第6話 もう一人の"俺"

 まるで悠馬の生き写しのような姿がそこにはあった。

 彼は足を止め、悠馬を見つめる。


「俺……?」


 呟いた彼の声が悠馬の頭の中の声と重なる。

 その目が悠馬から逸れ、後ろにいる亜里沙に向かう。

 彼は一つ瞬きをして、もう一度、悠馬と亜里沙を交互に見る。

 そして、目をこする。


「嘘だ。なにこれ」


 彼はそう呟いた後、急に声を上げて笑い出した。


「あははっ、なんだこれ! 最高だよ!」


 彼が悠馬に手を伸ばす。

 突然の動作に反応できず、悠馬はその腕を強く握られる。

 反射的に払ったが、彼はそれさえ愉快そうだった。


「幻じゃないんだ! へぇ、へぇ!」


 自分と同じ顔をした生き物だが、情緒の激しさが悠馬とはあまりにも違っていた。

 不気味な存在を悠馬は睨みつける。


「喋れるよね? さっき喋ってたし」

「……」


 何も答えずにただただ、気味の悪いその存在を見据える。

 彼は表情を一転させ、ふっと真顔になったかと思うと、また、笑顔を見せる。


「とりあえずお茶でも飲もうよ。話がしたいな」


 悠馬は一歩下がり、亜里沙の姿を確認する。

 抱きかかえて逃げるつもりだった。

 当然沙幸は置いていく。

 だが、顔を上げて気付いた。

 

 四面楚歌。

 どこもかしこもアンデッドで埋まっていた。


「ついてきて。もしあんたが俺で亜里沙が亜里沙だったら、紅茶、好きでしょう?」


 完全なる脅しだった。

 もう、ついていくしかない。

 震える亜里沙を背に隠し、悠馬は彼に続き歩き出す。

 

 どくん、と禍々しい心音が聞こえた。

 

 口から驚嘆の短い息が漏れた。

 彼が振り返る。


「この音、気になるんだ」


 悠馬は何も答えない。

 だが、目の前の彼は口角を上げて、嬉しそうに笑む。


「もしかして、本当に俺なのかなぁ」


 声には出さなかったが、悠馬もどこか彼が篠倉悠馬であるような気がしてならなかった。

 自分の内面を見ているような、そんな気分だった。


 ***


 案外ありがたい誘いだったかもしれない。

 

 悠馬は彼の後ろにつきながら、注意深く辺りを見渡す。

 アンデッドたちはどうやら彼に従っているようで、こちらを襲ってくることはなかった。

 上がっていた息も整ってくる。

 

 また、向かう先はどうやら悠馬の家と思われる場所だ。

 道路はさっきの肉の道とは違い、少しぬかるむ程度だし、何より踏切から近い。

 何とか逃げ切れないだろうか。

 こんな奇異な状況ながらもまるでサバイバルゲームかのような感覚を持つ自分にさすがに呆れてしまう。

 

 廃屋とアンデッドと狂った植物が生える中、黒い業火が現れた。

 その中には一軒の家屋が燃え尽きることなく、佇んでいる。

 高梨家だった。


「気になる?」


 声を掛けられ、はじめて自分の足が止まっていたことに気付く。

 彼はいやらしい笑みでこちらを眺め、燃える家を紹介するかのように手を広げた。


「ご存じの通り、ここは高梨一家が住む家です!」


 高らかに歌うような彼を亜里沙は睨み、沙幸が視線を落とす。


「俺がこの世界を作ったら真っ先にしようと思っていたことだ。燃やして、燃やして、生きながらにして地獄を味わってもらおうと」


 楽し気に話していた彼の言葉がぴたりと止まる。

 つまらなさそうな顔で声を漏らす。


「皆、生き残っちゃったけどね」


 そして、悠馬の方を見て、またにたりと笑った。


「亜里沙は殺したけど」


 身体に何かが巡った。

 それが怒りだと気付くのに数秒かかった。

 いつもより早い感情の実感に驚き、戸惑う頃にはすでに彼は前を歩き始めていた。

 

 心臓が脈を打っている。

 息が浅くなっていく。


「悠馬」


 声と共に、温かな感触が手に触れた。

 亜里沙が悠馬の手を強く握った。

 悠馬を見上げ、精一杯の笑顔を見せる彼女に応えたくて、悠馬は一つ深呼吸をすると珍しく歯を見せて笑った。

 振り返った彼が笑い声をあげる。


「あはは、仲がいいね!」


 そして暗く一言を放つ。


「白々しいよ、篠倉悠馬」


 触れられたくないところを撫でられたような不快感があった。

 が、先ほどとは違い、やはりそれは他人事のように遠い感覚だった。

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