第3話 タツの能力【前編】

「で? 今度はどんな美味そうなモンが見つかったんだ?」 

「あれ、あそこッ! カラフルな光が集まってるでしょ!?」


 シンが疑問の眼差しを向けていることに慌てて返答する。「あぁ?」 と僕が指差す方向を見るシン。


「……どれ?」

「え?」

 

 どういうこと? あれだけ自己主張の激しい光が見えていないのだろうか?


「う、嘘じゃないよ!? 本当に見えるんだって!!」

「まぁ落ち着けよタツ。深呼吸深呼吸」

 

 シンの顔は「お前疲れてるんだよ」とでも言いたげだ。とはいえ僕も興奮気味の頭を冷ますため、シンの言う通り深呼吸を数回してから視線を光の集団へと戻した。


「……あ、あれ?」

 

 先程まで眼下に広がっていた景色はどこへやら、再び暗闇が広がっていた。

 幻覚でも見ていたのだろうか? いや、そんなはずは……。僕が自問自答しているとシンが心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうした?」

「ちょ、ちょっとタイムで」

「……いいけど」 

 

 とりあえず猶予をもらった。さっきのは絶対に幻覚なんかじゃない。とにかくさっきと同じように集中してみよう。

 

 集中する。ステレオグラムを見るかのように、自分にとってどの見方が正しいのかを探るかのように。すると再び目の奥に、じんわりと熱を感じ始めた。



(この感覚だ!)


 闇の中に再び光が灯り始める。その中には先ほどのカラフルな光の集団も存在した。


「見える! やっぱり見えてるよシン!!」

「……俺には何も見えないが」

 

 問いかけてくるシンの方向を見ると、あることに気付いた。シンにもまたその光が宿っていることに。その光は洞窟で見た石のように金色で、しかしどこか燻んでいるような……。


「シンも光ってるよ」

「俺も!?」

 

 シンが慌てて自分の身体を確かめている。洞窟でも同じことしてたような。大量の白い光の中で、一部だけ存在するカラフルな集団。そしてシンの光にも色が付いている。


(もしかして……)


 僕は再びカラフルな光の集団に視線を戻した。その光に動きはない。いや……いくつかの光は動いている。


 ひょっとして、あのカラフルな光は人間だったり? 色は違えどシンに似た光のように感じる。今が何時かは分からないけど、あまり動かないのは寝てるからじゃないかな?

 じゃあ、周りにある無数の白い光は何だろう……?


「どうした?」

「あそこにシンみたいな感じの光が集まってるんだけど……もしかして人間なんじゃないかな〜って」

「何も見えないんですが……」


「でも、周りにも白い光が沢山あって……あれは何だろう」

「植物とか虫じゃねぇの? 知らんけど」

 

 一理ある。いや、むしろそう思えてきた!

 僕らの近辺には白い光が全くない。辺りが岩山で草木がないことから、シンが言ったことは信憑性が高い気がする。知らんけど!


「多分そうだよ! あそこに人が住んでるんだよ!」

「はぇ〜、生き物の位置が分かる能力ってか? そりゃ便利だな」

 

 まるでスキルのようにシンが言う。まぁ、確かにゲームの世界なのかもしれないけども……。

 僕は更なる情報を求めて、人と思しき集団に視線を向けた。するとその中に異質な光があることに気づいた。


「あれって火じゃない?」

「え、どれ?」

 

 僕が漠然と指差す方向には、ゆらゆらと揺れるように輝く独自の光。その光が集団を囲うように配置されている。


「もしかして篝火かがりびじゃないかな?」

「…………」

 

 多くの光が邪魔するので視線を切り替えて見ることにする。コツを掴んだ僕は素早く視線を切り替えることに成功した。闇の中にポツポツと輝く光が見える。

 

 間違いない。あれは火だ。とするなら、やはりあそこは人が住んでいる村か何かだろう。確信を得てシンに話しかけようとすると、シンは未だに目を細め、村がある方向と睨めっこしていた。



「シン?」

「……し、視界がぼやけて何も見えん」


 お、おじいちゃん……。なんか凄くショックを受けてるみたい。


「あそこに人里があるっぽいし、とりあえずあそこに向かってみない?」

「そ、そうだな。ここは少し寒いしな」

「あ、でも……」

 

 シンの視力のことを考えたら、今動き出すのは危険かもしれない。辺りは岩山で斜面も急そうだし、足場が悪すぎる。


「月明かりもあるし近くなら見えてるから大丈夫だ。火口付近で野宿する方が危険そうだしな」


 そう言ってシンは軽く笑いながら歩き出そうとする。


「よし、タツが言う人里に行ってみようぜ!」

 

 さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようにシンが歩き出す。この気持ちの切り替えの早さ、そして前向きさ……これがシンの良いところだよね!



「よし、出発!」



 こうして僕たちは、月明かりを頼りに下山を開始した。思った通り斜面は急で、周りには大小様々な岩がそびえ立っている。堅固な地面は砂利で覆われており、油断すると足を持っていかれそうになる。なるべく大きな岩を足場にするように移動していくけど────



(き、きついッ!!)

 

 この小さな身体じゃあ、大人なら軽く飛び移れる岩でもよじ登る形になる。シンが歩調を合わせてくれているけど、それでもかなり待たせてしまっている。体力的にも精神的にも、かなり疲労が蓄積されていく。


「タツ」

 

 比較的大きな岩の上でシンがしゃがみながら、後ろにいる僕に声をかけてくる。


「おぶってやるよ」

「え、いいよ! そんな恥ずかしいし……」

「誰も見てねぇよ」


 確かに誰もいないけど、十六歳にもなって友達におんぶされるなんて照れちゃうよ!


「それに、よく見たらお前裸足じゃないか」


 あ、本当だ。この岩肌でよく怪我しなかったなぁ。


「って、シンも裸足じゃないか!?」


 よく見るとシンも裸足だった。改めて自分たちの格好を見るとボロボロだ。穴は空いてるし焦げてるし……大事な部分は隠せてるのが唯一の救いかな。


「足の皮が分厚いのかな? 気づかなかったわ!」

 

 おじいちゃんって足の裏硬そうだもんね。でも、僕も怪我してないんだよなぁ。二人とも防御力が高いとか? ……って、僕もゲームみたいに考えてしまった。


「何にせよその身体じゃ、この岩山を下りてくのはきついだろ? もう少し緩やかな場所までおぶってやるよ」


 

 そう言ってシンが背中を差し出してくる。こうなったらシンは絶対に折れない。ゲームの時と一緒だ。ここは大人しく好意に甘えるとしよう。


「でも腰とか大丈夫?」

「おいおい、年寄り扱いするなよ」


 

 視界がぼやけるとか言ってたのはどこの誰だったか。僕を背中に乗せシンが動き出す。


 僕の心配とは裏腹に、軽快に岩々を飛び移っていく。月明かりがあるとはいえ、薄暗く足場の悪い岩山を飛び移るなんて恐怖でしかない。でも、僕に不安はなかった。それどころか安心感すら感じている。


 目の奥に感じたような熱を手の平に感じる。シンの体温なのか僕のなのか。振り落とされないように、熱くなる手でシンの肩を力強く掴む。


 

(昔にも……こんなことがあったような)


 

 そう。昔にもこうやって、シンが僕を背負って走っていたような気がする。



(あれはいつの事だったかなぁ……)

「ん? 何のことだ?」

「おわ!」


 急に話しかけてくるシンにびっくりしてしまった。また声に出ちゃってたかな?


「いや、何か昔にも──」

「お!? 景色が変わってきたぜ!!」


 僕の話を遮るようにシンが叫ぶ。


 シンの言う通り、辺りは斜面も比較的緩やかになっており草木が生え始めていた。僕は視線を切り替え草木を観察してみる。案の定、草木からはあの白い光が見えた。そしてその草木に寄り添うように小さな光がくっついている。


(シンの言う通りだ。あの白い光は虫や植物だったんだ!)

「俺の言った通りだったな!」

 

 光を観察していると、少し先に建物らしきものがあるのに気付いた。


「あれって小屋かな?」

「お、本当だな」

「あれ? 見えてるの?」


 自分から聞いておきながら失礼とは思いつつも、つい疑問に思ってしまった。

 

「あぁ、目が慣れてきたかな?」


 

 おじいちゃんだから視力が低下してるのかと思ったけど、そうでもなかったみたい。安心したよ、眼鏡も何も無いしね。


「先にあの小屋に行ってみるか」


 

 そう言ってシンは速度を上げ、小屋の方向へ向かっていく。


(誰かいたらどうしよう……)

「ま、そん時はそん時だ」


 気にすんなと言わんばかりにシンがあっけらかんに答えてくる。あれ……声に出してたかな?


 まばらに生えている木々は障害にならず、もはや平地と変わらぬ足場にシンの速度は更に上がっている。遠くに見えていた小屋はもうすぐ目の前だ。


「到着ぅ!」

「速ぁい!」


 思っていたよりも開けた場所にその小屋は建っていた。木で建てられた小屋は古びていて、所々苔が生えている。小屋の周囲は静寂に包まれていて、木々の葉が風に揺れ、虫の音が微かに響いているだけだ。


 念の為、視線を切り替え中の様子を視てみる。恐らく虫であろう小さな白い光、そして洞窟で見た鉱石の光がいくつか感じられる。でも人はいないみたいだ。

 

(っていうか、壁越しでも視れちゃうんだ。僕スゴくない?)

「スゲェな。透視まで出来るのかよ」


「……ねぇ、シン?」

「あん?」

 

「さっきから気になってたんだけど……僕の考えてることが聞こえてる?」

「え? いや、普通に喋ってたんじゃないのか?」

 

(ヤバイッ、オシッコ漏れそう!)

「おいぃ! 俺の背中で漏らすなよ!!」

 

「ほらぁ! やっぱり聞こえてるじゃん!」

「……はぁ?」


 どうやらシンには区別がついてないみたい。まぁこの事についてはまた後で話すとしよう。


「まぁいいよ。人はいなさそうだけど、どうする?」

「そうだなぁ。ここで明るくなるまで休憩するか」

 

「家主に見つかったら怒られちゃうかな?」

「そんときゃ、ゴメンなさいしたらいいだろ」


 悪びれる様子もなく、シンが僕を背負ったまま小屋へと歩き出す。

 

 この時はまだ、僕の軽率な好奇心が山を揺るがす大騒動を起こす事になるなんて知る由もなかった。

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