第21話 狂気の道々

 だが、闇に足を踏み入れ、悠馬は後悔していた。

 隣に亜里沙がいることを確認する。

 亜里沙もまた、悠馬を見上げた。


 正気の沙汰とは思えない世界だった。

 

 伸びる一本道には様々な景色が広がる。

 赤い花をつけた桜の木の根が死体に絡みついていた。

 狭い洞窟に入ると一面オレンジの光が灯った。

 わき道には頭の落ちた地蔵が数多転がっている。


 どくん、と心音が暗いうろの中に響いた。

 

 足の進みが遅くなった亜里沙の手を握る。

 その手は冷え切っていて、小刻みに震えている。

 本当は微笑んで見せたかった。だが、悠馬にも余裕がなかった。

 

 いつものように感情は遠い。

 それでも正気を持っていかれそうな光景に肌は粟立っていた。

 

 トンネルを出ると、そこは蓮畑だった。

 木製の遊歩道を黙って歩く。

 

 水面には桃色の蓮が美しく咲いている。その隙間を縫って、人間も咲いている。

 髪がなく、目玉もない。

 無機質に白い肌がマネキンを思わせた。


 瞳に開いた黒々とした空洞に囚われないように目を逸らす。

 猫が声を上げた。

 

 足元がおろそかになっていたらしい。

 遊歩道から踏み外しそうになっていた。

 

 ここで死ぬわけにはいかない。

 進む道が違ったとはいえ、先生は自分だ。自分自身が止めなくてはならない。

 

 亜里沙の冷えた手の温度が伝わってくる。

 亜里沙を守る、そのためにも生きなければならない。

 悠馬は前を見据え、しっかりと足を踏み出す。

 

 場面が切り替わるかのように、農村を思わせるのどかな景色が現れた。

 畑には串刺しにされた兎が並べられていた。

 

 遊園地が現れた。

 けばけばしく光るネオンが悠馬たちを照らした。


 強い風が吹く。桜の花びらが舞った。

 薄桃色のそれは美しい。


 亜里沙と出会ったあの日のことを思い出した。

 見渡してもそこには荒廃した廃墟しかなく、桜の木は一本もなかった。

 

 随分と歩いたと思う。

 目まぐるしく変わる景色の中、ただ変わらないのは心音が聞こえてくることだった。

 

 この心音が聞こえる範囲はきっと先生の支配下だ。

 この心音さえ止めてしまえばこの狂った世界は力を失うだろう。

 

 心音を放つのは先生か、アレか。

 

 どちらかは分からない。

 どちらにせよ息の根を止めるだけだ。


 悠馬は亜里沙と手をつなぐ反対の手で、ポケットに忍ばせたナイフを手にした。

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