第五章

第28話 三年越しの再会

 あれから三年が経った。

 もはや存在するはずのないケーブルカーの車内から発見された悠馬に辺りは一時騒然となった。

 というのも、黒峯ヶ丘は当時で言うと一年前、現在で言うと四年前から連絡が取れなくなった異常な集落として話題になっていたからだ。


 悠馬自身に大きな怪我はなく、幸い近隣の住民による速やかな発見により命に別状はなかった。

 だが、悠馬は向こうの世界について尋ねられると、覚えてない、と繰り返した。

 ショックによる記憶障害と診断されたが、本当は全て覚えている。

 

 父に迎えられ、高校卒業までは父子で過ごした。

 大学生になると、都内で下宿を始めた。


「これから暇? 飲みに行かない?」

「いいね」


 数人の男女グループでの飲み会だ。さほど乗り気ではない。

 だが、これも周りに馴染むためのコミュニケーションの一つだろう。

 

 自分に起きる全てのことがまるで他人事のようだった。

 

 飲み会で騒いでも、彼女ができても、どこか遠く、それは一人になっても同じだった。

 昔は一人になれば、遠かった感情が湧き上がってきた。

 だが、今はそれもない。

 

 代わりに溢れかえるのは、亜里沙が狂った瞬間のあの映像と恐怖だけだった。

 

 それを忘れるために悠馬は必死になった。

 だが、何をしようとも感情は湧かない。

 一人になればあの日のことを思い出す。


 それを避けるために、仲間と騒いだ。

 楽しさなどみじんも感じなかった。だが、その瞬間だけは逃れられた。

 

 あれは夢だ。ただの悪夢だ。もう自分には関係ないのだ。

 

 悠馬はそうやって日々を消費していた。


 仲間と別れ、おぼつかない足取りで帰路につく。

 飲みすぎた身体は重く熱い。

 六月の湿った夜には水が欲しい。


 光に引き寄せられるかのようにコンビニに寄る。

 週刊誌が目に入った。『黒峯ヶ丘』の文字が目にとまる。


 今でも噂好きの人間があの集落の話をする。

 書店へ行けばどこかでは目にする。

 悠馬は決してそれに触れなかった。


 水を買ってコンビニを出た。

 揺れる視界に飲みすぎたことを反省しながら、ゆっくりと足を進める。


 ふっと見上げた空が波打っている気がした。

 悠馬は口元に笑みを浮かべて見せる。

 空が揺れるはずがないと。

 

 その頬には汗が浮かんでいる。

 先生の支配する世界では黒い天が波打っていた。

 

 彼女に電話をかけようと思ったが、先日振られたことを思い出す。

 それくらい悠馬にとって軽い相手であり、相手もそれを察したようであった。

 

 アパートの階段を一段一段登っていく。

 廊下に黒く長い髪を下ろした小ぎれいな女性がいた。


 両隣の住人は男性だったはずだ。

 誰かの彼女だろうか。

 

 だがその女性は悠馬の部屋の前に立っていた。

 足音に気付いたのか彼女がこちらに顔を向ける。


「久しぶり。悠馬」


 それは紛れもなく亜里沙だった。

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