第六章
第36話 狂った世界へ
父から聞いた話を元に二人で作戦を立てた。
できる限りの準備をして、その場所に立つ。
「じゃあ、行こうか」
悠馬の声に高梨が頷く。
黒峯ヶ丘を包む黒い膜をサバイバルナイフで切り裂いた。
泥のような赤い液体が流れた後、その世界は開けた。
***
三年ぶりの黒峯ヶ丘は想像を絶する狂い方をしていた。
物の大小がおかしい。
悠馬が一歩前に踏み出すと、何かを踏みつけた。
下を向くとミニチュアのような一軒の家が潰れていた。
目を上げると巨大な飴玉が現れた。
十メートルはあるだろうか。ソーダ味の甘い香りが漂ってくる。
アンデットたちがそれを一心不乱に舐めていた。
空の膜から赤い雨が降り注ぐ。
悠馬と高梨は紫色の木の下に隠れ、大きなリュックからカッパとビニール袋を取り出す。
「本当に訳が分からないね……」
高梨は初めてこの空間に来る。
顔をしかめるのも当然だ。
悠馬はそんな彼女にあえて微笑みかける。
「それでも行くしかない」
「それはそう」
彼女も歯を見せて笑った。
カッパに雨があたり、音を立てる。
それに反応したのか、飴を舐めていたアンデッドたちの顔がこちらに向いた。
「篠倉くん」
「分かってる」
悠馬はビニール袋をかけた最終兵器に手を伸ばす。
アンデッドたちがゆっくりと、だが、確実にこちらに迫ってくる。
悠馬は最終兵器のスイッチを入れて叫んだ。
「止まれ!」
その声の通りアンデッドの動きが止まる。
「後ろを向いて去れ!」
最終兵器、いや、ただの拡声器を通して悠馬は声を響かせた。
アンデッドたちは指示に従い、背を向けて去っていった。
高梨がガッツポーズを見せる。
「やった!」
「まず一つ目の予想は当たったみたいだね」
二人は父の話からある仮説を立てた。
ことだま様はことだま様を喰らうことによって代替わりをする。
悠馬が発見したあの廃神社にいた化け物はきっとことだま様の成れの果てだろう。
それを食べた先生はきっとことだま様と同じ力を持っている。
黒峯ヶ丘の人間が飲まされていた黒いお神酒は先生の血だとすればそこから出される答えは自ずと決まった。
先生は血をかけたものに対して、言葉を放つことによりその力を発揮する。
考えてみればそうだった。
悠馬と亜里沙の前で写真立てを黒く染め上げたのも、この世界でアンデッドを動かしていたのも、遮断機を開いたのも、全て血と言葉がリンクしていた。
そして、悠馬はこの世界から逃げ出す時にゴンドラの中で叫んだ。
「動け」という言葉を。
そう、先生はことだま様という神のような化け物だ。
その正体はあの廃神社にいた化け物と篠倉悠馬が一体となったものである。
つまり半分は篠倉悠馬なのだ。
先生と同じく篠倉悠馬である悠馬も半分ならその力を発揮できるのではないか。
それをより効率的に発揮させるためにはどうしたらいいか。
それを考えた結果が拡声器、ということだ。
「原始的だけど効いたね」
「三万円出していい物を買ったかいがあったよ」
二人で笑い、頷き合う。
アンデッドの背を見送りながら、集落の中央道を歩いていく。
二人の目的は二つだ。
一つは亜里沙を取り戻すこと。
もう一つは先生を止めること。
先生を止めるのは難しい。それは悠馬も高梨も分かっていた。
だが、悠馬は高梨の無茶な願いを否定することはなかった。
ただ、自分も協力すると願い出た。
きっと先生をどうにかしない限り、亜里沙は正気に戻らない。
それにたった数か月ではあったが高梨との日々はかけがえのないものだった。
そして、大切な人を失った傷を知り、それを取り戻すために動く同士でもあった。
一人、先生の元に送り、死なせるなんてしたくなかった。
リュックから地図とコンパスを取り出す。
入ってきた位置から先生のいるであろう家の場所の目安を付ける。
「こっちであってる?」
「地形が同じなら、行けるはずだね」
悠馬は深く息を吸った。
先生との対面を今は恐ろしいと感じている。
だが、あの時の自分とは違う。
もう彼の言葉には揺らがない。
先生の家の周りにはやはりアンデッドが群がっていた。
悠馬は大きく息を吸い、拡声器越しに叫ぶ。
「散れ!」
だが、効果はない。
むしろ声を発したことにより、アンデッドたちはこちらに歩みを進めてくる。
「高梨さん!」
「分かってる!」
高梨が悠馬より先に逃げていく。
悠馬はそれとは逆の方向に行き、叫ぶ。
「こっちだ!」
今度は拡声器が効いたのか、アンデッドたちは悠馬を追ってくる。
高梨がリュックから、それを取りだした。
「いくよ、篠倉くん!」
「了解!」
高らかに叫び、撒かれたのは一キロの塩。
それはアンデッドたちに降りかかったが、まったくもって変化はない。
「これは駄目だったか」
「高梨さん、がっかりしてないで次に行って!」
悲鳴のように悠馬は叫ぶ。
塩をかけられても、アンデッドたちは気にすることもなく悠馬に迫ってきている。
「よし、目を閉じておいてね」
次なるそれを手にした高梨が不敵に笑う。
悠馬は笑えない。
アンデッドに囲まれながら目を閉じるのはあまりにも恐ろしい。
だが、こうするしかない。
暗闇の中、呻き声が響いた。
「成功!」
喜びの声が上がっている。
悠馬がこわごわ目を開くと、白黒反転させたその瞳を押さえ、悶えるアンデッドたちがいた。
「刺されても大丈夫なくせに催涙スプレーは効くんだ……」
「持ってきてよかったでしょう?」
したり顔の高梨に対して悠馬は思わず神妙な顔になる。
目の前で殺し合いすら演じた相手がスプレー一本で倒せるだなんて思っても見なかった。
「ふふ、あははははは!」
盛大な笑い声が聞こえてくる。
いつも聞いている、だが、久しぶりの声に顔をそちらに向ける。
先生だ。
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