第4話 タツの能力【後編】
「あ、ちょっと待って」
「どうした?」
「ごめんごめん、ずっと乗ったままだったよ」
足場の悪かった場所はとうに過ぎていたのに、ここまでずっとシンにおぶさったままだった。少し名残惜しい気もするけど、いつまでも乗ってるのもね。
「ッッ!? がッ……!!」
「え?」
僕がシンから降りた瞬間、突然苦しそうな声を上げるシン。全身が揺れ動いたかと思えば、次の瞬間には地面に倒れ込んでしまった。
「シン! 大丈夫!?」
突然の出来事に心臓が早鐘のように鳴り響いている。
「ど、どうしたの!?」
目を強く閉じ、額には脂汗が滲んでいる。苦痛を我慢しているのだろう、その眉間にはしわが深く刻まれていた。声にならない呻きをあげながら、ゆっくりとシンが口を開ける。
「コ……」
「こ?」
「コ……シ……ガッ」
コシ? コシって腰だよね?
子供の姿とはいえ、僕を背負ったまま悪路を来たんだ。老人の体には無茶が過ぎたのだろうか?
「だ、大丈夫?」
とりあえずシンの腰の辺りをさすってみる。腰が痛いと言っている人にやっていいのかは分からなかったけど、苦痛に歪むシンの顔を見て何もせずにはいられなかった。
「……ん、んん? おぉ? い、痛みが引いてきた……」
「え、本当!?」
まさか効果があるとは。手のひらに熱を感じながら、今度はさっきよりも強めに腰をさすってみる。
「おぉ! 痛みが消えたぞ!!」
シンがスクッと立ち上がる。腕や腰を回し、自分の体が動くことを確かめているようだ。
「ほ、本当に大丈夫? 無理するとまた腰が……」
「いや、本当に大丈夫だ。いやーびびったぜ!」
「びびったのはこっちだよ……」
シンの様子から見て本当に治ったみたいだ。でも、あの時のシンの痛がり方は尋常ではなかった。そんな状態が、こんな数秒程で治るものだろうか?
「しかしすげぇなタツ。何をしたんだ?」
「え、何って……ただ腰をさすっただけだけど……」
「そうなのか? なんか痛みとは別に、腰がこうジワーっと熱くなってな。そしたら痛みが引いていったんだよ」
確かに手の平に異様な熱は感じていた。ただそれはシンの体温だったり摩擦だったりと、あまり深くは考えていなかったんだけど。
「もしかして回復魔法が使えるとか?」
「回復魔法!?」
シンの 【魔法】 という言葉に、僕の中にある厨二心が反応してしまう。
さっきのシンを治したのが僕なのだとしたら、確かに魔法という言葉がしっくりくる。苦痛に喘ぐ人間を数秒で治すなど、魔法のようだとしか言いようがないからだ。
「魔法……魔法かぁ」
その言葉を口にすると、様々な妄想が頭を満たしていく。僕だって男だ。いくつになってもそういうものには憧れるものなのだ。
「まぁ何にせよ、ありがとな!」
シンの声で、トリップしていた僕の頭が現実に戻された。元はと言えば僕のせいかもしれないのに……シンはまるで気にしていないどころか、僕にお礼まで言ってくる。
「時間取らせて悪かったな。さ、入ろうぜ」
シンが小屋の引き戸に手をかける。少し力を入れると、何の抵抗もなく戸は開いていく。
「鍵はかかってないみたいだな」
「そうだね、鍵穴自体無さそうだし」
ご自由にお入りください、というのは都合のいい解釈だろうか?
開いた戸から中の様子を見てみる。外見からは予想できなかったけど、意外なことに中は片付いている。木の床にはチリ一つ落ちておらず、カビ臭い匂いもしない。よく手入れされているようだった。
壁際には木製の棚があり、いくつかの網籠、皿や三宝等が並べられている。そして岩山で見かけたあの光る鉱石が、ランタンのように部屋を照らしていた。
一段高くなった居間には囲炉裏があり、使われた形跡のある焚き火があった。
「人の出入りはあるみたいだね」
「あぁ。物置か何かか?」
そう言いながらシンは既に棚を物色している。もし今、この小屋の持ち主が帰って来たなら問答無用だろうね。
「お! こんなんあったぜ!!」
シンが網籠の一つから取り出したのは、イカの形をした干物だった。
「スルメ?」
「あぁ。これは昆布、こっちは塩かな?」
棚に並んでいる三宝といい、何か神事でも行われているのかな? そして何より、これらは日本人の僕たちには見覚えのある物だった。
「ここって日本なのかな?」
「さあなぁ、置いてるものは日本っぽいけどなぁ」
そう言ってシンはスルメをニ枚手に持って、囲炉裏を挟んで僕と向かい合うように座り込んだ。
「……焼いた方がいいよなぁ?」
シンがスルメを持ちながら神妙そうな顔で聞いてくる。確かに乾物とはいえ、いつのものか分からないし衛生的にも火を通した方が無難だとは思う。よく分からないけど。
「確かに、焼いた方がいいかもね」
「だよな! 少し炙った方が美味いよな!?」
……そっちか。こう見えてシンは料理が趣味だ。こんな時でも味に拘ってしまうのはその趣味故か。僕も料理は好きなのだけど、シンには不評でいつも怒られている。
「火を起こす道具はーっと。……んー、無いなぁ」
「焚き火の跡があるし、無いってことはないと思うんだけどね」
「だよなぁ?」
疑問に思いながら二人で部屋を探したけれど、やっぱり見つからなかった。どうやって火起こししてたんだろう?
「何だよー、炙った方が絶対美味いのによー」
シンがブツブツ言いながらスルメをヒラヒラさせている。今まで何も食べてないから、お腹はペコペコだ。生でも何でも食べれればいいやと思うけど、シンに怒られそうなので黙っておく。
しかしスルメかぁ……何でもいいとは思ったけど、食べたら喉が渇きそうだ。
「喉が乾きそうだけど、水とかもないよね?」
「酒っぽいのならあったぜ?」
そういってシンは大きな徳利を手にした。
「い、いつの間に……」
「籠の中に入ってたからな。喉も乾いたしこれでいいだろ」
「でも……色々とまずいんじゃ?」
「ん? 一応匂いも嗅いでみたけど、大丈夫そうだぜ。美味いかどうかは知らんけどな!」
ガハハと笑いながらシンが言う。味のことを言っているんじゃないんだけど……。不法侵入しておいて今更な気もするけど、この姿で酒を飲むのは法を犯している気がしてドキドキしてしまう。
(まぁ緊急事態だし、いいよね?)
そう思い、僕は棚に置いてある小振りな白い皿を二つ手にした。
「これでいいかな?」
「お、いいね。盃っぽいじゃん」
盃を受け取ると、シンは僕の盃に徳利を傾けてくる。
少し濁った液体が盃を満たしていく。甘い芳醇な香りが鼻腔に押し寄せ、心地良い刺激を与えてきた。それをすぐ口にしたい衝動を抑え、今度は僕がシンの盃に酒を注いでいく。
「それじゃあカンパーイ!!」
シンが手に持った盃を掲げる。
「カンパーイ!」
僕も同じように盃を掲げ、シンと同時に一気に飲み干す。
最初に広がるのはほのかな甘味で、やわらかな米の風味が感じられる。喉を通った瞬間にほのかな熱さが広がり、体中に温かな感触が広がっていく。
「わぁ、美味しいねこれ!」
「中々イケるな!」
これまでにもお酒は飲んだことがあったけど、空腹と渇きが最高のスパイスになっているのだろうか……この上なく美味しく感じる。
シンと共に次々に盃を傾けていく。お酒の熱が、僕の体を徐々に包み込んでいった。最初はわずかに感じる程度だったけど、次第にその暖かさは頭全体に広がって、心地よい温もりをもたらしてくれた。
「しかしこうなると、こいつは酒の肴だな」
シンが笑いながらまたスルメをパタパタとあおぐ。シンも僕と同じく酒の力に翻弄されているようだ。
「あー、火があればなぁー」
「あはは、まだ言ってるのー?」
「……そういやタツ、お前色んな力持ってるけどさ」
「うん?」
「……火とか吹けないの??」
「!?」
そういえばゲームを始めた時、僕のキャラは火を吹いていた。翼も生えてたっけ? その設定が生きているかは分からないけど、ここに来てから不思議な力の連続だ。試してみる価値はあるかもしれない。
「……やってみる!」
「おぉ!!」
僕の決意にシンが感嘆の声をあげる。
────眼や手、それらと同じ熱を喉に感じる。でも今までのような暖かな熱では無く、燃え上がる様な熱さだ。その熱が喉元に高まるように集まっていく。
「で、出そう! 出そうだよシン!!」
「マジかよ!? うおお! 頼むぜタツ!!」
シンの期待に応えるべく、僕は息を大きく吸い込んだ。あとは自身が取るべき行動を取れば、この熱は外へと飛び出していく。そう確信していた。
「ふーーーーーッッ!!」
僕の息と共に、鮮やかな赤色の炎が吹き出される。勢いよく吹き出されたその炎は、目も眩むような光と共に、囲炉裏へ、焚き火へ、そして────
────スルメを持ったシンへと到達した。
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