第23話 閑話 エイドリア・イズミ・イスラート。


 エイドリア・イズミ・イスラートは今現在、頭を抱えている。


 各所から上がってくる情報の中に幾つもモンスターパレード発生の疑いがあると報告されてくることだ。


 急ぎ真相究明の為、各ギルドの代表もしくは代理を呼び寄せたが、皆一様に情報の収集中でハッキリとはしていない、ただ監視塔からは光る巨大な大木が現れたと報告を受けた。


 たしかに此方まで響くような轟音が聞こえ、地面が揺れたのは確かだ。


 しかし信じたくは無かった、先祖代々受け継いできたこのイスラートは危険地帯のに隣接しているとは言え、小規模なモンスターパレードが十数年に一度程度の割合で比較的平和だったのだ。


 小規模なモンスターパレードは初代の教えを守り鍛え育てて来た冒険者達と我が領地精鋭の兵士達が守り抜いてきた。


 だが今回になってこんな過去の記録にも無い様な事が起こるなど、どう対処すれば良いのだ!



 エイドリア・イズミ・イスラートは本来なら領主になることなど無かった位置にいた、優秀な兄が2人もおりエイドリアにその役目が来ることなど余程のことが無い限りあり得なかった。


 エイドリア本人も気楽な地位を望み若い頃から冒険者を始め、あちこちを周り歩きBランクに昇格する程の実力を持つようになった。


 同じように貴族でありながら四女と言うことで冒険者になることを選んだ(おっさんと結婚させられそうになって逃げた)女性とも恋仲になり共に行動をしたり(妻との出逢い)。


 今の冒険者ギルドのギルドマスターパルムとは一時期パーティーを組んでいたこともある。


 そんな彼に不幸が訪れる、立て続けに長男と次男が病に倒れ亡くなった、姉が1人居たが既に他家に嫁いでいる。


 必然的にエイドリアが領主を受け継ぐ事となった、両親は健在ではあったが、立て続けの不幸に母は心労で寝込み、父も情緒不安定でとても領地の運営が出来る状態では無かった。


 突如の領主の代替わりに一時期は混乱もあったが、代々イスラート家に仕えてきた精鋭の家臣達と、冒険者時代の頼れる仲間達と妻の協力を得て、この困難を乗り越えることが出来た。


 彼らと共にかつての初代のように困難に立ち向かい今のイスラートを築いてきたが、今回は異常だった! 人間にどうにか出来る領域では無い! 


 あの異様な光る巨木は、『異常だ!』と冒険者時代に培った勘と経験が言っている更に『ニゲロ!』と。


 あの頃のエイドリアであったら直感に従って大事な者を連れ逃げていただろうが、今のエイドリアは多くの者達と責任を背負っている!


 妻に子供達、家臣の領民、信頼出来る仲間達、守るべき先祖代々受け継いだ街、エイドリアは心の警告を今まで積み重ねてきた信念で押さえ込む、そして集めた頼りになる者達を見据えて今後についての対策を話し合うのであった。


 皆で必死に今後の対策を考える、まずはモンスターパレード対策マニュアルを通常通りに通達し対モンスターパレード防衛準備を開始させる。

 次に出来る限り全ての情報を掻き集めさせ、現在確認されている情報を精査し交信魔法術式で王都へと送る。


 更に北と南の隣国国境沿いの砦にも連絡を送り異常の有無を確かめる。


「パルム、冒険者ギルドでは何処まで把握している? あと敬語は面倒だからいつも通りで頼む」


「了解だ、2パーティーを先行偵察させている、その後も数パーティーを待機させているから随時交代しながら情報を持ち帰らせる予定だ、早ければ明日中には第一報が入るだろう。

 それと既に帰らずの森から逃げ帰ってきた連中から掻き集めた情報だと地響きと共に光る柱が立ったんだとよ、そんで腰を抜かしている間に枝分かれしてああなったと言っている」


「他には何か無いか?」


 そう周囲に問い掛け、集められた各ギルドの代表達の意見を聞き、情報のすり合せに今後の対策と指示、緊急性のある議題を先に議論しながら一日が過ぎた。


 二日目になり、情報が次々と報告される、王都からはもっと情報を寄越せと催促し、街に残っている貴族共に、事態を恐れ逃げ出す貴族共が、揃ってただただ喚き騒ぎ事態を混乱させる、そんな状態でも配下の忠臣達はせっせと仕事を進めてくれて事態の沈静をはかってくれる。


 冒険者ギルドからも現場の最新報告がされ、関係者を集め話し合われるが、その報告内容に更に頭を抱える。


「・・・再度情報を整理する、イスラート周辺のモンスター達はほぼ見当たらず、発見しても単体か数頭の群れのみ、しかも殆どがこのイスラートを避けて移動している。

 更に調査偵察に同行した魔法使いが『魔境の地』の魔力濃度が汚染レベルに上昇していると感じ取っており下手に近づけば死ぬ程の濃度と言っている。

 そしてその原因では無いかと思われる痕跡が『境界の草原』のなかばで発見された。

 報告者曰く魔法使いが言うには「これは人が可能な領域では無い、神の領域だ!」と言っていたそうだ、そしてその痕跡を作り出したモノを恐れてモンスター達はイスラート方面を避けていると・・・どう思う?」


「実物を見てはいないから何とも言えないが、事実モンスターパレードがイスラートでは起きていない、すでに両隣国では被害が出ていると各ギルド経由で情報が入ってきている。

 ついでに言えば国境沿いの両砦からもモンスターパレードが確認されている。

 両砦も防衛準備をしているが未だにイスラートへモンスターが侵攻したとは確認されていない」


「しかし、その痕跡か? どんなモノなのだ?」


「ああ、最大幅50メートル、全長は魔境の地奥深くに続く為不明、恐らくは放出系の超高熱攻撃と思われる痕だそうだ。

 何でも地面が焼け爛れて結晶化していたと報告されている」


「・・・高位のレッドドラゴン、あるいは炎の高位精霊、またはそれらに類似する何か、なら可能か?」


「そんな化け物! あの地 に は ・・・、居るかもしれないな、じゃあ何故イスラートを助けた?」


「助けたとは限らん、只の気まぐれかもしれないぞ」


「冗談じゃ無い! そんな化け物が住み着いているのなら・・・おい、たしか魔力濃度が汚染レベルと報告が無かったか?」


「まだ憶測の範囲でだがな、それがどうした?」


「もしそんな化け物が居て汚染レベルの魔力を浴びたらどうなると思う?」


「・・・いや待て、そうじゃ無い、もしかして『魔境の地』で起きた光の柱が巨大な魔力爆発として、そこで発生した膨大な魔力を吸収して現れた化け物だとしたら説明が付かないか?」


「いやいやまてまて、皆話しが飛躍しすぎだ、まずが落ち着け・・・」


 こうして極度の緊張状態と精神疲労に疑心暗鬼と謎の強者への恐怖によっておかしな方向に会議は踊る。


 この様な状態が3日4日と続き、次々ともたらされる他の国々の状況と被害、交錯する通信魔法術式の混線、情報の混乱、終いには今回のモンスターパレードは被害を受けていないイスラートが起こしたと言い出す阿呆がいる始末。


 そんな阿鼻叫喚な状況がようやく収まるまでに一月を要した。




「・・・疲れた、ようやくこのバカ騒ぎが収まった、モンスターパレードよりも人間の方が厄介だった」


 溜め息をつきながら紅茶に口をつけ一口飲む、爽やかな口当たりと鼻腔を抜ける香りに心が落ち着く。


「ご苦労さんエイドリア、冒険者ギルドもようやく通常営業に戻れそうだ、まあ他所はそうは言ってはいられない様だがな、北は被害を最小限で抑えたらしいが、南はほぼ壊滅したらしい」


「・・・パルム、ああ報告は受けている、北の隣国は『滅びし聖地』の対策をしていたが、南の隣国はそれ程重要視はしていなかったからな、精々開拓村や個別に集落があるだけで防衛にまで力を入れては居なかった。

 それにこの規模のモンスターパレードは数十年起きていなかったのも慢心の原因だろう」


「けっ、あそこはダンジョン鉱山で儲けていたからな『滅びし聖地』はその恩恵が受けられない連中への流刑地って扱いらしい」


「実際はモンスターパレードを押えることが出来なくてかなりの被害が出たそうだ・・・ついでに言えば王都の軍属貴族達がこの機に救援と銘打って領地の簒奪を画策しているらしいぞ」


 こめかみに指をぐりぐりしながら頭が痛いポーズをするエイドリア、両腕を軽く広げ参ったねとポーズを取るパルム、その横で新しい紅茶を用意する執事のセイバースとメイドのアンネ。


「流石に国王陛下が止めているが、事後報告で事を起こす者が居るかもしれん。

 最近この近辺は戦争も無いから、戦争に憧れ美化する若い貴族が増えているらしい、なにせ「戦地帰り」身近に置いていると自慢するためだけに、地位の低い身内や部下を内密で戦争中の国に傭兵として送り出しているバカもいた」


「・・・不味いだろうそれは、下手をすると此方も巻き込まれるぞ」


 冗談じゃ無いとパルムは身を乗り出す。


「事前に国の暗部が処理したそうだ、その後内密で伯爵以上の貴族に通達があったよ、「この様な愚か者がいたから、貴様ら寄子の管理はしっかりとしておけ!」って要約するとだけど」


「おまっ、それって機密事項じゃ無いのか!」


「問題ない、どのように扱うかは領主の裁量に任せるとあるから、冒険者ギルドからも怪しいと思える話があったら報告してくれ」


「はあ~分かったよ、調べさせておく」


「頼む、ああっ人手が足りないなぁ、パルムさぁ何処かに優秀な冒険者って居ない?」


「居ないなぁ居ても冒険者ギルドで囲い込む! 今回事で優秀な人材のありがたみが身に染みて分かったよ、冒険者教育にもう少し力を入れようと今日もサーペスに言われた・・・でも優秀イコール善良じゃ無いんだよなぁ。

 オレって結構騙されやすいし、まぁその辺りはファルや嫁さんが対応してはくれるけれどさぁ」

 

「ああ、それオレも言われるな、特にセイバースから」


 チラリと執事に目をやるエイドリア。


「筆頭執事として当然の勤めです、旦那様のためにわたくしは心をドラゴンにして指摘致します。

 そもそも旦那様は、未だに冒険者時代の~~~~~~」


 その後、セイバースの心のこもったお話を聞かされる2人+メイドなのであった。

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