第3話 蛹の殻のキーホルダー

(なんか、すごく楽しそう)

 地面の石ころに目を落としながら、お姉さんみたいなお母さんだなぁと思う。

 うちのお母さんとは大違い。

 優しくて、上品で、すごく若い。こんな人がお母さんなら、みんなに自慢できちゃうな。


 ちりん。と、今度は、本物の鈴の音が響いた。

 赤ちゃんのお母さんが、小さな鈴の付いたキーホルダーを揺らして笑う。

 ほたるの目は、キーホルダーのチャームにくぎ付けになった。


 金色にピカピカ光る、不思議な形のチャーム。アーモンドとかピーナッツに似ていて……


「これって、チョウチョの蛹?」


 よく知っているアゲハチョウの蛹よりもずんぐりしているけれど、たぶん、何かのチョウチョの蛹じゃないかな。

 もちろん、本物じゃなくて作り物だけど。

 だって、うららかな午後の日差しを受けて、金ぴかに透き通って輝いているんだもん。

 宝石みたい。すっごくすっごく綺麗。


「これはね、蛹の殻なのよ」

「蛹の殻? 抜け殻ってこと?」


「抜け殻ではないけれど、今は中身が入っていないの。このキーホルダーは、蜻蛉さんに作ってもらったの」

「え? ひいじいじが作ったの??」


 こんな素敵なキーホルダーを? あのひいじいじが??


 赤ちゃんのお母さんは、好奇心旺盛な黒めがちの瞳をキラキラ輝かせて、抱っこ紐の中の赤ちゃんの頭を愛おしそうに撫でた。

 とってもとっても大切な宝物を触るみたいに。


「このキーホルダーに、私の一生分の愛情をたっぷり込めたの。いつかきっと、この子に必要な時が来るわ」

「必要な時?」

 蛹の抜け殻のキーホルダーが、赤ちゃんに必要?


 意味が分からなくて首を傾げたほたるを可笑しそうにのぞき込み、赤ちゃんのお母さんは言った。


「知ってる? チョウチョってね、蛹の殻の中で、イモムシの身体をドロドロに溶かして液体になるの」


「ど、ドロドロの液体に?」

 蛹の中でイモムシが溶けていくところを想像したら、ぶるっとなった。


「そう。どうしてだと思う?」

「どうして……」

 ふっと、クラスメイトの女子の意地悪な声が湧いてきた。


『あの子ねー、わたくしりつよーちえんで失敗しちゃったから、リセットするために、こーりつしょーがっこーに来たんだってー。うちのママが、可哀想だから仲良くしてあげなさいって言ってたよー』


 そっか。

 気持ち悪いイモムシは、失敗なんだ。


「失敗をリセットするため? あたしと同じで」


 ほたるの解答がよっぽど意外だったのか、赤ちゃんのお母さんは、大きな目をもっと大きく見開いた。


 ふわり。

 その時、ほたると赤ちゃんのお母さんの間を、見たこともない大きなチョウが、優雅に通り抜けていった。


 真っ白い絵の具に、水色と黄緑色の中間みたいな色を淡く重ねたような、幻想的な色合いのチョウチョが、たなびくように、飛んで行く。


 時間がスローモーションで流れたみたいに思えた。

 赤ちゃんのお母さんが、うっとりと、呟いた。


「ルナモスだわ」

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