第2話 二人の目覚め

 目覚めた僕が見たのは、赤く輝き生き物のように蠢く液体。尋常ではない熱を放ちながら揺れ動くその姿は、まるで地球の魂が燃え盛っているかのようだった。


「ま……マグマ?」


 こ、こんなの動画でしか見たことない。本物?


「え、ちょ……何だここ!? どうしてこんなところにッ────」

 

 まるで状況が飲み込めないままヨロヨロと立ち上がり、自身の近くを流れる赤い液体から離れようとする。そして後ろを振り返った時、何かに躓いてしまいその上に倒れ込んでしまった。


「わわわッ」


 岩とは違うその感触に驚きながら視線を上へと移動する。逆立つ白い髪に、口元を覆う白い髭。そこには老人が僕と同じように倒れていた。


「ぐむっ……むうぅ〜」


 髭をもぞもぞと動かし呻くような声を出しながら、その老人もゆっくりと目を開けた。


「────えと……どちら様で?」


 見知らぬ人間が自分の胸に乗っかっているんだ。その反応も当然だよね。僕同様状況が飲み込めていないようで、首を動かし辺りを見回している。


「ッッ!? な……何だここは!?」

 

 老人が慌てた様子で身体を起こし、その反動で僕は胸から落とされてしまった。こ、後頭部ぶつけた……。

 

「お嬢ちゃん! ここは何だ? どこなんだ!?」


 ……お嬢ちゃん? 僕のこと? まぁ僕しかいないしね。

 確かに女の子っぽいとは言われるけど、面と向かって言われると少しショックだ。


 しかしこのおじいちゃん……何㎝あるんだろう? 立ち上がったおじいちゃんは僕が遥かに見上げる形になっている。っていうか……どっかで見たことある気がするんだよなぁ。おじいちゃんも、僕の顔をマジマジと見つめている。


 

(僕って何してたんだっけ?)


 未だに朦朧とした頭で必死に思い出そうとする。

 

 ……そうだ、シンと一緒に新作のゲームをしようとしてたんだ! キャラも作っていざスタート、って思ったら目の前が暗くなって────。


「あッッ!?」


 そうだよ! 目の前のおじいちゃん……僕が作ったシンのアバターにそっくりなんだよ!!

 おじいちゃんも何かを思い出したのか、目を見開き口をあんぐりさせている。



「も、もしかして……タツか?」

「……シン?」

 

 僕の名前を知っているという事は……やっぱりこのおじいちゃんはシンなの?

 う……ちょっと待って。シンがゲームで作成したキャラの姿で立っている。な、なら僕は────


 恐る恐る両手を目の前に持ってきてみる。

 

 うん、小さい。明らかに小さい。まるで子供のような手が可愛らしく並んでいた。



「本当にタツなのか? その姿は一体……」

「シンもおじいちゃんになってるよ」

「え!? ウソッ!?」

 

 両手を確認し辺りを見回すシン。手だけじゃ分からないから顔を確かめたいのだろうけど、残念ながら顔を写せるようなものは存在しない。僕は明らかに小さくなってるから分かりやすかったけど、シンは自分じゃ分かりにくいかも。

 だって白髪と白髭以外は普通にマッチョだし、背だって元々のシンと一緒だしね。

 

「俺達なんでこんな所にいるんだ? 夢か?」

「……夢にしてはリアルだよね」


 失笑気味に答えながら視線をマグマの方へと向けると、釣られるようにシンも僕と同じ方向へ視線を向けた。


「あれ本物か?」


 そう言いながらシンはマグマの方へと歩いていく。


「……ちょ、ちょっとシン!危ないよ!!」


 僕が忠告するけど、シンは特に気にせず進んでいく。


「うーん」


 首を傾げながら考え込むように屈むシン。そして止める間もなく、その手を燃えたぎるマグマの中へと突っ込んでしまった。



「ッッ────!?」


 予想だにしなかったシンの行動に、声にならない叫び声をあげてしまった。でも当の本人は余裕の笑みを浮かべている。

 

「いや、全然大丈夫だわ。熱いは熱いんだけどな」

「え……本当に?」

「マジでマジで」


 そう言いながら、シンはマグマの中で手をグルグルとかき混ぜるように動かしている。


「ゲームだったら大体即死だよな?」

「リアルでも即死だと思うけど……もうちょっと慎重に動いてよ!」


 ツッコミつつ改めてマグマを見る。熱を帯びたその輝きは決して偽物ではないと思う。でも……危機感を感じない。まるでお風呂のお湯でも見ているかのような気分だった。


「やっぱり偽物なのかな?」

「実際にマグマなんて見たことないしなぁ……よく分からんな」

 

 検証に飽きたのか、手を振りながらシンが立ち上がる。


「とはいえこんな所にいつまでもいる理由はないよな、なんか焦げ臭ぇし」

「確かに……とりあえずここから出ようか」


 どうもここは洞窟みたいだね。溶岩洞ってやつかな?

 

 マグマの光に照らされた洞窟内を見渡すと、人が通れそうな穴が開いているのを発見した。多分出口じゃないかな。


「ここってゲームの世界だったり?」

「────ステータスオープン!」


 シンが両手を広げて高らかに叫ぶ。しかし何も起きなかった。


「おいおい、どうなってんだ。何も起きねぇじゃねえかよ!」

「僕に言われても……」


「こう言ったら自分達の能力やスキルが分かって、頭ん中に声がするもんじゃないのか? アニメで見たぞ」

「落ち着いてるね、シン。こんな状況ならもっと慌てても良さそうなのに」


 普通に考えて、ゲームを起動したら異世界転生なんてあり得るはずがないんだ。正直言って僕には夢か現実かの判断も出来ていない。でも、シンは冗談を言う位の余裕はあるみたいだね。……まさか本気で言ってるわけじゃないよね?



「まぁ、お前が一緒だしな」


  

 ────あぁ、そういうことか。


 僕だって一人なら何をしていいか……ううん、それよりも心細くて気がおかしくなってたかもしれない。でも今ここには、姿は違えど

シンがいる。

 僕にとって何よりも大切な親友が……一緒にいるんだ。


 

「僕も、シンと一緒で良かったよ」


 シンの後を追いかける様に歩き出す。穴は思ったより広く、二人並んで歩けるほどだった。マグマの輝きが遠ざかったおかげで、僕たちはあることに気づいた。

 洞窟内の岩が所々金色に輝いているのだ。


「すげぇなこれ。何て石だ?」

「金色に光ってるけど、よく見ると中が虹色に変化してない?」


 時折足を止めながらその岩を観察する。角度のせいなのか、見るほどに色を変えるその石につい魅入られてしまう。この石を眺めていると、目の奥が熱くなってくる。そして何故か安心感と充足感に満たされていく気がした。そして────


「なんかこの石……」

「どうした?」


「え、あぁいや……美味しそうだな〜って」

「はぁ? 石だぞ石。美味しそうってお前……」

 

 我ながら何を言っているのだろうか。シンの反応も仕方ない。でも、美味しそうと思ったのは事実なのだ。


「まぁお前、昔から宝石とか好きだもんな」

「そう言われると何か俗っぽいなぁ」

  

 シンの言う通り、僕は昔から宝石等の綺麗に輝くものが好きだ。自分でもよく分からないのだけど、つい魅入られてしまう。

 

 いつまでも見ていたい気持ちを抑え、カラカラと笑いながら進むシンの後を追う。少し進むと後方から感じていた熱気とは対照的に、前方から冷たい風が吹き込んでいる。出口が近いのだろう。

 行き止まりじゃなくて本当に良かった。いきなりゲームオーバーになるところだったよ。


「意外に近かったな」

「そうだね、助かったよ」


 洞窟から外に出ると、そこには夜空が広がっていた。満天の星々が輝いており、見たこともないような大きな満月が幻想的に浮かんでいる。その光はどこか神秘的で、冷たい空気と合わさって僕達を刺激してくるようだった。


「げ、夜かよ……」

「うわー、見て見て!すごい月だよ!!」


 ボヤくシンとは対照的な言葉を発してしまった。


「美味そうか?」


 そう茶化しながらシンは既に辺りの様子を伺っている。さすがシン! 僕も偵察しなくては。

 僕たちのいる場所は火山なのか標高が高いからなのか、周りには岩しかない。しかも結構な急斜面だ。気をつけないと滑落しちゃうぞこれ……。


「まぁ案の定、山にいるみたいだが……月明かりがあるとはいえ遠くは流石に見えないなぁ」


 目を細めながらシンが落胆した声を出す。

 

「ん〜〜」


 僕も目を細め、目の前に広がる暗闇を見つめる。


 ……なんだろう、目の奥が微かに熱い。でも、嫌な感じじゃない。僕はその違和感に構わず見る事に集中した。


 ────すると次第に闇の中で、淡い光が灯り始めた。その光は弱々しく、無色に近いような白い光。でも次々にその数は増えていく。やがては僕の視界全てがその大小様々な光で満たされた。


(な、何だろこれ……?)


 困惑しながらも見続けていると、僕は白い光の中に色の付いた集団があることに気付いた。

 赤、青、黄色……どれ一つとして同じ色はなく、大きさや輝き方も違う。様々な色の光が輝く様はまさに宝石箱のようだった。


 

「────綺麗」


 自然と言葉が口から出ていた。我に返り、慌ててシンを見ると────


「美味そうか?」


 呆れたように笑うシンが、僕を揶揄からかってくるのだった。

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