第4話 この世界はきっと
歩けば歩くほど、ぬかるみが深くなっていく。
「大丈夫?」
「ああ、まだいけるぞ」
互いに息が上がっているのを感じる。
アンデッドと遭遇した時のために、体力は温存しておきたい。
「少し休憩しようか」
「そうだな」
二人で木陰に入る。
木々は蛍光色をしており、時折こちらを嘲笑うかのように震える。
「帰り道を見失ってしまったな……」
亜里沙の声は暗い。
だが、悠馬は辺りを見渡して、一人頷く。
「あれ見て。たぶんあそこが踏切の位置」
「本当だ! はじめ見た不気味な建物だな。でかしたぞ、悠馬」
飛びつく亜里沙を制し、悠馬はもう一つの発見を口にする。
「それから、たぶん、あれは俺の家」
「え」
隣で驚きの声が聞こえたが、悠馬は確信していた。
歩く道のりの中で覚えていた既視感がやっとはっきりした。
「東西は反転している。だけど、ここはたぶん
「だが……」
「こっちを見て」
悠馬は振り返り、後ろを指さした。
そこには一本の線路が走っている。
「あれはケーブルカーか?」
「たぶんそう」
線路はジェットコースターのように曲がりくねっている。
異様な光景だが、確かにそれはケーブルカーの線路で間違いないだろう。
奇声が聞こえ、悠馬と亜里沙は赤黒い草陰に身を隠す。
アンデッドたちは二人を探すかのように徘徊している。
「あの化け物たちは俺たちがいつも使う中央道しか歩いていない」
「そうだな」
「この世界が黒峯ヶ丘だったら」
「あの脇道があるはず、ということか」
閃いた、と言うように明るい小声の叫びを放つ亜里沙に、にっこりと笑いかける。
「そういうこと」
悠馬は背負っていたリュックから水筒を取り出す。
それを投げつけ、気を逸らし、脇道に駆け込もうという作戦だ。
そこでふと気付く。
「リュック、捨てていった方がいいよね」
「今更だが、そうだな」
「でも、教科書なくした言い訳どうしよう」
おかしな世界に迷い込んで捨ててきました、とは口が裂けても言えない。
亜里沙が頭を抱えた。
「今、そんなことを気にしている場合か?」
「確かにそれもそうだ」
実感が湧かないだけで生死の境目にいるようなものだ。
どうも危機感が湧かない。
「せっかくだし、リュックごと投げようか」
「どういう作戦だ?」
亜里沙の訝しげな顔に、悠馬はのんびりと答える。
「熊と出会ったらリュックを投げたらいいんじゃなかったっけ?」
「アレ、熊と同じ扱いでいいのか?」
悠馬は首を傾げる。
だが、水筒を投げるより、中身が入っているリュックの方が相手の気を引けそうだ。
亜里沙が自身のリュックのサイドポケットを漁る。
中からメモ帳を取り出し、ブレザーのポケットに入れた。
「よし、あとはつまらない教科書だけだ。投げていいぞ」
悠馬は頷き、そのリュックを片手に持つ。
そして、自分たちが進む方向の逆側に放り投げた。
アンデッドたちの視線がそちらに集まる。
悠馬と亜里沙は駆け出した。
「狙い通りだな」
亜里沙が息を弾ませながら感嘆の声を上げる。
やはり、熊と同じだった。
アンデッドたちはリュックに群がり、その中身を漁っている。
悠馬は背に負ったままの自身のリュックの肩ひもを握って、位置を整える。
「これも使えそうだね」
「まさかの最終兵器」
亜里沙がにかっと笑った。悠馬もつられて笑う。
ここにきて、やっと見れた亜里沙の笑顔だった。
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