第39話 踏切の前で

 懐かしい思い出の地はその後も続いた。

 だが、それにも終わりが来る。

 

 目の前に赤黒い世界が戻ってくる。

 アンデッドたちは何かを探すように徘徊していた。


「催涙スプレー、まだある?」

「あと二本。拡声器は?」

「まだ使えるよ」


 踏み出そうとした悠馬の手首が後ろに引かれた。

 振り返ると亜里沙の足が止まっている。


「どうしたの?」


 先ほどまでは辺りを見渡しながら、それでも悠馬の後を嬉しそうについて来ていた。

 だが、今はひたすらに首を横に振っている。


 会話はできない。こちらの言葉すら分かっているのか定かではない。

 それでも足を出そうとしない。

 悠馬は深呼吸をした。

 そして、口にする。


「ついてこい」


 亜里沙の身体が強張った。

 悠馬が一歩踏み出すと、亜里沙も一歩踏み出した。

 命令で無理矢理動かしたことに気が引ける。


「ごめん……」

「後で謝ればいいよ」


 高梨の声は優しかった。


 地図のおかげか、踏切は案外簡単に見つかった。遮断機は開いている。

 アンデッドたちも何体かいるだけだ。

 あっけにとられる。


 悠馬と亜里沙はその前に立つ。

 後ろには高梨。


「じゃあね、篠倉くん」

「うん。じゃあね、高梨さん」


 沈黙が訪れた。

 そして、それは二人の声で破られた。


「ありがとう」


 重なった声に思わず笑い合う。

 高梨が背を向ける。悠馬はそれを見送る。


「ごめんね、高梨さん」


 姿の見えなくなった彼女に悠馬は謝罪の言葉を述べた。

 

 悠馬は踏切を渡らずもう一度先生の世界に足を進め始める。

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