第6話 怪異遭遇

 ある者は避難を、ある者は原因究明を。光の動きからはそういった意図が感じられる。現にいくつかの光がこちらに向かってきているのが見えた。


「ま、まずいよシン!!」

「どうした?」

 

 シンは未だに状況がわかっていない様だった。


「さっきシンが山を吹き飛ばしたから、村の人達が慌ててこっちに向かってきてるんだよ!」

「お、じゃあ待ってりゃ迎えに来てくれるかな?」

 

「何言ってるんだよ! 捕まえに来るの間違いでしょ!?」

「えぇ!? なんでッ!?」


 こんなこと思いたくないけど、シン……少し思考力が低下してるんじゃ。いくら何でも鈍すぎる。もしかして力を使うと、一時的に能力が減少するデメリットでもあるんじゃ……。


「なんでって……山を吹き飛ばしたうえに小屋まで燃やしてるんだよ!? その上素性も分からないなんて怪しさ満点じゃないか!」

「小屋を燃やしたのはお前だけどな」

「あああぁぁぁぁッ」

 

 シンに指摘され、恥ずかしさのあまりその場で悶えてしまう。でも今はこんなことをしている場合じゃない。


「ど、どうするシン?」

「とりあえず逃げるか」

 

 迷う事なくあっさりとシンが言い放つ。


「に、逃げるの?」

「俺ら二人が怪しいのは間違いないしな。それに連中がまともな人間なのかも分からんし、とりあえずこの場を離れて様子を伺おう。なんなら、山の爆発に巻き込まれた感じで近づくのはどうだ?」

 

 ビシッと親指を立て、爽やかにシンが提案する。


「確かに僕らの見た目はそう見えそうだけど……身元の分からない老人と子供が、早朝から山にいたらどっちにしろ怪しくないかな?」

「お前はガキのフリして、俺はボケたフリでもするか?」

 

 うーん、有効な手段かもしれないけど、非はこちらにあるので相手を騙すということにどうしても抵抗を感じてしまう。


「いっそ素直に謝ったら許してもらえないかな?」

「ガキが火を吹いて小屋を燃やして、ジジイが山を吹っ飛ばしてごめんなさい、ってか? 本当にボケたと思われそうだな」

 

「確かに」

「とりあえず森の中にでも入ろうぜ」

 

 そう言ってシンがしゃがみながらこちらに背を向けてくる。急ごう、ということなのだろう。


 シンの言うとおり、相手がどんな人達なのかわかっていない以上、とりあえず姿を隠したほうがいいのかもしれない。見つかった瞬間敵対することもあり得るわけだし。


 逃走犯の心理というものなのだろうか……人がいるはずがないのに辺りを見まわしてしまう。誰もいないのを再認識して、シンの背中に乗ろうとした────


 

 ────その時、うなじら辺にムズムズとしたものを感じた。まるで誰かに見られているような、くすぐったい感覚に慌てて後ろを振り返る。でもそこには、木々がわずかに揺れているだけで、明るさを増した朝陽が僕たちを照らしているだけだった。


「…………」

「どうした?」

「う、ううん。なんでもない」

 

 いまだに続くその感覚を無視し、シンの背中に飛び乗る。僕を背負ったシンはすぐさま立ち上がり、木々が生い茂る森の方向へと駆け出す。


「村の方向に向かってるの?」

「あぁ。どんな奴らがいるのか様子を見た方がいいだろうしな」

 

 人間だとは勝手に思っているけど、話の通じない蛮族の可能性もある。……石槍とか持ってる感じの。もしそうなら下手に接触しないほうがいい。幸いというべきか山に囲まれているし、近くに行けば隠れながら様子くらい伺えるはずだ。


 シンの脚力は相変わらず健在のようで、あっという間に森の中へと入っていく。密集して生えている木々によって日光は遮られ、辺りは薄暗い。そしてさっきまで感じていた視線は感じなくなっていた。


(消えた?)

「何が?」

 

「いや、誰かに見られてるような感じがしてたんだけど……気のせいだったみたい」

「そうか」

 

(俺も視線を感じてたが、タツが不安がるし言わなくてもいいか)

「シンも感じてたの?」

「えッ、聞こえてた!?」


 聞こえていた? もしかして、今のはシンの心の声が聞こえたのだろうか?


「マジかよ、俺の心の声が……」

「まぁ僕のが聞こえてるんだから、ね。隠し事はダメだよ?」


(はは、まるでテレパシーだな)

(ふふ、そうだね)

 

 早速使ってみる。【念話】とでもいうべきか。思ったことが相手に伝わってしまうということに、少し恥ずかしさを覚えつつ念話を楽しんでみる。


(今は視線を感じる?)

(いや、今は感じない。森に入ったあたりからかな)

 

 僕と同じだ。やはり誰かが見ていたのだろうか。周りには人の気配も生物の光も感じなかったのだけれど……。


(ま、敵意がある感じじゃなかったけどな)

(そうだね)

 

 これもまた同意見だ。敵意のある刺すような感じではなく、ただこちらを観察している……そんな感じだった。そして会話と念話の区別ができるように、あえて声に出してシンに話しかける。


「っていうかごめんねシン、また運んでもらって」

 

 森を進むほどに草木は伸び、道というものが感じられない。流石のシンも速度を落とし、踏み分けるように進んでいる。

 

「いいってことよ。お前の身長じゃ草に埋もれちまうぜ」

 

 シンも僕の意図を察したのか、声に出して返答してくる。


「それより、方角が間違ってないか見ててくれよ?」

「う、うん。そうだね!」

 

 シンに言われ、慌てて宙ぶらりんになっていた視線を戻す。比較的自分たちは高い位置を進んでいるようで、ちょうど村は視線を下げた位置に見える。


「大丈夫、このまま進んでいけば村に着くよ」

「あいよー」

 

 村らしき場所では多くの光が一箇所に集まっている。そしてそれとは別に、数十もの光が岩山があった場所へと向かって進んでいるのが見える。


「やっぱり調査に向かってるっぽいね」

「山が爆発したんだもんなー、火山ってのは怖いねー」

 

 シンは既にとぼける気満々だ。


「そうだ! 火山が爆発して小屋が燃えた。そしてその衝撃で俺たちは記憶を失った……これでいこう!!」

「はは」

 

 既にシンの中ではシナリオが出来上がっているみたいだ。でもシンって嘘がつけないからなぁ……僕を気遣ってこう言ってくれてるんだろうけど。

 申し訳ない気持ちになって視線を横に逸らすと、その先で奇妙な光を見つけた。岩山に移動する光たち……それとは別方向に進む光が一つ。その小さな光は、こっちに向かってきている。


「シン、誰かこっちに向かってきてるよ」

「なに?」

 

シンは足をとめ、僕が指差す方向へと体を向ける。


「俺らの位置がバレたのか?」

 

 森に入る前に感じた視線のこともある。その可能性も捨てきれない。でも、その光はこっちに向かってきてはいるものの、右往左往してて慌てているようにも見える。


「もしかして……何かから逃げてる?」

 

 その光の後ろを注意深く見てみる。その後ろには光を追いかけるように、黒いモヤのようなものが見える。一つ、二つ、三つ。輪郭がハッキリとしないけど、恐らく三つのモヤが小さな光を追いかけている。


 

 直感的に悟る。

 ────あれは人に害をなす存在だ、と。


 ドス黒く……この世の怨念を視覚化したようなそのモヤは、光を飲み込もうと執拗に後を追い続けている。


「シン! 誰かが襲われてる!!」

「……ッ!」

 

 一体誰が、誰に、何の為に? 何一つ分からないまま叫んだ僕の言葉にシンは即座に走り出した。


「こっちか!?」

「うん! そのまま真っ直ぐ!!」

 

 指を差しながらシンをナビゲートする。距離はそんなに遠くない。木々に飛び移りながら斜面を下っていく。やがて足場が平らになり、今度は木々を避けながら猛スピードで目的地へと向かう。


「あそこ!!」

 

 僕が指差した先には、一人の子供が木の下に座り込んでいた。歯をカチカチと鳴らし、その表情は恐怖で凍りついている。

 子供の周りには木漏れ日が差し込んでいる。そしてその木漏れ日の周りを取り囲むように、黒いモヤがウヨウヨと漂っている。


 

「父ちゃんッ……父ちゃーん!!」

 

 子供が涙をボロボロ流しながら、助けを求めて叫んでいる。その叫びを聞いた瞬間、僕はシンの肩から手を離した。そしてシンは凄まじい速度で子供の元へと駆けていく。


 言葉は発していない。念じてもいない。

 でも────「ここで待っていろ」 というシンの考えが瞬時に理解できた。


 

 僕が地面に足を着けるより速く、シンはドス黒いモヤの元へと辿り着いていた。

 

 跳躍したシンはそのまま子供の一番近くにいたモヤに鋭い蹴りを放つ。かろうじて人のような形を成しているモヤの中心、最も色の濃い部分を見事に切り裂いた。


 そして子供の前に着地したシンは、そのまま素早く体を捻り残った二体に回し蹴りを浴びせる。通常なら届かない距離……でもシンの脚からは金色の光が、まるで蹴りの速度に合わさるように伸びニ体のモヤを切り裂いた。


 

 まさに一瞬の出来事だった。

 音も無く霧散していく黒いモヤ達。木漏れ日を浴び金色の光を纏ったシンの背中は、この子供にはどう映ったのだろうか?

 

 僕にはその時のシンが、神々しく、縋りたくなるような────まるで救世主のような存在に見えた。

 


「シン!」

 

 立ち尽くしたまま微動だにしないシンに呼びかける。よく見ると微かに震えている。


 

「こ……」

「こ?」


「腰があああぁぁぁぁッ!!」

「ふふ……締まらないなぁ」


 僕は、涙を浮かべながらプルプルしている救世主の元へと急いだ。

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