第18話 その力を
亜里沙の足音はついてくる。
一人、黙って歩いていると感情のかけらが悠馬の胸に刺さる。
様々な思いが渦巻き、バラバラになりそうだ。
石の鳥居が見えた。
悠馬は鳥居をくぐるが、その後ろの足音はついてこない。
代わりにか細い声が聞こえてくる。
「悠馬、その先は駄目だ……。呪われてしまう」
父から聞いたこの集落に伝わる迷信だ。
詳しいことは分からない。
だが、山頂にある廃神社には近寄るな、と。
呪われてしまう、という根も葉もない言い伝えだ。
「そんなものを信じるなんて、亜里沙らしくないね」
振り返り、口にしていた。
耳に入った自分の声はひどくいやらしい。
亜里沙も結局はこの集落の人間なんだと馬鹿にしている自分がいる。
それを自覚してしまった。
先ほどまであれほど亜里沙のことを思っていたにも関わらず、だ。
亜里沙がいることで感情が揺らぐ。
先生が家に来た時もそうだった。
冷静な自分を失っていた。
先生は亜里沙を殺した。
だからこそ、あそこまで自由なのだ。
その結論に恐ろしくなって、踵を返した。
神社の中に足を進めていく。
あの頃と変わらず、祠は朽ち果て、しめ縄は切れている。
湿気を含んだ苔がスニーカーを濡らす。
ただ、もう心音は聞こえない。
スマホのライトで小さな境内を照らし出す。
祠の後ろにアレの死骸があるはずだ。
悠馬はそちらに足を進める。
それはいとも簡単に見つかった。
それもそのはずだ。
それは初めて見たあの日とは違い人の身長を超えるほどの大きさに成長していたからだ。
黒いスライムのような半透明の身体を持ち、その中央には真っ黒な心臓が埋まっている。
この化け物は心音を放つ。
怒りと憎しみのこもった心音だ。
悠馬はそれに魅せられ、自身がため込んだ憎悪を言葉にしてこの化け物の前で吐き出していた。
そうする間にひざ丈だった化け物はどんどん大きくなっていったのだ。
そして、その化け物から何かが流れ込んできた。
それは悠馬がその化け物を喰らう映像だ。
悠馬はそれを拒み逃げ出し、その翌日、化け物の心臓にナイフを突き刺した。
先生は映像に従って化け物を喰らったのだろう。
ならば、自分も化け物を喰らえばいい。
そのためにここに来た。
死骸と言えども、きっと何かしらの力を持っているはずだ。
これを口にすれば、きっと先生のように莫大な力を手に入れることができる。
悠馬はそれに手を伸ばす。
腐臭が鼻をつく。ゼリーのようなそれを両手ですくい上げる。
やはり、これはまだ死に切っていない。
その証拠に、怒りや憎しみが流れ込んでくる。自分が吐いた言葉が今になって返ってくる。
どれだけこの集落の人間が恨めしいか、どれだけ皆を殺してやりたいか。
「ははっ……」
気付けば小さな笑いをこぼしていた。
取り入れたい。
この力を手に入れたい。
そう、強く思った。
「悠馬!」
その声に我に返ったように顔を上げる。
頬に衝撃が走った。
乾いた音が暗い境内に響く。
亜里沙の小さな手が悠馬の頬をはたいた。
手からぬめった化け物の残骸が流れ落ちる。
思考が戻ってくる。
目の前の亜里沙の怒りにも悲しみにも似た表情を目にし、全身から汗が噴き出した。
先生と戦うためにこの化け物を口にしようとしていたはずだ。
だが、先ほどの自分はまるで先生のように復讐に走る力を手に入れようとしていた。
「帰るぞ」
先生と戦わなければならない。
だけど、自分が先生と同じものになるわけにはいかない。
どうすればいいか分からなくなってしまった。
悠馬は亜里沙に続き、呆然と山を下った。
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