第2話 2人の目覚め

 暗転した世界────


 何も見えない暗闇の中で、段々と音が、匂いが、そして肌に熱を感じ始める。自分は今、目を瞑っているのだという自覚が湧き上がる。


 ゴボゴボという音に、鼻をつく刺激臭。そして肌を焼くような熱量を感じ、自分の置かれた状況が尋常なものではないことを悟り、今すぐに目を開けようとする。


 しかし、瞼にはまるで鉛のような重さがのしかかり、簡単にはその重みを振り払えない。

 徐々に────ゆっくりと目を開ける。


 目を開け、1番最初に飛び込んできたのは岩の天井だった。そしてそのまま首を横に向けると信じられない光景が広がっていた。


 赤く輝き、まるで生き物のように蠢く。尋常ではない熱を放ちながら揺れ動くその姿は、まるで地球の魂が燃え盛っているかのようだった。



「ま……マグマ??」

 

 うまく動かない口でボソリとつぶやく。ぎこちなく身体を起こし周りを見回す。



「え、ちょ……何だここ!? どうしてこんなところにッ────」


 まるで状況が飲み込めないまま、ヨロヨロと立ち上がり、自身の近くを流れる赤い液体から離れようとする。

 そして後ろを振り返った時、何かに躓いてしまい、その上に倒れ込んでしまった。



「わわわッ」

 

 岩とは違うその感触に驚きながら、視線を上へと移動する。



 逆立つ白い髪に、口元を覆う白い髭。そこには老人が僕と同じように倒れていた。その髭がモゾモゾと動き始める。



「ぐむっ……むうぅ〜」

 

 呻くような声を出しながら、その老人もゆっくりと目を開けた。



「────どちら様で??」

 

 見知らぬ人間が、寝ている自分の胸に乗っかっているんだ。その反応も当然だよね。僕同様状況が飲み込めていないようで、首を動かし辺りを見回している。



「ッッ!? な……何だここは!?」

 

 老人が慌てた様子で身体を起こし、その反動で僕は胸から落とされてしまった。こ、後頭部ぶつけた……。

 


「お嬢ちゃん! ここは何だ? どこなんだ!?」


 ……お嬢ちゃん? 僕のこと??

 確かに中性的とは言われるけど、面と向かって女性に間違われたのは初めてだ。こう見えてそれなりに鍛えてはいるんだけど。


 しかしこのおじいちゃん……何cmあるんだろう? 立ち上がったおじいちゃんは僕が遥かに見上げる形になっている。そして、見覚えがあるその顔をマジマジと見つめる。一体どこで……。


 おじいちゃんも、僕の顔を見下ろす形でマジマジと見つめている。


 靄のかかったような頭で必死に思い出そうとする。僕はさっきまで何をしていたのか。

 そうだ、シンと一緒に新作のゲームをしようとスタートボタンを押して────


 そこでハッと気づく。その時に僕が作成したキャラと目の前のおじいちゃんがそっくりなことに。おじいちゃんも何かを思い出したのか、目を見開き口をあんぐりさせている。





「も、もしかして……タツか?」

「……シン?」


 互いに親友の名前を口に出す。僕の名前を知っているという事は……やっぱりこのおじいちゃんはシンなの?

 


 ……ちょっと待って。シンがゲームで作成したキャラの姿で立っている。なら僕は────


 恐る恐る両手を目の前に持ってくる。

 小さい。明らかに小さい。まるで子供のような手が可愛らしく並んでいた。



「本当にタツなのか? その姿は一体……」

「シンもおじいちゃんになってるよ」


「え!? ウソッ!?」

 

 シンも両手を確認し、辺りを見回す。顔を確かめたいのだろうが、顔を写せるようなものは存在しない。僕は明らかに小さくなっているので分かりやすかったが、元々体格のいいシンを老けさせたようなキャラなので、自分では変化に気づきにくいのかも。


 

「俺達なんでこんな所にいるんだ? 夢か?」

「……夢にしてはリアルだよね」

 

 ハハッ、っと失笑気味に答えながら視線を溶岩の方へと向けると、シンも僕と同じ方向を見る。



「あれ本物か??」

 

 そう言いながらシンはマグマの方へと歩いていく。



「……ちょ、ちょっとシン!危ないよ!!」

 

 スタスタとマグマに近づいていくシンを慌てて静止しようとするも、シンは既にマグマが手に届く位置まで来ていた。



「うーん」

 

 首を傾げながら考え込むように屈むシン。そして止める間もなく、その手を燃えたぎるマグマの中へと突っ込む。

 予想だにしなかったシンの行動に、声にならない叫び声をあげてしまった。そんな僕を察したのか、笑みを浮かべながらシンが言う。



「いや、全然大丈夫だわ。熱いは熱いんだけどな」

「え……本当に??」


「マジでマジで」

 

 そう言いながら、マグマの中で手をグルグルとかき混ぜるように動かしている。



「ゲームだったら大体死ぬよな?」

「リアルでも死ぬと思うけど……もうちょっと慎重に動いてよッ」

 

 軽くツッコミつつ改めてマグマを見る。熱を帯びたその輝きは決して偽物ではないと思う。でも……危機感を感じない。まるでお風呂のお湯でも見ているかのような気分だった。



「やっぱり偽物なのかな?」

「実際にマグマなんて見たことないしなぁ……よく分からんな」


 検証に飽きたのか手をピッピッと振りながら、シンが立ち上がる。


 

「とはいえこんな所にいつまでもいる理由はないよな、なんか臭うし」

「確かに……とりあえずここから出ようか」


 どうやらここは洞窟のようだ。マグマの光に照らされた洞窟内を見渡すと、すぐそばに出口らしき穴を見つけることができた。



「ここってゲームの世界なのかなぁ?」

「────ステータスオープン!」


 シンが両手を広げて高らかに叫ぶ。しかし何も起きない。



「おいおい、何も起きねぇじゃねえかよ」

「僕に聞かれても……」


「こう言ったら自分達の能力やスキルが分かって、頭ん中に声がするもんじゃねぇのか?」

「落ち着いてるね、シン。こんな状況ならもっと慌てても良さそうなのに」

 

 冗談を言う位の余裕はあるみたいだ。……まさか本気じゃないよね?





「まぁ、お前が一緒だしな」


  

 ────あぁ、そういうことか。


 僕だって1人だったなら何をしていいか……いや、それよりも心細くて気がおかしくなってたかもしれない。

 いつも前向きなシンが一緒にいてくれることが、訳のわからない現状の不安を和らげてくれていた。


 

「僕も、シンと一緒で良かったよ」


 

 シンの後を追いかける様に歩き出す。穴は思ったより広く2人並んで歩けるほどだった。そしてここであることに気づいた。


 マグマの輝きが遠ざかることで分かったのだが、洞窟内の所々の岩が金色に輝いているのだ。おかげで洞窟内の様子が照明なしで把握することができた。



「すげぇなこれ。何て石だ?」

「金色に光ってるけど、よく見ると中が虹色に変化してない?」


 時折足を止めながらその岩を観察する。角度のせいなのか、見るほどに色を変えるその石につい魅入られてしまう。この石を眺めていると、目の奥が熱くなってくる。そして何故か安心感と充足感に満たされていく気がした。そして────



「なんかこの石……」

「どうした?」


「え、あぁいや……美味しそうだなって」

「はぁ? 石だぞ石。美味しそうってお前……」


 我ながら何を言っているのだろうか。シンの反応も仕方ない。でも、美味しそうと思ったのは事実なのだ。



「まぁお前、昔から宝石とか好きだもんな」

「そう言われると何か俗っぽいなぁ」

 

 反論しようと思ったけど、情けないことにシンの言ってることが間違っていないので反論できない。僕は昔から宝石等の、綺麗に輝くものが好きだ。自分でもよく分からないのだけど、つい魅入られてしまう。

 

 いつまでも見ていたい気持ちを抑え、カラカラと笑いながら進むシンの後を追う。少し進むと後方から感じていた熱気とは対照的に、前方からは冷たい風が吹き込んでいる。出口が近いのだろう。



「意外に近かったな」

「そうだね、助かったよ」


 洞窟から外に出ると、そこには夜空が広がっていた。満天の星々が輝いており、見たこともないような大きな満月が幻想的に浮かんでいる。その光はどこか神秘的で、冷たい空気と合わさって僕達を刺激してくるようだった。



「げ、やっぱ夜かよ……」

「うわー、見て見て!すごい月だよ!!」

 

 ボヤくシンとは対照的に、無邪気な感想を述べてしまった。



「美味そうか?」

 

 そう茶化しながらシンは既に辺りの様子を伺っている。その様子を見て、慌てて僕も辺りを見回す。

 僕たちのいる場所は火山なのか、周りには岩しかない。しかも結構な急斜面だ。気をつけないと滑落しちゃうぞこれ……。



「案の定、山にいるみたいだが……月明かりがあるとはいえ遠くは流石に見えないな」

 

 目を細めながらシンが落胆した声を出す。


 

「ん〜〜」

 

 僕も目を細め、目の前に広がる暗闇を見つめる。目の奥に何か熱を感じながらも、見ることに集中する。


 ────すると次第に闇の中で、徐々にかすかな光が点滅し始めた。その光は弱々しく、無色に近いような白い光、だがどんどんその数を増していく。やがては僕が見える範囲の景色全てがその大小様々な光で満たされた。



(な、何だこれ……?)

 

 戸惑いながらも見続けていると、白い光の中に、色の付いた光の集団があることに気付く。

 赤、青、黄色。どれ一つとして同じ色はなく、大きさや輝き方も違う。様々な色の光が輝く様はまさに宝石箱のようだった。


 

「────綺麗」

 

 つい口から出てしまった。静寂が広がる世界で、シンのため息だけが聞こえていた。

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