第10話 狂気からの帰還
「お客さん、か」
先生がため息をつく。
そして、残念そうにこちらに目をやった。
「ごめんね。お客さんの相手をしないといけないから、二人と遊べないや」
「お客さん?」
「そう、この空間を排除するためにいろんな人たちがやってくるんだ。警察とか自衛隊とか」
この世界で初めて出会った男のことを思い出す。
銃を持っていたことを考えると、彼もそういった職業の人間だったのかもしれない。
「仕方いないけど、二人はもう帰っていいよ。今回はなかなかに面倒だからなぁ」
彼は肩を回しながら、銃声のした方を見やる。
「まあ、この世界で俺に勝てるはずがないけど」
その自信ありげな態度は悠馬とは大きく違った。
胸の中で唸り声が聞こえる。
亜里沙が手をじたばたとさせている。
忘れていた。ずっと強く抱きしめたままだった。
手の力を緩めると、亜里沙が腕の隙間から顔を出した。
すかさず悠馬はその頭を掴み、沙幸とその父の方向から顔を逸らせる。
「亜里沙、帰るよ」
振り返る亜里沙の視界を遮り、悠馬はその頭に手を置く。
亜里沙は何も言わずに頷いた。
先生が踏切の方向へ足を向ける。
周りのアンデッドたちを見渡し、声をあげた。
「皆、道を開けて」
それを合図にアンデッドたちは一斉に道の端に寄る。
先生が悠馬たちを案内するように前を歩いた。
踏切までたどり着く。
警報音はまだ鳴ったままだ。
先生は指を噛んだかと思うとそれを遮断機に添え、二人を振り返る。
「楽しかったよ。ねえ、また来てくれるよね」
「二度と来ない」
亜里沙が強く放つ。悠馬とて同意見だ。
頷いて見せる。
だが、先生は首を横に振った。
「いや、悠馬は来るよ」
警報機の赤い点滅が先生の顔を染める。
「だって興味があるだろう? この理想の世界に」
こんな世界は理想じゃない。
すぐにそう答えればよかっただろう。
だが、それが口から出てくることはなかった。
「篠倉悠馬はこの世界に惹かれて止まない」
先生の声がするりと頭の中に入ってくる。
それが、自分の本心に思えた。
「君に悠馬はやらないからな!」
袖を強く引かれた。
亜里沙の手は強く、強く、悠馬の制服の袖を掴んでいた。
それを見て、やっと悠馬は口を開く。
「俺は囚われるつもりはない」
「やっぱり嘘つきだ」
先生は声を上げて笑った。
「遮断機が上がる。二人は帰る」
先生が口にすると警報音が止み、遮断機が開く。
悠馬は先生をひと睨みすると、亜里沙と共に踏切を渡り始めた。
踏切を渡り切る。
まぶしさに目を細めた。
そこは何の変哲もない夕暮れの黒峯ヶ丘だった。
「帰ってきたのか……」
「そうみたいだね」
後ろを振り返る。
遮断機はすでに下りていた。だが、踏切は確かにその場に存在している。
「とりあえず、この血を何とかしないといけないな」
亜里沙がブレザーを引っ張り眺めている。
悠馬も自身の服を確認する。
ところどころ赤黒い液体が飛び散っている。
「タオルと水で取れるかな」
「一回やってみないと分からないな」
二人で悠馬の家に向かう。
そこには変わらぬポストと、石畳の通路と、黒い扉があった。
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