第29話 違和感
「汚い部屋だけど」
「本当だ。悠馬らしくないね。まだ私の部屋の方が綺麗なくらい」
確かに過去の悠馬は常に部屋を整理整頓していた。
そう、悠馬らしくない。
だが、亜里沙もまたそうだった。
あまりにも亜里沙らしくなかった。
柔らかい口調に「私」という一人称、長い髪にフレアスカートといったどこにでもいる若い女性のようなその姿に違和感が拭えなかった。
床に置いてあるものをベッドに乗せ、ローテーブルの周囲に二人分の空きを作る。
亜里沙に席を勧め、悠馬は廊下兼キッチンに向かう。
「何、飲む?」
「久しぶりに悠馬の紅茶が飲みたいな」
「ティーバッグだけど」
「十分だよ」
口調や雰囲気が全く違う。
だけど、その顔も声も確かに亜里沙だった。
まともに生きているはずがない。こんなことはありえない。
それでも、微笑む亜里沙を見て、涙が浮かんだ。
「おまたせ」
二つのグラスを並べる。顔を上げると亜里沙がいる。
何度も何度もこうして向かい合って紅茶を飲んだ。
いつも悠馬が準備をした。それでもよかった。
幸せだった。
懐かしい。
頭にその言葉が浮かんだ瞬間、あの日々が走馬灯のように過った。
あの集落で亜里沙と共に生きていたあの頃の記憶が。
「ごめん」
声が掠れる。
だが、その一言が引き金となり、今までたまりたまった感情が溢れだした。
「ごめん、怖かった。怖かったんだ……。亜里沙を守るって決めていたのに。狂った亜里沙を亜里沙として見ることができなかった。化け物だと思ってしまったんだ」
「悠馬……?」
「亜里沙だけが俺を支えてくれた。俺は復讐のために亜里沙と共にいた。亜里沙の家族を不幸にしたいから亜里沙の傍にいた」
本当の目的はそうだった。
「亜里沙の家族が母さんを追い詰めたのは確かだ。確かなんだ」
あからさまな嫌がらせだった。
父の嫁を気に入らなかった祖母と共に、根も葉もない噂を流した。
悠馬も妹も孤立した。母を無理心中にまで追いやった。
「だけど、亜里沙は、亜里沙だけは違ったのに……」
黒峯ヶ丘の全てを憎んでいた。だから、いつか奪ってやろうと思っていた。
殺してやろうとすら思っていた。
犯罪者になってもいい。死んだっていい。
それでも。
「亜里沙、ごめん……。ごめん。俺のせいだ……俺の、俺の……」
「悠馬!」
顔を上げる。涙で霞んで亜里沙のその顔は見えない。
「ねえ、さっきからなんの話?」
「え……?」
「私が狂ったってどういうこと? 狂ったのは悠馬の方でしょう?」
目に溜まった涙を拭う。
映った亜里沙のその表情はひどく困惑している。
「一から説明してほしい」
不可解に思いながら、悠馬は踏切を渡ったあの日から話を始めた。
忘れようとしても忘れられなかった出来事を脳の奥から引きずり出してくる。
吐き気がするような思い出だ。
だが、それによって気付いたことがあった。
「あなたは私の知る悠馬じゃない」
「え」
「私の知っている悠馬は、あなたの言う先生」
目を見開いた。
だったら、たどり着く答えは一つ。
「もしかして、あなたは先生が殺した亜里沙、なのか?」
「うん、きっと」
亜里沙であり、亜里沙でない彼女は背筋を正した。
「今度は私の話を聞いてくれる?」
悠馬は深く頷いた。
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