第13話 不本意な来訪者
「じゃあ、またな」
亜里沙と手を振って別れる。
自宅の奥に目をやると、まだ踏切が存在している。
控えめながらも警報音を立てている。
騒ぎになっていないところを見ると、まだ誰も気付いていないのか。
いや、気付いていても知らないふりをしているのか。
悠馬の家はこの集落の一番奥に位置している。そこには亜里沙以外誰も近づかない。
この家は呪われている。
集落の人間は皆そう口にする。
噂話という名の大声で、悠馬にも知らしめるように言うのだ。
それが悠馬をこの土地に引きとどめていた。
だが、あと二年でこの土地を出ようと思っている。都内の大学に進学し、全てを捨てようと思っていた。
前に進むために、怒りも憎しみも捨てるべきなのだ。
ふと、先生の声が頭に流れた。
『復讐を成し遂げた化け物のワンダーランドさ』
一瞬でも羨ましさを感じた自分に寒気がし、悠馬は足を速める。
リュックから鍵を取り出し、扉を開いた。
リビングから明かりが漏れていることに気付き、ため息をつく。
どうやら行きがけに消し忘れたらしい。
靴を脱ごうと目線を下ろし、思わず息を呑んだ。
血が滴っている。祖母の叫び声が聞こえる。妹が真っ赤になって倒れている。母が刃物を振り回している。
口元を覆い、震えながら深く息をする。
目の前からその光景が消えた。
最近よく起こるフラッシュバックだ。
あちらの世界で血のこびりついた廊下を見てから、度々起こるようになっていた。
そのにおいや悲鳴、質感さえ蘇ってくる。
あの日、中学校から帰った悠馬を迎えたのは真っ赤な祖母だった。
目の前で血が飛んだ。母が祖母の首を刺した。妹は地面に倒れていた。
母は死んだ祖母を踏み、悠馬に包丁を向けた。
二人はもみ合いになった。悠馬が母を突き飛ばした。母は頭を打って死んだ。
無理心中を図った母に対する正当防衛だった。
「おかえり」
聞こえてきた声に驚き、身体が強張る。
リビングの扉を開き、顔を覗かせていたのは自分、いや、先生だった。
悠馬はそのまま後退り、玄関を出て鍵をかける。
扉を背に深呼吸をする。心臓が跳ねている。どうすればいいか必死に考える。
「待って、話を聞いてよ」
中から聞こえる敵意のない自分の声に恐れを抱きながら、悠馬は頭を働かせる。
だが、何も考えつかない。
冷や汗が湧いた。
道の向こうから誰かがやってくるのが見えた。
こんなところを見られては、また変な噂を立てられてしまう。
だが、歩いてきたのは亜里沙だった。
「何をしているんだ?」
「帰って」
不思議そうな亜里沙に、悠馬は放つ。
「早く帰って!」
強くなる語調に亜里沙が怯えたのが分かった。胸が痛んだが、今はそれどころじゃない。
向こうから扉が押される。悠馬はそれを背中で止める。
無理矢理開けるのはやめたようだ。扉越しの力は弱まった。
代わりに声が聞こえてくる。
「ちょっと話がしたいだけなんだって」
亜里沙が目を見開いた。
亜里沙と先生を会わせたくない。その一心で悠馬は強く言う。
「亜里沙、帰って」
「嫌だね」
亜里沙の目が悠馬を射抜いた。思わずひるんでしまった。
決めた亜里沙は悠馬なんかよりもずっと強い。
「ボクも同席する。いいだろう?」
「もちろん」
扉に強く放たれた声に、喜悦の滲んだ声が返ってくる。
このままずっと扉の外で過ごすわけにもいかない。
悠馬は諦め、扉を開いた。
「おかえり」
先生が朗らかな笑みを浮かべて二人を迎える。
心の底から不本意だった。
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