第5話 神明大学一の美女、大水碧ちゃんと白昼夢

(うーん、この色、なんていうんだろう)

 ほたるは碧ちゃんのワンピースを眺める。

 なんというか、瑞々しくて、中性的で、ちょっとミルキーで、曖昧な水色と黄緑色をしている。

 わからないから、水黄緑と命名しようっと。


 碧ちゃんの水黄緑のワンピには、左右の胸元とスカートにひとつずつ楕円形の金色い刺繍が施されていて、横長に深く開いたボートネックは濃い朱色で縁どられている。全体的に、高級感というか、高貴な感じがする。

 そのワンピに、碧ちゃんはいつも雪ウサギの毛みたいな、見た目にふわっふわの白長ストールを合わせている。細く白い首にひと巻きして両端を長く垂らしているのが、こなれ感を醸し出していて憧れる。

 夏休み前に会った時は、ちょっと暑そうだな、と思ったけれど、オシャレ上級者は、季節なんてもろともしないのだ。たぶん。

 極めつけは、前髪を上げているアートな形の山吹色のカチューシャ。

 碧ちゃんの山吹色のカチューシャは、左右で太さの違うギザギザのコームがついていて、そのカチューシャで、碧ちゃんは前髪を全上げしているのだ。

 それによって、美しい逆三角形の色白小顔と、くりっと大きな黒目がちの瞳がより一層引き立って見える。

 このオシャレ上級者ファッションが似合うのは、スタイル抜群小顔美女の碧ちゃんの特権だろうな。


(いいなー、スタイル抜群の美女は)

 ほたるは、おしゃれ碧ちゃんに、うっとり。


 その時、唐突に、自分が瑞々しい夏の夜の森に迷い込んだような、不思議な感覚に襲われた。


 辺りは暗く、蒸し暑く、森の木々が二酸化炭素を吐き出し湿っぽく呼吸している。夜空の低い位置で、赤い満月が怪しい光を落としていた。

 夜のひっそりとした森に、ひらひら舞うのは。


(蝶?)


 大きな蝶が横切っていく。

 碧ちゃんのワンピの色に似た、水黄緑の美しい蝶。

 月明かりに粒子をちらちらとまき散らし、羽ばたいている。

(この蝶、どっかで)


「どうかしたー?」


 はっと、我に返れば、碧ちゃんがモフモフストールを巻きなおしながら、ほたるを覗き込んでいた。

 ここは……ごくごく普通の、大学の講義室。



(あたし今、白昼夢見てた?) 

 さすがに、ちょっと寝ぼけすぎっ!

 

 そういえば。と、周りを見渡せば、講義室はもぬけの殻だった。壁の時計は、16:38。講義が終わって10分近く過ぎている。


「ほたるちゃん、よだれのあとがついてるー」

「うそ! どこどこ?」


「あっはっはー。嘘だよーん」

「うわっ、引っかかったー」


「あっはっはー。でさー、ほたるちゃんは、この後講義あるのー?」

「ううん。今日はこれで終わり」


「なら、僕と一緒に帰ろーよー」

 碧ちゃんがにっこり笑う。無邪気な笑顔で自分のことを「僕」と呼ぶ碧ちゃん。

 これで萌えない男子はいない。

 ほたるだって萌える。萌え萌えだ。

 こくこくうなずくと、碧ちゃんはほたるに細い腕を絡めてきた。


(相変わらず、距離が近い)

 碧ちゃんに腕を絡められてドキマギ歩きながら、ほたるは、(それにしても)と、小さく首を傾げた。


(さっきの「こら」は、男の人の声だと思ったんだけどな。寝ぼけてたのかなぁ?)


 まあ、いっか。と、疑問ごと忘れることにした。

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