第4話 治癒士としての力量

 テントから出た私は、太陽の光に目を眩ませた。……なんだか随分と久しぶりに日光を浴びた気分。


 周りを見渡すと、傭兵らしき人達がちらほらといる。彼等は私の姿に気付くと声を掛けてきた。



「よぉ、お嬢ちゃん! 怪我はもういいのかい?」

「は、はい。色々とありがとうございます」


 正直男性には未だに恐怖心が残っている。でも、気さくに話しかけてくれたこの人達に失礼な態度は取れないと、ペコリと頭を下げる。



「俺たちは何もしてないよ。それに……色々と助けられなかった」

「……すまない」


 今度は彼等が私に対して頭を下げてくる。私は慌てて彼等の元へ走り寄る。



「や、やめてください。皆さんが来てくれなかったら……私は死んでいました。本当にありがとうございます」


 私は1人の傭兵さんの手を優しく握る。



「そ、そうかい? そう言ってもらえると……」

「おい! 何照れてんだよ!!」

「お嬢ちゃん! 早く離れろ!!」


 周りにいた傭兵さん達が賑やかす。その明るい空気に、つい私も微笑んでしまう。そして握った手を離そうとした時、その手に包帯が巻かれていることに気づいた。



「怪我してるんですか?」

「え、あぁ……ちょっと切っただけさ」


「もし良かったら、私に診せてもらえませんか?」

「え……い、いいけど」


 了承を得た私は包帯を解いていき、傷口を診る。少し切っただけと言ったその傷は、手の平に大きく斜めに刻まれており、僅かな出血、そして傷口が化膿し始めている。


 私は迷わずその傷口に自分の手を合わせる。



「お、おい。汚いからあんまり──」

「大丈夫ですよ」


 心配する傭兵さんに微笑みかえし、私は手に魔力を集中する。私の手が、淡く光り始める。手に集まった “熱” が、傭兵さんの傷口へと流れ込んでいく。

 手を離し傷を確認する。痛々しかった傷は、見る影も無くなっていた。



「すッ、すげえぇ! 傷が綺麗さっぱり無くなってる!!」

「これが本場ソレイシアの治癒士の力か!?」


 治癒を受けた傭兵さんも、周りの傭兵さん達も皆が感嘆の声をあげている。私がソレイシア出身の治癒士だということは既に広まっているようだ。



「お嬢ちゃん! 俺も診てくれないか!?」

「待てよ! 俺の方が重症だぞ!!」


 一斉に私に詰め寄ってくる厳つい傭兵さん達。……やっぱり少し怖い。


 

「あ、あの……順番に診ますから────」

「何の騒ぎだ?」


 私の背後には、龍を模した仮面をつけた長身の男性が立っていた。いつ背後に立たれたのか……私でも分からなかった。



「ガウロン隊長。いや、この子が傷を診てくれるって」

「…………」


 ガウロンさんが無言のまま私の顔を見る。……仮面で分からないけど、多分見てる。



「ガウロンさん、ですか? 私、フラウエルって言います。パン粥美味しかったです!」

「手解きはしたが、作ったのはオウガだ。礼ならあいつに言え」

「え……」


 てっきりガウロンさんが作ってくれたのだと思っていたけど、まさかオウガ様が作ってくれてたなんて……。あの鎧姿で作ったのだろうか?


 

「身体はもう大丈夫なのか?」

「は、はい。おかげさまで!」


 なんて言うか、ガウロンさんって見た目は怖いし、口数も少ないけど……すごく優しい人な気がする。側にいると、なにか癒される感じがする。



「こいつらはほっといて構わない。もし良ければ、1人診て欲しいやつがいるんだが」

「はい。私でよければ……」

「そ、そんなぁ……たいちょおぉぉ〜」


 嘆きの声に後ろ髪を引かれながら、私はガウロンさんに連れられて一つのテントへとやってきた。



「プロディ、入るぞ」


 中には、全身に包帯を巻き付けた男性が横たわっていた。包帯のあちこちに血が滲んでいる。その男性はガウロンさんに気付くとゆっくりと身体を起こす。



「が、ガウロン隊長……すんません、気づかなくて」

「そのままでいい。フラウエル……だったな。こいつを診てやってくれないか?」

「……何があったんですか?」


「何かに引火したみたいでな、爆発した家のすぐ側にこいつがいたんだ」

「へへ……いや、ほんとに……運が無いことで」


 おどけて見せてはいるが、その声は掠れており、包帯の隙間から見える肌は焼け爛れている。包帯をほどく必要も無い程に、彼が重症だということはすぐに分かった。



「破片が身体中に食い込んでいる。大きいものは取り除いたんだが……正直俺達では手に余る」

「……少し、我慢して下さいね」


 私は包帯の上から、プロディさんの胸に触れる。そして、魔力を身体中に行き渡らせる。



「ッッぐ……うぅ……」


 私は、身体に侵入した破片の全てを────自分の身体へと吸収していく。



「おい、何をしている? 破片を取り除かず傷口を塞いでしまったら──」

「大丈夫です。私に任せてください」


 キッパリと言い放った私の言葉に、ガウロンさんが押し黙る。


 

 


 私は、両親にすら黙っていたことがある。


 A・Sオールシフターは、他者に自分の魔力を与えることができる。そして、逆に相手の魔力を吸収することもできる。でもそれは、相手が人間の場合に限ること。


 でも私は、人間以外の物体からでも魔力を……いえ、物体そのものを自分の身体に取り込むことができた。


 A・Sの治癒も万能ではない。大きく開いた傷口は縫合しなくてはならないし、異物は除去しなければならない。脳の損傷などは治したとしても、その人は廃人のようになってしまう。


 だからこそ、A・Sである治癒士は医師とペアを組んで医療行為にあたる。治癒士の治癒とは、あくまで医師の補助……患者の回復を短縮させてるに過ぎないのだ。


 医師である父が患者を診て、処置を施す。そして私が傷を塞ぐ。私達だけではない、どの医師団もそうしている。私もその流れに逆らわぬよう……和を乱さぬために──この “力” のことは黙っていた。



 でも……もう父はいない。この人を救えるのは、私だけ。

 なら私は────



 

 熱くなった手を、プロディさんからゆっくりと離す。



「どうですか?」

「う、嘘だろ……こんなことが……」


 プロディさんは、手を震わせながら自身に巻きつけられた包帯をほどいていく。



「な……治ってる……息をする度に激痛がはしってたのに…………」


 その声は震えていたが、さっきまでのような掠れた声ではない。包帯の下から出てきた肌も、健康的な男性の肌そのものだった。



「ありがとうッッ……ありがとう!…………これで……また戦える」


 涙を流し、私の手を力強く握りしめてくる。

 

 “また戦える”


 この言葉に、胸が締め付けられる。あの男達の顔が脳をよぎる。そして、彼をまた戦いに向かわせることになる……そんな罪悪感が私の心に押し寄せた。


 返答できずに下を向いた私の肩を、ガウロンさんが優しく叩く。



「ご苦労だったな、フラウエル。お前が治療してくれなかったら、こいつはここで死んでいた。礼を言わせてくれ」

「えッ……い、いえ……」


「プロディ、お前は念の為今日はこのまま休んでいろ。2日後には【ネブラーム高原】に向けて出立する。今のうちに休んでおけ」

「へ、へい……もう動けそうなんだけどなぁ」


「駄目だ。フラウエル、お前も休んだ方がいい。重症患者の治癒はかなり魔力を消耗すると聞いている」

「私なら大丈夫です。……さっきの人達を診てきますね!」


 そう言って私はそそくさとテントを後にした。



 “彼等を死なせたくない“ ──そう思って治療したのに……私はまだ悩んでいる。

 

 私が治した彼が、今後悪事を働いたら……戦争でまた傷付いて死んでしまったら……私の行為は何だったの?


 ──そんな馬鹿なことを考えてしまう。


 父の想いを台無しにしたくない。私はその馬鹿な考えを振り切るために、ひたすら治癒行為に勤しんだ。



────────────────────



「オウガ」


 オウガのいる幕舎に、ガウロンが神妙な雰囲気でやってきた。周りには誰もおらず、オウガは書物から目を離さずに話しかける。



「どうしたガウロン。何かあったのか?」

「あの少女……フラウエルの治癒を見た」


「そうか、どうだった?」

「フラウエルは、ただのA・Sではない」


「どういうことだ?」

「彼女は破片を取り除かずに、プロディの傷を治した。だが、奴の身体に破片は見当たらなかった」


「…………破片をフラウエルが取り除いたのか?」

「俺には様に見えた。しかも、患部に触れずに胸に触れていただけでだ」


「その破片がフラウエルの “レゾン“ だという可能性は?」

「俺がプロディの身体に食い込んだ破片を取り除いた時、少なくとも4種類の破片が混在していた。その全てが、偶然彼女の “レゾン” だと思うか?」


「…………」

「しかも彼女は、プロディを含めて30人以上の仲間に治癒を施している。熟練の治癒士ですら、重傷患者1人を治せば疲弊すると聞いているぞ。並の魔力量ではない」



「ふふ……」

「……?」


「ふふふ……ははははははッ」

「オウガ?」


 白銀の兜を手で抑えながら笑い始めたオウガに、ガウロンが少し困惑する。


 

「はははッ!まただ、まただよガウロン。また、俺達の元に新たな “力” がやって来た」

「…………」


「やはり偶然なんかじゃない。何か大きな “存在” が、俺達に戦ってほしいと言っているのさ」


 興奮したように、立ち上がるオウガ。だがすぐに息を吐き、静かにガウロンの肩を叩く。


 

「世界は変わろうとしている────俺の言った通りだろ?」

「ふ……そうだな。【時のレガリア】──お前のはよく当たるからな」



 夜の帳、薄暗い幕舎の中。オウガの剣が、まるで星のように神聖な輝きを放っていた。

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