こちらに顔を向ける。


「ライヴィア王国は内乱に乗じて隣国のライザールに攻められている。誰もがライヴィアの滅亡を疑わなかった……でも違った」


 ゴクリと喉を鳴らすダイコクの手が、小刻みに震えている。


 

 「カザンだ。カザンの存在が、この戦争の結末を狂わした。突如戦場に現れたカザンは、自らを鬼神オニガミと名乗り、反乱を起こした貴族達を次々に粛清して行った。国のあちこちに築き上げられたライザールの拠点も、ほとんどがカザンに破壊されたらしい。今では戦局は一転、ライヴィアが優勢だと言う。そして……カザンと敵対して生きていたものはいない。敵は全員殺されている」


「み、味方ごと敵を吹き飛ばしたとも聞いたぞ!?」

「降伏の使者の首を撥ねたらしい……」

「一万のレヴェナントを一人で皆殺しにしたって!」


 言うなれば救国の英雄と言ったところだろうか。だが、男たちの情報はどれもこれもがおっかない内容だ。


 

「本国が戦争中だというのに、なぜアマツクニにいるんだ? ……既にこの国にいたのか? し、しかし一体なぜ────?」

 

 あのダイコクですらが、この状況に混乱しているようだ。

 俺は再び望遠鏡でそのカザンとやらを見てみる。さっきよりは距離も近づいていて、朧げながら見えてきた。


 


 ────漆黒の旗に、燃えるような鬼の顔が描かれている。それはまるで 『鬼ヶ島』 を彷彿とさせた。大きく開けられた鬼の口が、生きとし生ける物全てを喰らい尽くす……そう告げているようだった。

 そしてその旗の下には、血のような深紅色の鎧を着た男が、黒金の鎧を装備した巨牛に跨っている。

 

 兜のせいでその顔を見る事はできない。だが、人を威圧するその旗と見た目に、ダイコク達が言っていることは決して大袈裟ではないことが分かった。



「最悪だ……なんでこんなことに……」

 

 ダイコク達が全てを諦めたかのような顔になっている。どうやら俺たちにとって、最悪の相手がここに来たようだ。

 

 だが、俺は諦めるわけにはいかない。

 タツを救うためにも……誰であろうとここを通す気はないッ!!

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