第15話 シンのいない夜
僕は今、鉱山街にある牢屋に閉じ込められている。
イズモ村には似つかわしくない大規模な牢屋の数。昔は他国から多くの人間がこの村にやって来たと言っていたけど、治安の悪さが目に浮かぶようだ。
村での行動が目を付けられたのか、僕は独房に入れられた。部屋は素っ気無く、四角い壁と床、天井が僕を取り囲んでいる。高い位置に設けられた小窓には鉄格子が嵌められている。とは言っても、外は厚い瘴気雲に覆われているから光など差し込んでは来ない。ずっと夜みたいだ。
村での惨劇からどれほど経っただろう。この独房から見える外の景色は変わり映えがない。今が何時なのか、夜は明けたのか、全く分からない。時折聞こえてくるのは、子供の泣き声位のものだった。
正直なところ、ここから脱出するのは簡単だ。この程度の壁なら僕でも壊せるし、鉄格子を焼き切って飛んで逃げるのもいい。僕の体なら小窓も通れるだろう。
────でもそれはできなかった。ヴィクターの一人であるセコーモの虫が、僕を監視しているのだ。それも入り口の外の壁に張り付いて、ずっと僕を見ている。
僕が確認できた虫の数は全部で八匹。ここに一匹、この建物の外に一匹、坑道にプラームと共に一匹、イズモ村に二匹、バジク・グリジャスがいる東の山道に一匹、そしてシン達がいる南の山道に二匹だ。セコーモ本体は集会所にいるみたい。
これだけの虫の目を掻い潜るのは……正直無理だ。もし僕が逃げ出したことがバレたら、別の牢屋に入れられている子供達が犠牲になるだろう。ヴィクター達の言葉は、既に脅しではないと証明されているのだから。
シンは大丈夫だろうか……村でのシンの様子は普通じゃなかった。無茶しなければいいけど。シンに向かって大丈夫とは言ったものの、今すぐにシンの元に飛んで行きたい。でも……今の僕にできるのは、ここで皆の位置を確認することくらいだった。
『おい』
壁に張り付いている気持ちの悪い虫を見る。この虫、何が気持ち悪いって────
『おい、何を見ている』
……そう、喋るのだ。見た目も相まって気持ち悪さ倍増だ。
「……何が?」
『部屋を見回してただろう。逃げようとしても無駄だぞ』
「そんなことしないよ」
『まぁいい。ところで小娘、お前は
「僕は男だよ」
『何ッ!? ってことは男のA・Sなのか!?』
虫がえらく狼狽している。そういえば男のA・Sって存在しないんだっけ?
「僕はそのA・Sってやつじゃないよ。見てたでしょ? 僕は……友達の傷も……」
『何だ違うのか。もしそうなら仲間にしてやろうと思ったんだが』
仲間? ……冗談じゃない。こいつらの仲間になる位なら死んだ方がマシ────。
……むむ、待てよ。彼らの仲間になるフリをするというのはどうだろう? でも、今A・Sであることは否定してしまった。何か他に交渉の材料になりそうなものはないだろうか?
『とはいえ、お前はあのヤバそうなジジイの身内みたいだからな。奴への対抗策として大切に保管しといてやるよ』
「シンだよ。僕の名前はタツ」
『お前達の名前なぞどうでもいい。どうせ三日後までの命だ』
「三日経ったらどうなるの?」
『くくく。どうせ逃げられないんだ、教えてやろう。俺が坑道に設置した 『地獄炉』 は、ライザールの神 【テクノス】 がいる地獄への道を繋げているのさ』
(テクノス……それが黒幕? っていうか
『だが、あの地獄炉は小型でな。テクノスがいる地獄の最深部までは届かない。十層の内せいぜい三層までだろうが、まぁ十分だろう』
「道が繋がるとどうなるの?」
『この辺一帯が地獄と化す』
「じ、地獄?」
『そうだ。この村がライザールの前線基地となり、アマツクニ侵攻への足掛かりとなるのだ。テクノスが所持する強力なレヴェナント達を呼び出し、地獄の城塞が生成される』
……これは、かなりマズイんじゃないだろうか? 三日以内にその地獄炉を何とかしないと、あのレヴェナント達が更に増えるというのだ。
それにしても分からない事がある。彼らは一体どこから来たのだろうか?
「ねえ、おじさん達はどこから来たの? いきなり村に現れたようだけど……」
『くくく、それは秘密だ。まぁ他国の協力があったと言っておこうか』
もしこの世界に地獄というものが存在しているなら、彼らはそこを通ってきたのだろうか? コウタも『黄泉の道』とか言ってた気がする。でも、その道はスサノオ様が守っていると言っていた。ってことは、他国の協力でスサノオ様の監視の目を潜ってきたってことなのかも。
『……ちょっと待て。『いきなり村に現れた』だと? 小僧、貴様どこにいた? 村にはいなかったはずだ』
「………」
し、しまった! 見た目が虫だから知能は低いと思っていたけど、思ってたより鋭い!! 僕がシン達と共に外から来た事に気付いている。
『おい、答えろ』
「えーと……」
そうだ! これを交渉の材料にするのはどうかな!?
「じ、実は僕……人のいる位置が分かるんだ」
『何? 共鳴魔法か?』
「共鳴魔法……? よく分かんないけど、人の位置が見えるんだ」
ここに来て初めてシン以外から『魔法』という言葉が出てきた。僕の能力が魔法なのかどうかは分からないけど、色が分かるとかの詳細はぼかしておこう。
『魔力感知か? 小僧、本当なのか?』
「本当だよ。おじさんの虫もどこにいるか分かるよ」
そう言って僕は虫のいる方向を指差し、その数をセコーモに伝えた。
『なッ……どうやら本当に見えてるようだな。これはとんだ掘り出し物だぞ』
セコーモの反応は悪くない。いや、寧ろ良いと言える。
『タツと言ったな? 山道にいる俺の虫が見えてるということは、敵の動向も感知できるのか?』
セコーモが僕の名前に興味を示した。正直こいつに名前を呼ばれるのは不快だけど、関係が進展したし良しとしよう。よしッ!
「集中すれば遠くも見えるよ」
『俺の虫は視野は広いが、視力は良くない。遠くを見ることが出来なくてな。悪いが見てくれないか?』
僕に頼み事まで……もう一押しでここから出られるかも。
「いいよ、じゃあ東の山道から」
バジク達のいる東の山道を見る。バジク、グリジャス、そして三千体ほどのレヴェナント。その先に続く山道を見てみるけど、動物以外に光は見えない。
それにしても……すごい数のレヴェナントだ。村に残った分や、南の山道にいるのも合わせると一万体近くいるんじゃないだろうか。
「東にはまだ誰も来てないね」
『そうか。では南はどうだ?』
セコーモの言葉に従いシン達がいる南の山道を見る。レヴェナントが五千体ほど。シンやダイコク村長、カイさん達が小高い丘の上に視える。そして僕はその先へと視線を進めた。
────あれ、変だなぁ……光が感じられない。いつもは森の中には何かしらいるのに。
『どうした?』
「いや、動物がいなくて……」
『動物?』
「ちょっと待って、沢山移動してる。何かから逃げてるのかな?」
『そういえば、鳥が騒がしいな』
────冷や汗が僕の頬を伝う。何か……何かがこちらに向かってきている。僕は震える手を抑えながら、更に山道の先へと意識を集中させた。
「ひッ……!?」
────こちらに向かってくる一団……数は恐らく五百人程。でも、問題は数じゃない。
その一団の先頭を進む一人の人間……いや、もはや人なのかも分からない。
マグマを彷彿とさせるような巨大な深紅の魂には、シンと同様金色の光を纏っている。でも、その金色の光を掻き消さんとする程の赤黒い闇が、とめどなく魂から溢れ出している。
影鬼? レヴェナント? ヴィクター? そんなもの……アレに比べたらどれも幼稚に思えてしまう。
【地獄】────そう、アレは地獄そのものだ。その圧倒的な魂に僕の身体は震え、歯がガチガチと鳴るのを止める事ができない。
『な、何だ? 何か見えたのか!?』
「な……ナニかがこっちに来てるッ……」
『なにか? なにかって何だ!?』
「分からないよッ! 早くッ……早く逃げてッ!!」
『ばッ、馬鹿言うな! 敵が来たなら、それを撃退するのがあいつらの役割だ!』
(────シンッ!!)
地獄が近づいてくる。
シンに向かって、光を蹴散らしながら。
僕はその光景を、ただ見ている事しか出来なかった。
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