第5話 シンの能力

「ばあああああああああああああッッ!!」

 

 赤い炎に包まれながら、シンが戸を突き破り外へと飛び出していく。



「シーーーーン!!!!」

 

 飛び出して行ったシンの後を急いで追う。外ではシンがもがく様に右手をバタバタさせている。



「どどど、どうしたら!?」

 

 突然の地獄絵図にパニックに陥ってしまう。ここに水はない。お酒は? 余計燃えたりしないだろうか??

 僕がオロオロしている間にも、炎がシンの身体を焼き、辺りには香ばしく、焦げ臭い匂いが漂い始めている。徐々にシンの動きは鈍くなっていき、身体を縮こまらせていく。


 

「ふんんッ────はぁッ!!」

 

 全ての静寂を消し去るような声と共に、シンの体にまとわりついていた炎が一気に霧散していく。炎から逃れたシンの体は、微かに光を帯びている。



「シン!! 大丈夫!?」

「ああああぁ!!!!」

 

 シンの叫びにビクッと身体が硬直してしまう。やっぱり大丈夫じゃなかった!?



「す、スルメが! つまみがぁ!!」

 

 そう言ったシンの手には、先程までスルメだったであろう炭が握られていた。儚くもボロボロと崩れ去っていく。



「ご、ごめん……。まさかこんなことになるなんて────」

「まったく、お前が料理するとロクなことにならないな」

 

 料理のつもりはなかったのだけど……。ってそんな事どうでもいいの!



「それよりシン! 身体は大丈夫なの!?」

「ん? あぁ。何ともないぜ」

 

 そう言って、シンは身体に付いた煤を払い落としている。本当に大丈夫なようで、ホッと胸を撫で下ろす。しかし、マグマといい火といい……シンには何か耐性でもあるのだろうか?



「とはいえ、ビビって戸を突き破っちまったがな」

 

 シンが少し照れたような表情をしながら小屋を見る。


 

「────あ」

「え?」

 

 シンの声と視線に釣られ、小屋がある後ろに振り返る。



 先程まで2人で楽しく酒盛りをしていた小屋は、見る影も無くなっていた。炎が小屋の壁面を這い上がり、表面をなぞるように揺れ動いている。焦げた木の香りが漂い、バチバチと燃える音が小屋の周りに響き渡る。

 

 僕達2人はその光景を、時が止まってしまったかの様に、ただ呆然と見つめていた。



 

 ────────────────────

 


 

「燃えちゃったねぇ」

「燃えたなぁ」


「不法侵入に窃盗、放火かぁ」

「未成年飲酒も付くかもな」


「死刑かな?」

「ワンチャンあるかもな」


 そんな事を話しながら空を見上げる。



「夜が明けてきたね」

「そうだな」


「…………はぁ」

「まぁ気にすんな、やっちまったもんは仕方ない。山火事にならなくてよかったじゃないか」

 

 確かに。それは不幸中の幸いと言える。



「でも、シンまで燃やしちゃったし……。スルメも」

「火傷一つないし気にすんな。しかし、本当に火が吹けるとはなぁ」


「ホントにゴメン……」

「……なぁ、タツ」


 

「結局、お前は生物探知に回復魔法に、ファイヤーブレスまで吹ける。俺は何が出来るんだろうな?」

「え? ど、どうなんだろう……。岩山では身軽に動いてたから、運動神経がいいとか??」


「結局あの後腰を痛めてたからなぁ。反動があるんだろうか?」

「岩山で動いてた時はどんな感じだったの?」


「正直言うと、目覚めた時から身体がバッキバキでな。お前を背負ってから調子が良くなったんだよ」

「そうなんだ」

 

「何かこう、熱い物がお前の手を通して俺の中に流れ込んでくるというか……。そしたら身体が軽くなってな」



 僕が幾度か感じていた謎の熱。それをシンも感じていたということなのか。



「シンはさ、今もその熱を感じられる?」

「ん? あぁ、集中すればな。……ほら」


 シンが僕に右手を見せてくる。その右手はうっすらと光を纏っており、力強い気配がする。何より、離れていても熱を感じる。



「おぉ、すごい……闘気オーラじゃん、闘気」

「今思えば、岩山の時は足がこんな感じだったかも」


 シンは力を操作することで、身体強化を行っているのだろうか? 何となく格闘家っぽい。



 そして、シンの光る手を見てある考えがよぎる。僕が火を吹けたように、シンもその力を外に撃ち出すことができるのではないだろうか?

 

 男子ならば誰もが一度は夢見たであろう、あの技をッ……!!



「ねぇ、シン……」

「ん?」


「か……」

「か?」


 

「かめ○め波とか……撃てたりしないの?」

「ッッ!!?」


 お前何歳いくつだよ? とか聞かれそう……でも聞かずにはいられなかった!

 僕がモジモジしていると、シンは目を見開き、何かを悟ったような表情になる。



「いっちょやってみっかぁ!!」

 

 そう言ってシンは勢いよく立ち上がり、構えを取る。腰を落とし、両手を合わせるあのフォーム。シンにとっても憧れの技だったのだろう。驚きの食いつき方だった。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ」

 

 それっぽいセリフと共に、シンが力を溜め始める。シンの胸に宿っていた光が輝きを増し、徐々に両の手に集まっていく。

 半ば冗談混じりだったんだけど、まさか本当に撃てちゃう!?



「で、出そう!!出そうだぞタツ!!」

 

 自身でも手応えを感じたのか、シンが叫ぶ。


 

「本当に!?」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬッッ!!」

 

 シンはまだ構えを解かず、力を溜め続ける。その手に宿る光は既に直視しづらい程にまで高まっている。

 ビリビリと空気がざわめくほどの圧迫感が辺りに漂い始める。



「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」

 

 真っ赤な顔には青筋がいくつも浮かび、今にも鼻血が……あ、出た。



「おぁ……あ……ああぁ……ッッ」

 

 腹に溜まった全ての物を吐き出すかのように、まだきばっている。その尋常ではない雰囲気に、僕は恐れを感じ始めていた。


 そしていつまで続くのか分からない緊張の中、遂にその時が来た──



「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」



 雄叫びと共にシンが両手を突き出し、その手から金色の光が撃ち出される。まるで太陽のような光に、僕は目を手で覆ってしまう。

 視界が遮られる中、全身に凄まじい熱を感じる。思考をまとめる暇もなく、聞いたこともないような轟音が僕の耳を襲う。大気が振動し、地面までもが震えていた。その轟音は、雷鳴とも大砲とも違う……まるで星が爆発でもしたかのような、異次元の迫力だった。


 

「くッ……し、シン!?」

 

 光と衝撃で目を開けることすらできず、シンの安否を確認することもできない。


 やがて少しずつ光が薄れ、ゆっくりと目を開ける。その視界にはまだ光が残っており、景色は白く染まっている。徐々にその白いモヤも晴れていき、やっと周囲の景色が少しずつ見えてきた。



「シン!?」

「…………」

 

 視界に真っ先に飛び込んできたのは、両手を構えたまま動かないシンの背中だった。僕の呼びかけに返事はない、でもプルプルと体を震わせているので生きているのは分かる。


 僕は視線をシンの先へと向ける。そこには驚愕の景色が広がっていた。僕たちが目覚めて出てきた山──その岩山が消失しているのだ。



「や……山がッ……」

 

 開いた口が塞がらない。

 砂煙が立ち上り、砕かれた岩や石がこの辺りにまで散乱している。その中にはキラキラと輝く鉱石も混じっている。よく見ると空気中にも砕かれた鉱石が霧散しているのだろうか……朝陽を反射し、まるで星の様に景色を染め上げる。

 その美しさについ見惚れてしまうが、再び消失した山を見て我にかえる。



「シン!!」

 

 声をかけるやいなや、シンはその場に倒れ込む。慌てて側に駆け寄るが、様子がおかしい。

 

 呼吸は浅く、顔面蒼白で汗すらかいていない。シンの胸に宿っていた光は今にも消えそうで、切れかけの街灯のようだ。手に触れるとまるで氷のように冷たい。

 


 冗談じゃない、本当に死にかけてる!

 僕はすぐさま両手をシンの背中へと押しつける。



「ちょっと! 嘘でしょ!?」

 

 両手に感じた “熱“ を必死にシンへと送り込もうとする。

 

 腰の時のように曖昧なものではない────感じた熱の正体、自身の “内に宿る力“ をシンへと送り込む。まるでパイプが繋がったかのように、その力はスムーズにシンへと流れ込んでいくのを感じる。シンの表情に生気が戻り始め、胸に宿る光も再び輝き出す。それでも僕は力を送るのを止めない。

 


「シン!! 死んじゃダメだ!!!!」

「た、タツ……」

 

 シンが優しく制止するかのように僕の肩に手をかけてくる。



「シン! 気がついた!?」

「あ、あぁ。もう大丈夫だ……」

 

 シンがゆっくりと体を起こし、座り込む。



「よ、よかった……」

 

 緊張の糸が切れ、両眼から涙がボロボロとこぼれ落ちた。あのままシンが死んでいたら……そう考えるだけで涙が止まらなかった。



「すまんすまん、少しやりすぎたな」

「ほんとだよ!! 山が消し飛んじゃったよ!!」


 頭を掻きながら軽く言うシンに少し強めにツッコんでしまう。しかし言い出しっぺが僕なだけに、これ以上強く言えない。



「ぐぐ……、あんまり無茶しちゃダメだからね!」

「あぁ、次からは気をつけるよ」


 できれば次はない方が嬉しいけど。

 


「しかしすげぇ威力だな、世界征服できるんじゃないのか?」

「撃つ度に死にかけてたら意味ないよ」

 

 それもそうかと笑うシン。とヤバいのでこの技は封印した方が良さそうだ。


 シンの笑顔を見たことで、心に平穏が戻りつつあった。そこでようやく周りの状況を整理し始める。既に朝陽は昇り、煙と共に地鳴りのような音が低く響いている。

 そして、その音の中に何か別の音が混じっていることに気づいた。



「……何か聞こえない??」

「さっきの爆音のせいかな、聞こえないなぁ」

 

「おじいちゃん、こっちだよ」


 シンの手を引っ張り、その音がする方へと歩き出す。カンカンという、地鳴りとは違うその異質な音が連続的に山に響いている。

 


(鐘の音かな……?)

「鐘の音? うーん、分からん」


 ……やっぱり僕の心の声が聞こえているらしい。今までで共通しているのは、お互いの体が触れ合っている時にのみ、考えていることが筒抜けになっている。

 背中に乗っている時……そして今は手を繋いでいる。力をやり取りできるように、思考もやり取りできるのだろうか?


 ……色々と試してみたい気持ちはあるけど、今は音の出所を探ろう。


 少し歩くと、周りの山を見渡せる開けた場所に出た。先程から聞こえていたカンカンという音がはっきりと聞こえる。その音は止むことなく、連続的に鳴り続けている。



「これって、警鐘じゃね??」

 

 どうやらシンにも聞こえたようだ。

 


「そうだ、警鐘だよ!」

 

 消防車で聞き馴染みのあるカンカンと言う警鐘音。

 


「火事かな、それとも災が──」


 そこまで言いかけてハッとする。まるで全身の熱が奪われるかのように血の気が引いていくのが分かった。心臓が高鳴り、息を呑む。

 火事? 災害? どちらも身に覚えがありすぎる。


 そしてこの警鐘音の出元は、恐らく僕らが目指していた村がある方角だ。微かに震える身体を手で抑え、村がある方角を見る。


 ─────静かに佇んでいた様々な色の光たち、その光たちがまるで蜘蛛の子を散らす様に激しく動いていた。



「…………ヤバイ」

 

 やはりと言うべきか、あれだけの轟音が響き渡ったんだ。恐らく村では大騒ぎだろう。その光の動きを見るだけで、人々の喧騒が聞こえてくる様だった。



「なんかあったのかな?」



 地鳴りと警鐘が山にこだまする中、騒ぎを起こした張本人が静かに僕を見ていた。

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