第5話 叙任式

「え、 この傭兵団の団長ってオウガ様じゃないの?」

「あぁ、オウガ様は私達の雇い主だ」


 私がこの傭兵団の拠点に来て1日が経った。昨日の時点で怪我人の治癒を全てこなしてしまった私は、今日は手持ち無沙汰になっていた。そんな私を見かけたオルちゃんが、剣の稽古に誘ってくれたのだった。


 剣なんて振ったこともなかったけど、身体を動かして頭のモヤモヤを少しでもスッキリさせたい……そう思ってオルちゃんの誘いに乗ることにした。今は倒木に腰掛けて、水を飲みながら休憩中だ。



「じゃあ団長さんは今どこにいるの?」

「団長は別件でね。2部隊率いて他国に行ってるよ」


「どこに行ってるの?」

「それは機密事項さ。フラウが私達の仲間になってくれるなら教えてやれるんだけどなー」


 オルちゃんは頬杖をつきながら、私の顔を見つめてくる。



「か、考えてるよ……」

「まだ考えてるの? 明日には私達行っちゃうよ?」


 オルちゃんの言う通り、遅かれ早かれ明日までには決めなければならない。この人達と一緒に行くか……行かないかを。



「ま、そんな簡単には決められないか。……私も悩んだからなぁ」

「……? オルちゃんも傭兵になるか悩んだの?」



「あぁ。私、元々 “ライザール” の人間なんだ」

「……え?」

 

 ライザールは、今このライヴィア王国に攻め込んできている国の名前。敵国の人間が仲間になる……無くはない話だとは思うけど。でも、元々この戦争はライヴィア王国の圧倒的不利から始まった。滅亡寸前とまで言われた国に、どうしてわざわざ……。



「私に姉妹がいるって言っただろう? 4人姉妹なんだ。あ、ちなみに私は三女なんだけど。私はライザールの “レヴェナント” を率いてライヴィアに攻め入ったんだ」


 

 レヴェナント──人間の死体へ無理矢理に魂を憑依させた、ライザールが使役する幽鬼兵。もっとも、肉体と適合しない魂は一体化することなく、肉は腐り、魂と共に歪になっていく。

 使い捨ての駒のような存在……でもその見た目と、殺されれば自分もそのような姿になってしまうという恐怖とプレッシャーが、相手にはかなり有効らしい。

 


「そこで運悪く……いや、運良くか。戦ったのがオウガ様達だったんだ」

「ど……どうなったの?」


「ま、早い話がコテンパンにやられてね。私も……死んじゃおうと思ってたんだ」

「…………」


「元々、こんな侵略戦争に気乗りなんてしなかった。他の姉妹3人の行方も分からない。でも生きてる限り、戦い続けなければならない。……なんか疲れちゃってね。あえて剣を受けようとしたんだ」


 オルちゃんが手に持った模造刀を、空に掲げる。



「でも、私の身体に剣は届かなかった。オウガ様と団長が、私を救ってくれたんだ。殺してほしいって言う私を無視して、 “一緒に来い” ……だってさ。笑っちゃうだろ? 会ったばかりの敵に対してさ。でも、嬉しかったなぁ」


 オルちゃんの綺麗なオッドアイが、微かに潤んでいる。その表情は優しく……その出来事が彼女に救いを与えたのだということが、私にもよくわかった。



「ま! なんだかんだあって、私は今4番隊の隊長 兼 参謀として頑張ってるってわけよ」


 胸を張り、その慎ましい胸をドンと叩く。


 

「今ではウチには無くてはならない存在ってわけだ」


 突然後ろから聞こえてきた声にオルちゃんがビクリとする。


「お、オウガ様ッ、いつからそこに??」

「オウガ様、昨日はパン粥ごちそうさまでした」


「え!? 結局オウガ様が作ったんですか!?」 

「そ、そうか、それは良かった。……ガウロンめ、言うなと言ったのに」

「え?」


 最後にオウガ様が何か呟いたのだけど、よく聞こえなかった。



「いや、何でもない。2人が稽古してたのが見えたんでな。もう終わりか? 」

「はい、明日に差し支えるといけないので」

「そうか。フラウエルの腕前はどうだった?」


 オウガ様がオルちゃんに尋ねる。……私、剣を振ったのは今日が初めてなんだけど。



「それが、こう見えて中々筋がいいんですよ。意外に力もあるし、やっぱりA・Sオールシフターってのは地力が違うんですかね?」

「え……ほ、ほんとに?」


「意外といえば……これッ。こんな大人しそうな顔して持つもん持ってるんですよ」

「ちょ……ちょっとオルちゃんッ」


 オルちゃんが私の身体を弄ってくる。



「くそぅ……A・Sってのはみんなこうなのか……」

「知り合いにA・Sがいるの?」


「さっき言ってた私の姉妹……1番上の姉がA・Sだった。むかつく身体してたよ」

「む、むかつく身体って……」


「あぁ、フラウは違うよ! フラウと一緒にいるとむしろ癒されるっていうか……心が落ち着くんだよね〜」


 オルちゃんが私に体重を預けてくる。……少し重い。


 

「ふふ、それらもA・Sの特性の一つだ。強靭な肉体に強大な魂。そして相手の魂に同調することで、相手に癒しを与えるらしい」


 オウガ様の言葉に、オルちゃんは眉をひそめている。そして私は自分の体を確かめる。強靭な肉体=スタイルがいい、ってことなのかな? あぁ、いや……別に私のスタイルがいいと言ってるわけじゃなくて────



「そうなんですか? 私……姉とは喧嘩ばっかりしてましたよ?」

「喧嘩するほど仲がいいってね。意外と喧嘩を楽しんでたんじゃないのか?」


「……そうかも、しれません」


 下を向き呟くその顔には、僅かだが笑みが見られた。

 


「心配するなオルメンタ。その姉にも……すぐ会えるさ」 

「占いですか?」

「ふふ、そうだ」


 占い? よくは分からないけど、オルちゃんの顔が元気になったように感じる。



「そうだ、フラウエル。少し話があるんだが……」

「え? は、はい」

「じゃあ私は先に戻っておくよ。フラウ……またね」


 そう言ってオルちゃんは私とオウガ様を残して行ってしまった。オルちゃんを見届け、オウガ様が倒木に腰かけ話し始める。


 

「フラウエル、プロディ達を救ってくれたんだってな。遅くなったが礼を言わせてくれ……ありがとう」


 オウガ様が私に深々と頭を下げてくる。


 

「そ、そんなッ……私も命を助けてもらったんです。これぐらいのことは……その……」

「……何か悩んでるのか?」


歯切れの悪い私に違和感を感じたのだろう。



「…………怒らないで聞いてくれますか?」

「あぁ。よかったら話してくれないか?」


この人なら……私の迷いを消してくれるかもしれない。そう思い、私は意を決して話し始めた。


 

「私が助けた人達に両親を殺されました。私たち治癒士は怪我人を治すのが本分、患者を選り分けるなんてしちゃ駄目なんです。でも……今では後悔してます。助けなければよかった、って」

「…………」


「でも、また同じような状況になったら……多分助けちゃうと思うんです。その後のことなんて考えずに、目の前の命を助けようと頑張ると思うんです。私はそれが怖い……助けた人が悪人だったら……私のせいで人が殺されたら……そう考えてしまうんです」


 助けたいのに助けたくない。そんな矛盾した考えを、思ったままオウガ様に口にしていた。父の想いを胸に、決心してテントから出てきたはずなのに……自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。


 

「フラウエル、君が助けてくれたプロディ……妻がいるんだ。しかもお腹には赤ちゃんがいる」

「……え?」


「フラウエルのおかげで、訃報を知らせなくて済んだよ」

「そう……ですか」


 そうか、結婚してたんだ……あの人。



「俺たちは戦場で常に命の危機に晒されている。死んでいった者も、怪我をして離脱していった者も多い。フラウエルのおかげで……彼らはまた戦える」

「でもそれはッ──」


「それが彼らの選択だ。それを止めることは俺にも君にもできない。だからフラウエル、君がその後の事を気に病む必要はないんだ」

「……はい」


「少なくとも、俺の仲間たちに君の慈愛の精神に砂をかける様な悪党はいない。みな、家族の為に戦ってるからね」

「家族の為に……オウガ様もそうなんですか?」


「……俺のはそんな崇高な考えじゃない。自分のエゴの為に戦っているだけだよ」

「ふふ、そうやって……結構卑屈なんですね、オウガ様」


 え?っとオウガ様は驚いたような声をあげ私を見る。


 

 ────そう、私は知っている。オウガ様のレガリアに触れた時に、私は視てしまった。オウガ様が戦っているのか、そして……に戦っているのかを。



 世界には私が想像もしなかった悪が存在している。そんな存在と戦おうとしてる人達……私がその仲間になる。それはまるで夢物語のようで、にわかには信じ難い。でも……これが、私の運命なんだ。


 何か大きな力が、私達を巡り合わせた。──そう感じていた。



「オウガ様……1つお願いがあるんです」

「何だい?」


「もう一度、その剣を持たせてもらえませんか?」

「あぁ、構わないよ」


 オウガ様は躊躇することなく、剣を……レガリアを……自分の魂を────私に渡してきた。その剣は、まるで重さを感じなかった。まるで自分の一部であるかのように。


 

「オウガ様、私が一緒に行きたいって言ったらどうします?」

「それは……歓迎するよ? ウチには治癒士がいないからね」


「役に立てますか?」

「もう立ってるじゃないか」


「オルちゃんは……喜んでくれますかね?」

「喜ぶだろうね。あんなに笑顔のオルメンタを見たのは久々だよ」



 ────これから先、どれだけオウガ様が誤魔化そうとも、悪名を広められようとも、私は知っている。オウガ様の戦う理由を。それは決して自分の為なんかじゃなく、多くの人を救う為、愛する家族の為。


 私は付いて行きたい……治癒士として、この人の信念に────



────────────────────



「俺さ、占いが得意なんだ。これが結構当たるんだ」

「そうですか。私がどうするか……分かってたんですね」


 白銀の騎士の剣を抱える少女。その姿は、形は違えどある種の叙任式の様だった────


 

────────────────────


 

 出立の朝、私は新しい白衣に身を包み、その上から真紅色のプロテクターを身につけていた。既に幕舎は取り払われ、真紅の鎧を装備した傭兵団のみんなが一堂に会している。


 そこにはオルちゃんが、ガウロンさんが……オウガ様がいた。


 今ここにいる人達を、この人達が守ろうとしているものを……私も守りたい。私自身が戦いに巻き込まれていくとしても──この選択が、多くの人を助けることになると信じて。





「出立の前に、新しい仲間を紹介しておく」


 オウガ様の声に、私は力強く歩き出す。皆が私を見ている。

 私は大きく息を吸い込み、私にできる限りの笑顔で大きく叫んだ。




「治癒士のフラウエル・セレスティアです! みなさん、よろしくお願いします!」

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