第37話 三年越しの再会

「まさか、塩、塩をまくなんて……。ふふ、あははっ!」


 相当、面白かったらしい。ずっと笑っている。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 悠馬は先生を見据える。

 予想はしていたがかつてと何も変わっていない。

 おそらく、あの日からずっとこの世界の時間は止まっているのだろう。

 

 先生はまだ笑いを抑えきれずに、悠馬を見やる。


「いやぁ、久しぶり。悠馬だったら戻ってきてくれると思ったよ。それより、隣の人、誰? 彼女?」

「違うぞ」


 高梨が発した声に先生の身体が強張る。


「私は、いや、ボクはあの日、足を滑らせて勝手に崖から落ちた亜里沙だ」


 高梨の口調はかつてのものに戻っている。

 いや、戻している。


「ボクは悠馬に殺された覚えなんてない。こうして生きている」

「あは、あはははは!」

 

 先ほどとは違う調子っぱずれで狂った先生の笑い声が響く。

 そして、それがぴたりと止まった。


「今更何をしに来たの?」

「ボクは悠馬を止めに来た」


 高梨はまっすぐ先生を見据える。

 先生はそれを一つ鼻で笑い、その顔から表情を消した。


「……興ざめだ」

 

 地を這うような声に背筋が震えた。

 だが、悠馬はどこかで納得していた。

 先生はもう高梨を目に映そうともしない。


「結局何もできやしない。見逃してあげるよ。ほら、連れていけ」


 ひらひらと手を振り、高梨を追い払うようなそぶりを見せるとアンデッドたちが彼女を捕らえようと動き出す。


「さぁて、悠馬は歓迎するよ! 久しぶりに会ったんだ。話したいことがたくさんあるんだ」

 

 こちらに来ようとする高梨を悠馬は手で制す。


「高梨さん、今は逃げて」


 高梨は何か言いたげだったが、催涙スプレーを手に狂った世界を走り始めた。

 先生と対峙した場合のことは何パターンも考えていた。その一つを行動に移す。

 高梨は今から亜里沙を探してくれるはずだ。


 高梨の背を一瞥した先生が意外そうに目を見開く。


「高梨さんって呼んでるんだ。えらく他人行儀だね」

「俺の知る亜里沙は、亜里沙だけだから」

「何それ」


 鼻で笑われた。

 それに微笑みを返す。


「そういうことだよ」


 先生が不快そうに眉をしかめた。

 彼が歩き出す。

 悠馬はその後ろに続く。


「大人しくついてくるんだ」

「うん」

「何かするつもりだろう?」

「もちろん」

「俺に催涙スプレーは効かないよ」

「え、嘘。ショックだなぁ」

「あんまりショックを受けてなさそうなんだけど」


 その会話にたいして意味はない。

 緊張感もない。


 先生は復讐を成し遂げた別の自分だと思っていた。もう違う何かなのだと。

 だが、高梨への反応を見て考えが変わった。

 改めて自分自身だと気付いた。


「ねえ、悠馬。背が高くなってる気がするんだけど」

「あれから三年が経ってるからね」

「嘘でしょ?」

「本当だよ」


 悠馬は小さく笑った後、ポケットに手を突っ込んだ。

 そこにはゴム手袋とサバイバルナイフが入っている。

 

 悠馬はもたつきながらも手袋をつける。

 そして、深呼吸をし、尋ねた。


「ねえ、亜里沙は?」

「さあ? そこら辺にいるんじゃない?」

「手、出してないよね」

「まさか、そんな」


 先生はけらけら笑う。

 どちらとも取れそうな反応に腹から煮えたぎるものがあったが冷静に考えてみると、先生は三年前の自分だ。


「そうだね。篠倉悠馬にそんな度胸はない」

「……うん」


 先生は消えそうな声で同意した。

 やはり何も変わっていないのだな、とどこか懐かしい気分になった。

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