第2話 赤ちゃんとお母さん

 ふわふわと、心地よい風が吹いていた。

 田んぼのあぜ道にちょこちょこっと咲く黄色いタンポポが、春の日差しを受けて黄金に輝いている。

 ひらひらと、二匹の白いモンシロチョウがその周りで追いかけっこをしていた。

 くるくる回って、上に舞い上がって、土手のシロツメクサに留まって、また、舞い上がる。

 ぴったり息が合っている。


「友達かなぁ」

 ほたるは呟いて、大きな赤いランドセルの肩ショルダーをぎゅっと握りしめた。


 土手のあっちでもこっちでも、モンシロチョウは二匹一組で楽しそうだ。

 のほほんと楽し気なモンシロチョウたちを眺めていたら、なんだか惨めな気持ちになってきた。

 モンシロチョウにだって友達がいるのに、どうしてあたしには友達ができないんだろう。


『あの子、創研幼稚園の落ちこぼれなんだってぇ。頭が悪すぎて、エスカレーター式の創研小学校落ちちゃったんだってぇ』

『ええ~、かわいそう~』


 休み時間のひそひそ話を思い出した途端、胸がチクチクした。


「ええ~い!! 仲良しするなー」

 両手をグーにして、ぐるぐる振り回しながら、モンシロチョウたちを蹴散らして、八つ当たり。


 全身の力を両手に込めてぐるんぐるん回していたら、ぼこんっと、何かにぶつかってしりもちをついた。


「あ! ごめんね、大丈夫?」

 慌てたように差し出された手は大人の手。見上げると、この辺では見かけない、上品な感じの女の人が、ほたるを見降ろしていた。


「ごめんね。私、ちょっと、ぼおっとしてたみたい。痛くない? ……あら、あなたもしかして」

 夢から覚めたばっかりみたいな、とろんとした目が、ふと大きくなる。


 なんだろう、と不思議に思うほたるを「よいしょ」と、女の人が引っ張り上げてくれた。見ればお腹に赤い抱っこ紐をつけていて、そこから作り物みたいな手足がのぞいている。


「赤ちゃんだぁ」

 思わず声を上げると「今寝てるの」と、女の人……赤ちゃんのお母さんが前かがみになって、抱っこ紐の中身を見せてくれた。


 真っ黒い頭もお人形みたいに小さい。顔はお母さんの胸にうずまっていて見えないけれど、全体的にちっちゃくて、なんか可愛い。


「ちっちゃーい。可愛い~~」

「モンシロチョウで言ったら、青虫ね」

 ほたるはギクリとなる。


(モンシロチョウに意地悪してたの、見られてたかも)


「ごめんなさい! もう、モンシロチョウにいじわるしません」

 慌てて謝って、恐る恐る、赤ちゃんのお母さんを見上げる。お母さんは、勝気そうな大きな瞳を一瞬丸くして、ぷっと、噴き出した。


「あら、モンシロチョウにいじわるしてたの? 小学生は、いろいろ悩ましい時期なのね」


(気づいてなかったのに、言っちゃった)

 失敗した! と、俯いたほたるの頭を、ふふっと赤ちゃんのお母さんは、優しく撫でてくれた。


「きっと、この子も、あなたみたいにいろいろ悩んで経験しながら、脱皮していくのね」

「脱皮?」

 コロコロと、鈴の音みたいに弾む声だった。


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