第25話リーシェ、胃薬を届ける

統合幕僚長六月一日うりわり響子SIDE


「すいません。隣に引っ越して来た六月一日うりわり です」


ピンポンを鳴らすと、ドアが開いて、いきなりのリーシェ嬢と出くわした。


レベル1の勇者が始まりの街で『竜王が現れた』という心境。


「え? どちら様ですの?」


「私はお隣に引っ越してきた者です。これからどうぞよろしくお願い致します。これはご挨拶の・・・」


「何ですの?」


「つまらないものですが・・・」


「つまらないものを人に押し付けますの?」


え? 何この反応? しまった。この人は異世界人。外人みたいなもの?


でも、上手く説明すれば。


「リーシェ様! 失礼ですよ。これはお引越しの際の心づけで引っ越しそばという縁起ものです!」


「え? 何? 誰か来たの?」


「キリカさん、そんな恰好で出てこないでください」


「!」


・・・ふ、増えてるぅ~!


そこにいたのは見知らぬ人物。明らかに異世界人。キリカという名前?


今まで確認されていたい異世界人はリーシェとアリスのみ。


リーシェはともかく、アリスの戦力分析を昨日の配信から午後に行う予定。


事態が更に悪化していることに戸惑いを隠せない。


「響子 さん? と、呼んでもよろしいですの?」


「・・・!? ひッ!」


突然最重要戦略対象リーシェに話しかけられて、つい恐怖の声を上げてしまう。


「どうしたんですの?」


「え? ば、ばれました?・・・じゃなくて! もしかして配信者さん?」


「え? 私のこと知ってますの?」


「ふぁ、ふぁ、ファンなんです!」


「そうですの? それではファンサービスしませんと」


「・・・!? ひぃー!」


突然、握手されて悲鳴を上げてしまった。


・・・手を握り潰されるかと思った。


そそくさとお礼を言って逃げるように帰って行った。


「・・・ハァ、ハァ」


命がけの任務から無事生還し、隣のマンションの部屋のドアを開ける。


「はぅあッ!」


玄関を開けた瞬間、ようやく恐怖から解放されたためかその場に崩れ落ちる。


と、同時に家の中から多数の足音が聞こえる。


「幕僚長?」


「無事でしたか?」


「てっきり命はもうないものと!」


「良かった。本当に良かった!」


彼らはユニクロに身をつつむ一般人を装っているが、陸海空のトップばかり。


「な、なんとか・・・命だけは・・・」


上官の帰還に安堵する彼らはそっと胸をなでおろしたように思える。


良い部下に恵まれた。


建国以来、最大の危機かもしれない。

いつ建国したのかわからん国ですが。

そんな危機に立ち向かうのが我ら自衛省の面々。


最重要戦略対象『リーシェとその仲間』を調査するため、わざわざ隣に引っ越して来た。


今年の予備予算は全てリーシェ対策に使われる。


来年の予算編成では一兆円がリーシェ対策に要求される予定。


国会でなんと説明しようかしら?


些末なこととはいえ、一兆円の説明を考えるだけで頭が痛いもん。


「幕僚長、何故一人で・・・」


「そうです。最初の予定通り、第一即応集団の精鋭五千人で訪問すべきだったのでは?」


「・・・一発でバレるでしょ?」


「なら、陸将である私に何故命じて下さらなかったのです!」


私は思わず眼がしらが熱くなった。


幕僚長になったばかりの頃、この陸将は女だからと言って、舐めていたふしがあった。


その溝は今はない。幕僚長になって一年。


私達には信頼関係が築かれていた。


だからこそこの任務は私一人がやるべきと感じた。


部下を死ぬとわかっている場所に差し出す訳にはいかない。


「幕僚長である私がやらないで誰がやるのですか!」


「失礼しました! 幕僚長!」


気のせいだろうか?


隣からリーシェ達の声が聞こえているような。


・・・こちらの音は漏れてないわよね?


無いわよね?


私は何とか自身に克を入れて立ち上がると、各責任者に意見を聞く。


「それより、隠しスカウターは上手く機能したのかしら?」


「・・・はい、それが。結果が不思議なもので」


「あまり気を落とさないで。最大の課題はあのリーシェ嬢と仲良くなることで、ことを構えることではないわ」


陸将付きの女性武官に支えられてリビングに向かう。


リビングには大きなテーブルと65インチの大型モニターが設置されていた。


「幕僚長の胸に仕込んだ隠しスカウターのおかげで、おおむねリーシェ嬢達の戦力が判明すると思います」


「あの新しい異世界人・・・ただ者ではないわね」


「ええ、間違いないです。リーシェ嬢と・・・同格かと」


思わず胃がキリキリと痛む。


「どの位のレベルなのですか?」


「・・・」


「魔素計測器が!?」


魔素計測器は自衛省が米軍経由で異世界の国からの技術許与で製作された魔物の戦力を計測するもの。


ちなみに、現在計測に成功している最大の魔物はサラマンダーで数値は一万程度。


「故障でしょうか? 肝心な時に・・・」


「・・・いいえ違うわ」


「え? 計測値はおかしな数値を?」


「違うわ」


私は最悪の事態に少し震えていた。


「数値は最初勢いよく上昇して行ったわ。そして数値がおかしくなった。最大値を示した後にね」


「それって?」


「あのおかしな値は?」


私は思わず愛用の胃薬を口に投げ込んだ。


「上限を振り切ったの・・・よ」


「「「……はッ!?」」」


私達は頭を抱えながら議論を重ねた。


「幕僚長、唯一の安心材料なのですが・・・」


「なにかしら?」


「アリス嬢は魔素値が約二万と計測できました」


「そうね。それは良かった・・・二万?」


現在討伐に成功しているSS級の魔物、それがサラマンダーのみ。


リーシェ嬢に比べて大幅に戦闘力が低いと見積もられていたアリスの魔素値がSS級の魔物と同じ。


その上魔素値の計測不能な人物がリーシェの他にもう一人いることが判明。


サラマンダーの討伐には自衛省の精鋭百名で対応した。


万が一サラマンダーが地上に出現したら自衛省全力で対処しても被害は壊滅的。


アリスの存在がそのサラマンダー以上・・・。


「「「・・・」」」


気が付いてしまった自衛省の面々は一斉に無力感に苛まれる。


皆の考えていることは同じだろう。


『日本おわた・・・』


どちらにせよリーシェ一人に対抗すらできないのだから、一人でも二人でも同じといえば同じだが、どこか舐めていたところがあったアリス嬢にすら対抗不能とわかり、無力感に襲われる。


そんな時に恐怖でしかない出来事が起こる。


ピンポーン。


「「「・・・!?」」」


家のピンポンが鳴ったのだ。


「来客の予定は?」


「ありません」


「・・・予定には」


極秘任務で一般の家庭に住み込んでいるとはいえ、突然の訪問者に怯える。


『リーシェとその仲間に存在がバレたんじゃ?』


皆、同じ想像なのか、その表情は苦渋に満ちていた。


「・・・は、はーい」


私はできるだけ平静を装い。普通の一般人らしく声を上げて玄関を開けた。


・・・するとそこには。


「先程はどうも。少しようがありますの」


「・・・あ、あふぇ」


思わず変な声が出る。


『終わった』


そこに立っていたのはリーシェ嬢その人だった。


バレたのだ。これから殺戮が始まるに違いない。


「落とし物ですわ」


そう言って差し出されたもの。


それは六月一日うりわり響子愛用の胃薬だった。

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