第3話 これからの生きる道
私は今、持って来てもらったパン粥を口に運んでいる。──暖かく、甘い味付けの中には仄かに香辛料の香りが。パニックになっていた私の頭を、その香りが優しく慰めてくれるかの様だった。
「美味しい?」
「はい……これはあなたが?」
私の目の前には怖そうな……ではなく、凜とした女性が荷物に腰をかけ、こちらを見ている。オウガと名乗った白銀の騎士さんはどこかへ行ってしまった。
「いや、私じゃないよ。ガウロンっていう奴が作ってくれたんだ」
「そうですか。後でお礼言わなくっちゃ……」
最後の一口を口にいれ、スプーンを器に静かに置く。
「……ご馳走様でした」
「よかったよ、食べれて。傷は治ってても色々としんどいだろう? しばらくここで休んでるといい」
そう言ってオルメンタさんが食器を持って出て行こうとする。
「あ、あのッ……オルメンタさん?」
「“さん” はいらないよ。見た感じ年齢も近いんじゃないか? 敬語もいらないよ」
「え、えと……それじゃあ……オルちゃん?」
「お、オルちゃん?」
……私はいきなり何を言っているのだろうか。怖い人かと思ったが、意外にも優しいその言動に少し浮ついてしまったのかも。
「ご、ごめんなさい! 呼び捨てもどうかと思ってッ……あの……」
「ぷッ……あはは!いや、いいよオルちゃんで。姉妹にそうやって呼ばれてたから、つい懐かしくってね」
「姉妹がいるんだ?」
「あぁ、今は離れ離れだけどね。血も繋がってないし……って私のことはいいんだ、どうしたフラウ? ……私は “ちゃん” はつけないよ」
ニヤリと笑うオルちゃんに釣られて私も微笑み返す。……でもすぐに顔は笑顔を失ってしまう。
「村の人達は……私の両親はどうなったの?」
「残念だけど、生き残ったのはフラウだけだ」
「……そう」
────分かってはいた。でも認めたくなかった。実は生きているんじゃ……その僅かな望みに賭けたかった。断たれた希望に、私はまた涙を止めることができない。
「フラウ、こんな時に聞くのも気が引けるんだけど……これからどうする?」
「え……」
「私達は傭兵だ。戦場を転々と渡り歩いている。2日後にはここを発つ予定だ。フラウはソレイシアから来たんだろう? 故郷へ帰る?」
「故郷……」
故郷へ帰る……そんな当たり前の言葉に疑問が生じる。私にとっての故郷、それはソレイシアではない。父と母がいる医療団こそが、私にとっての故郷だったのだ。
でもその医療団はもう存在しない。私は帰る家すら無くして、独りぼっちなのだと痛感する。
「フラウ……もし良かったら私達と来ないか?」
「…………」
「私達には従軍医師がいない。治癒士なんてもってのほかだ。フラウは治癒士なんだろう? 私達と来てくれるとすごく助かるんだけど……」
「…………また戦争するの?」
「……そうだね。そうなる。内乱はほぼ鎮圧したけど、まだライザールが残っている。私達はこれから、その拠点の一つを潰しに行くつもりだ」
「私……戦争が嫌い。戦争をする人も……」
そう言いかけて下を向く。私は今……命の恩人を侮辱しようとしている。でもオルちゃんは、そんな私に優しく微笑んでくれた。
「無理もないさ、こんな酷い目に遭わされたんだから。あ、ちなみにフラウに暴力振るった男達は、もうこの国にいないから。フラウの身体に触れる前に間に合ってよかったよ」
オルちゃんが再び近くの荷物に腰を下ろす。
「みんながフラウみたいに戦争が嫌いだったらなぁ。……でもねフラウ、世界には人の苦しむ顔が見たくて、わざわざ戦争を引き起こす奴もいるんだ。私達はそんな奴等と戦ってる」
「…………あのオウガ…様も?」
「勿論だ。フラウはオウガ様の “レガリア” に触れただろ? ならオウガ様の考えが分かったんじゃないか?」
【レガリア】────それは己の魂を具現化した武器。神によって与えられた王の力……見たのも、ましてや触ったのも初めてだ。
レガリアは、元々はある国が発祥で、王位争奪の為に神に選ばれた人間が手にする力だと聞いたことがある。
人の魂には型がある。その型は千差万別で、相入れる事は基本有り得ない。私達、
そして人の魂は、この世に存在する "ナニか" と共鳴することがある。それは火であったり、水、風など様々だ。
魂に共鳴するものを【
自分がA・Sであることに気付かず一生を終える者がいるように、自分のレゾンに気付かない人達も多い。いや、むしろ気付く人達こそが希少だと言える。勿論、私も自分のレゾンが何なのかは分かっていない。
世界に存在する、森羅万象のモノ達……星の数程あるその中から自分に合ったレゾンを見つけるなど、一体どれほどの確率なのだろう。余程身近にあるものでもなければ、神様に啓示でも受けなければ分からないだろう。
そして、自身のレゾンを理解したうえで、その特性を最大限に引き出した魂の武器・防具──それがレガリア。
「魂であるレガリアは本人にしか持つことはできない。もし持つことができるなら、それはよほど波長の合った人間かA・Sのみ。そしてレガリアは魂の情報、“記憶” を有している。A・Sのフラウは剣を持った時、何か視えたんじゃないか?」
「…………」
私は、静かに頷いた。
「ま、何が視えたのかは聞かないでおくよ。プライバシーもあるしね」
「……ありがとうオルちゃん」
私の顔を見て、オルちゃんは再び立ち上がり出て行こうとする。
「さっきの話……考えといて。後でまた食事持ってくるよ」
そう言ってオルちゃんはテントから出て行ってしまった。話し相手が居なくなり、私は再び布団に横になる。
(これから……どうすればいいんだろう)
静まり返ったテントの中で、私はこれからのことを考える。
私は独り。ソレイシアに帰っても、私を待っている人は誰もいない。
A・Sとして国に重宝はされるだろう。でも……今までと同じように治癒士として働けるだろうか? 私は今、誰彼構わず治癒することに疑問を抱いてしまっている。国に言われれば、例えどんな悪党でも治癒しなければならない。私に耐えられるだろうか……?
それに正直な話、私はソレイシアが好きではない。治癒士としての信念と、国の方針が相反するからだ。
「ふふ」
つい自嘲気味の笑いが出てしまった。
治癒士としての信念? それは、分け隔てなく治癒を施す慈愛の精神。善悪で治癒すべき人たちを分けようなどと考えた今の私には、程遠い信念だ。
何が相反する、だ。お金で患者を選ぶソレイシアと何が違うのだろう。
────ダメだ。自暴自棄になっているのかも。考えることが全てマイナスになっている。頭を切り替えて、これからのことを考えよう。
彼女達に付いていけば、 少なくとも治癒士として私は活躍できるだろう。でも、どちらにしろ待っているのは戦いの日々。昨夜の出来事を思い出すだけで、呼吸が乱れ手が震えてしまう。
戦争は悪、戦争をする人も悪。
……そう思っていた。でもその戦争の中には一人一人想いがあって、心を殺して戦っている。そういう人がいるのだと知った。
他者から見れば、それは悪にしか見えない行動。でも私には────
このまま戦いが続けば、いずれは死んでしまうのかもしれない。オウガ様も……オルちゃんも。
「あの人達を……死なせたくない」
未だ考えはまとまらず、決心もつかない。でも……この想いだけは本物だと信じて、私は立ち上がる。
『この子なら──僕よりもっと多くの人を助ける事ができる』
────父の想いと共に、私はテントの外へと向かって歩き出した。
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